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第三章 02

「ここには十四名の孤児がいます」

廊下を歩きながら神父が言った。

「それを、三人で面倒を見ています」

「……少ないですね」

「孤児院の経営は寄付で成り立っていますから、なかなか人を雇う余裕がないのです」

「そうなんですね……」


ブレンダは領地内にある孤児院へ来ていた。

領地に帰ってもやることがなく暇で、王都の孤児院の子たちを思い出し、この地の孤児院を見学してみようと思い立ったのだ。


「この時間は皆、畑仕事をしています」

「畑仕事?」

「ある程度の食料は自分たちで賄わないとなりませんからね。それに卒院すると畑仕事に従事する者が多いですから、今から慣れておくんです」

「そうなんですね」

侯爵領は穀物生産が盛んだから、当然といえば当然なのだろうが。

「王都と状況が全然違うのね……」

ブレンダはポツリと呟いた。


「そんなに違うのか?」

呟きを聞いた、護衛としてついてきたダミアンが尋ねた。

「ええ。王都にある孤児院は狭いから、畑なんかないもの」

その代わり寄付金は十分で、面倒を見るシスターの数も多い。

(首都と地方で差があるのは仕方ないんだろうけれど……孤児院といっても色々な形があるのね)

改めてブレンダは思った。


畑では子供たちが暑い中、一生懸命に収穫をしていた。

「十種類ほどの野菜を育てていて、今はウリの収穫を行っています」

神父が説明した。

「この畑で育てる以外に、近隣の畑に手伝いにいき、その分安く麦を入手しています」

「なるほど……」

(勉強している時間はあるのかしら)

ブレンダが知っている、前世の農作業よりも手作業が多いだろうし、子供にとって重労働だろう。


「子供たちの一日のスケジュールはどんな感じですか?」

ブレンダは神父に尋ねた。

「畑仕事が中心ですね。あとは食事の支度や掃除など、自分たちのことは自分でしています」

「……勉強をする時間は?」

「雨の日に文字を教えたり、本を読んだりしています」

「そうですか……」

(やっぱり……ここの子たちは労働要員なのね)


ブレンダが通っている、王都の孤児院が恵まれているのだろう。

院長は元王女だし、貴族からの支援もある。沢山遊べるし勉強も教えてもらえる。

けれど王都の他の孤児院全てがそう恵まれている訳ではないだろうし、各領地にある孤児院もここと似たようなものだろうし、もっと悪い状況の所もあるだろう。


(お金さえあれば働くよりも学ぶことを優先できるんだろうけれど……多分それは難しいのよね)

寄付金にも限りがある。

それに孤児院だけでなく、親がいる子供も幼い頃から働く生活をしているのかもしれない。


「ブレンダ」

考え込んでいると、ダミアンに眉間を小突かれた。

「若いのにもうそこにシワを作るのか?」

「……考え事してたの」

「何を?」

「色々……知らないことが多いなって」

ブレンダは、この世界の平民の生活を知らないのだ。

(まずはそれを知ることから始めないと)


「今日はありがとうございました」

神父に礼を言って、ブレンダは孤児院を後にした。




「平民の生活を知りたい?」

ブレンダは屋敷に帰ると侯爵の執務室へ向かった。

「はい」

「知ってどうする」

「子供たちがどういう生活をしているのか、学ぶ時間はあるのか知りたいんです」

「学ぶ時間?」

「学ぶことは、とても大切だと思うんです。でも日々の仕事に追われていてそんな時間がないのではと……」


「そうか。では平民の生活に詳しい者を呼ぶから話を聞くといい」

侯爵はそう答えた。

「実際に見にいくことは……」

「それは許可できない。孤児院の中だけならばまだしも、外は歩かせられない。お前は目立つからな」

(……この髪色のせい?)

ブレンダは自分の髪に触れた。

この国でこんな髪色を持つのは他にいなく、すぐにブレンダが領主の娘だと知られてしまうのだろう。


「……分かりました」

ブレンダは頷いた。


  *****


それからしばらく、ブレンダは教会の神父や屋敷に出入りする商人といった者たちから話を聞くことになった。

この領地での、平民の識字率は六割くらいだという。

平民向けの学校はあるが、お金がなかったり家の手伝いなどで通えなかったりする子供も多い。


(うーん……勉強の機会を増やすには……どうすればいいんだろう)

屋敷内の図書室で、本を広げながら悩んでいたブレンダはふと人の気配を感じ振り返ると、本を抱えたヨハンが立っていた。

「ヨハン、どうしたの?」

「お姉様……本を読んでいるの?」

「ええ」

「僕も隣で読んでいい?」


「いいわよ」

ブレンダが答えると、ヨハンは嬉しそうに笑顔になってブレンダの隣に座った。

「ヨハンは何の本を読んでいるの?」

「ドラゴンの冒険っていう本」

「まあ」

ヨハンの手元を覗くと、それは確かにブレンダが孤児院で読み聞かせたのと同じ本だった。


「面白い?」

「うん」

(やっぱり……男の子ってこの話が好きなのね)

子供たちも夢中になっていたし、クリストフも面白かったと言っていた。


真剣に本を読んでいたヨハンは、やがて読み終えると満足した顔で本を閉じた。

「面白かった?」

「うん」

「どこが面白かった?」

「あのね、ドラゴンが飛ぶのに失敗して雪の中に埋もれたのを皆が助けるところとか……」

(やっぱり文字は読めた方がいいわよね)

興奮しながら内容を説明するヨハンの姿に、ブレンダは改めて思った。

文字が読めれば生活するのに役立つだけでなく、小説などを読んで想像力を養うなど情操教育にもなるのだ。


「もっとドラゴンの冒険、読みたいなあ」

ほうと息を吐いてヨハンは言った。

「読めるわよ。その話、続きがあるの」

「え、続き?」

ヨハンは目を輝かせた。

クリストフから聞いて、それを知った子供たちが読みたいと騒いだのでリタに買ってきてもらったのだ。

続編は、ドラゴンが行方不明になってしまった友人のカラスを探しに新しい冒険に出る話だった。


「買ってきてもらうといいわ。もしこのあたりの本屋になかったら、王都に行った時に買いましょう」

「うん!」

(可愛いなあ)

嬉しそうに頷くヨハンに、ブレンダも顔が綻んでしまう。

孤児院の子供たちも可愛いけれど、血が繋がった弟というのはまた違うかわいさがある。



「お姉様……王都はどんな所なの?」

ヨハンは首を傾げて尋ねた。

「そうね、人や建物がとても多いわ。きっとびっくりするわよ」

前世を思い出す前の、広大な畑が広がる牧歌的な領地しか知らなかったブレンダも、初めて王都に行った時はとても驚いた。


「そうなんだ……早く見てみたいなあ」

「王都に行くのが楽しみ?」

「うん。だってずっとお姉様やお父様と暮らせるのでしょう?」

「……ええ、そうね」

思えばヨハンに最後に会った時、彼はまだ二歳だった。

おそらくブレンダの顔など忘れていただろう。

(それなのに……こんなに慕ってくれるなんて)

たまには領地に帰って来れば良かった。

少し反省しながら、ブレンダはヨハンの頭を撫でた。


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