第四章 01
「ねえブレンダ、あの子すっごく可愛くない?」
前の席に座ったドロテーアが振り返るなりそう言った。
「どの子?」
「窓際の一番前に座ってる子」
ブレンダはドロテーアの言った方を見た。
ふわふわとした、ミルクティーのような色の髪をハーフアップにし、白い肌に大きな青い瞳の、お人形のように可愛らしい顔立ちだ。
「確かに……」
「私が持ってるドレス着せてみたい! レースのリボンもきっと似合うわよね」
「そうね」
(さすが漫画のヒロイン。実物も可愛いわ)
目を輝かせるドロテーアの側で内心ブレンダは大きく頷いた。
四月になり、とうとう漫画の舞台である学園へ入学した。
貴族の子女が通うこの学園は二年制。
勉強だけでなく、社交界へ出るためのマナーを学ぶ場でもある。
今日は入学式。式が始まるまでは教室で待機する。
ブレンダはドロテーアと同じ、二組になった。
そうしてもう一人、漫画のヒロインであるマーガレット・クラッセン男爵令嬢も一緒だ。
(漫画だと私は別のクラスなのよね……)
漫画のブレンダはレアンドロと同じ一組だ。
田舎から出てきて学園になかなか馴染めないマーガレットが、時々出会い、助けてくれる王子様に憧れを抱くのが漫画の前半、一年生の時のストーリー。
そうして二年生になり、生徒会に入ることになったマーガレットは生徒会長となったレアンドロと急接近する。
レアンドロの婚約者であるブレンダはそれが許せなくて、マーガレットを熾烈に虐め抜くのだ。
(さて、実際はどんな展開になるのかしら……)
少し不安な気持ちが胸に湧き上がるのを感じていると、担任が式の始まりを告げにきた。
「それでは、新入生代表の挨拶です」
学園長の長い挨拶や教師の紹介といった内容の後、進行の言葉と共に壇上に上がった人物に生徒たちから悲鳴のような声が上がった。
「レアンドロ殿下よ」
「素敵だわ……」
ざわざわと小声で声が聞こえる。
「やっぱり素敵ねえ」
隣のドロテーアもため息をついている。
(本当に、爽やかだなあ)
壇上で言葉を述べるレアンドロの姿は漫画のワンシーンそのものだ。
(漫画通りにレアンドロはヒロインと恋に落ちるのかしら)
ブレンダは視線を斜め前に座るマーガレットへと移した。
(でも漫画と違って私は婚約者じゃないし、レアンドロにも婚約者はいないから……ライバルは多そうね)
おそらく女生徒たちによるレアンドロ争奪戦が始まるし、そうなると爵位の低いマーガレットは分が悪くなるだろう。
(あとは漫画との大きな違いは……私にとってはクリストフとの関係ね)
ブレンダは再び壇上を見た。
脇には学園長や教師たちに並んでクリストフの姿が見える。彼は生徒会長を務めているのだ。
そのクリストフと目が合った。
ほんのわずか彼の口角が上がる。
ブレンダも笑みを浮かべ返した。
(王太子と友人になるなんて、思いもしなかったし。それに彼の性格も漫画とは違うのよね)
どんな学園生活になるのだろう。
そんなことを考えていると、挨拶の言葉を終えたレアンドロが会場を見渡し――その視線がブレンダを捉えた。
一瞬だったが、確かにレアンドロはブレンダを見つめて壇上から降りていった。
入学式の後は再び教室へ戻り、担任による簡単な説明の後解散となった。
「ねえブレンダ、帰る前に食堂に寄ってみない?」
ドロテーアが言った。
「デザートがとても美味しいんですって」
「本当に? じゃあルイーズ様たちも誘って……」
「ブレンダ・バルシュミーデさん!」
声が聞こえて顔を向けると、ドアの所に見知らぬ女生徒が立っていた。
金髪に青い瞳の大人びた顔立ちの美女で、二年生の証である赤いリボンをつけている。
学園に制服はないが、学年を区別するために一年生は青のリボンやタイ、二年生は赤をつけることが義務付けられている。
「はい……」
「突然ごめんなさい。私、クラウディア・パウルゼンと申しますわ」
「……初めまして」
パウルゼンは侯爵家だ。ブレンダは面識がない。
その御令嬢が何の用だろう。
「申し訳ありませんが、生徒会室に来ていただけます?」
「生徒会室ですか?」
「ええ、会長が呼んでいますの」
首をかしげたブレンダにクラウディアは笑みを向けた。
「ブレンダ、待っていたよ。入学おめでとう」
生徒会室に入るとクリストフが待っていた。
その向かいのソファにはベネティクトが座っている。
「……ありがとうございます」
「ここに座って」
ブレンダは促されるままクリストフの隣へ座った。
「ベネティクトは前に会ったよね」
「はい」
「彼は生徒会副会長、そして隣は彼の婚約者で会計のクラウディア・パウルゼン嬢だ」
「よろしくお願いしますね」
「……よろしくお願いいたします……」
「それでね、ブレンダ」
クリストフはなぜここに呼ばれたのか分からず困惑しているブレンダの手を取った。
「君には、書記になってもらうから」
「書記?」
ブレンダは目を丸くした。
「……私が生徒会に?」
「ああ」
「一年生なのに?」
「年度は関係ないよ、相応しい者がなるという決まりしかない」
「……でもどうして?」
「もう一つ決まりがあって、男女二人ずつにしないとならないんだ」
そう言って、クリストフは前に座る二人を見た。
「で、ここにもう一人女生徒が入るとどうなると思う?」
「どうって……?」
「クリストフの噂は聞いてるよね。あちこちで女性を怖がらせて泣かせてるって」
首を傾げたブレンダにベネティクトが言った。
「……はい」
「ここでもそういう問題が起きるかもしれないし、自分は特別だと勘違いするかもしれないだろう」
「……そういうものですか」
「その点、ブレンダ嬢はクリストフと仲がいいからね、問題ない」
「仕事もそんなに大変ではないのよ。集まるのは週一回くらいだし、面倒なことは男二人がやってくれるもの」
ベネティクトの隣でクラウディアも言った。
「ブレンダ、頼まれてくれる?」
「……帰りが遅くなったりしなければ……」
「大丈夫、ブレンダが孤児院へ行く時間は確保するから」
「……それならいいわ」
学園が始まると、孤児院へ行く時間が減ってしまうのが心配だった。
前世の学校ほど授業時間があるわけではないが、それでも以前に比べて自由な時間は減る。
それにブレンダがやることは孤児院へ行くだけではない。
領地の孤児院への支援計画を考えないとならないし、折り紙を広めたいと孤児院の院長に頼まれ、その展開図を作るという仕事もある。
なかなか忙しいのだ。
その辺りの事情はクリストフも知っているはずなので、それでもできると判断したのだろう。
(それにこれも、婚約するふりの一環なのかもしれないし)
「良かった。ありがとうブレンダ」
握っていた手をもう一度握りしめてクリストフは笑顔で言った。




