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【電子書籍化】悪役令嬢ブレンダはシスターを目指したい 〜破滅を回避したら王子たちに執着されています〜  作者: 冬野月子


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プロローグ

パンッと乾いた音が部屋に響き渡った。


衝撃と痛みが襲い――ブレンダの目の前が真っ暗になった。

膝から崩れ落ちた衝撃は感じたけれど、足の痛みは不思議と感じなかった。

ただ叩かれた頬がひどく熱くて痛かった。


「お嬢様!」

侍女たちの悲鳴と執事長の声が聞こえる。

(――ああ……やっぱり……私を愛してくれる家族なんて、いないんだ)

それは前から分かっていたことだけれど。


めまいを覚えながらも、ブレンダはなんとか立ち上がり、目の前に立つ父親を見上げた。

「……なんだその目は」

一瞬怯んだ表情を見せた父親は、けれどすぐにその厳つい眉をひそめた。


「お断りします」

鋭い眼差しを真っ直ぐ見据えてブレンダは言った。


「何だと」

「お断りさせていただきます」

「――このっ」

再び大きな手が振り下ろされるのが、ひどくゆっくりと見えて。

そこでブレンダの意識は途切れた。




目を開くと天井から吊り下がった、天蓋のレースが見えた。

(……部屋?)

「お嬢様、お目覚めになられましたか」

頭を動かすと、心配そうな侍女の顔が見えた。

「……っ」

口を開こうとすると激しい痛みに襲われた。


「ああ、喋らないでください。とても腫れているんですから」

侍女の言葉に、ブレンダは自分が父親に顔を打たれたことを思い出した。

おそらく二回目の衝撃で意識を失ったブレンダを、侍女たちが自室へ運んでくれたのだろう。

「旦那様はお酷いですわ。よりによってお顔を打つなんて」

水で濡らしたタオルをブレンダの頬に当てながら侍女は言った。


(酷い人だってことは……知っていたけど)

父親らしいことをされたことなど一度もなかった。

それでも幼い頃はまだ、いつかは自分のことを可愛がってくれるかもと期待していたこともある。

けれど「前世の記憶」が蘇ってからは、そんな希望も捨ててしまっていた。

(でもまさか……顔を打つとは思わなかった)

じわりと目の奥が熱くなったのは痛みなのか――それとも、悲しみなのだろうか。


  *****


ブレンダがその「前世」を思い出したのは約一年前、十三歳のある日だった。

領地の屋敷で庭を散歩している時に蜂と遭遇し、パニックになって逃げ出した。

転んで頭を打って――その拍子に思い出したのだ。


蜂に過剰に反応したのは昔刺されたことがあって、その時の痛みと恐怖を思い出したからだ。

けれどその「昔」というのは今の自分が生まれる前――「ニホン」という国で生きていた時のことだ。

倒れたブレンダはベッドに運びこまれ、頭の痛みに苦しみながらそれらを思い出した。

そうして気づいたのだ。

今いる世界が、その「ニホン」で生きていた頃に読んでいた漫画の世界とそっくりだということに。


蒸気機関車が走り、貴族制度のある十九世紀中頃のヨーロッパをイメージした世界を舞台にしたその漫画は、田舎出身で下級貴族の娘であるヒロイン「マーガレット」が、十六歳になり王侯貴族が通う学園に入学するところから始まる。

優しくて純真なヒロインは、そこでさまざまな困難を乗り越えながら、最後は第二王子と結ばれるというシンデレラ・ストーリーだ。


ブレンダ・バルシュミーデはその第二王子の婚約者で、気性が激しく熾烈。

権力も使いながらあらゆる手でヒロインの邪魔をしようとする悪役だ。

ヒロインがハッピーエンドを迎えると、婚約者や家族からも捨てられたブレンダは心を壊してしまい、修道院へ送られるという結末を迎える。


前世で漫画を読んでいた時は、ブレンダの性格の悪さやその嫌がらせの酷さに辟易していたが、自分がその身になって分かったことがある。

ブレンダの父親バルシュミーデ侯爵は仕事第一で、娘に愛情をかけるということが一切なかった。

彼にとって娘とは、領地の利益を増やすために使う政略結婚の道具に過ぎず、愛することはおろか家族として触れ合うこともなかった。

実の母親はブレンダが生まれてすぐに亡くなり、後妻となった義母はブレンダには全く興味がなく、歳の離れた弟だけを可愛がっている。

ブレンダは十歳の頃から王都の屋敷で暮らしだし、本来ならば母親も一緒に来るものだが、義母は弟と共に領地で暮らし続けている。


家族からの愛情を得ることなく育てられた漫画のブレンダは、ドレスや宝石といった愛情以外のものばかりふんだんに与えられ、自分に傅く者しか周囲にいない環境で、おそらく自分以外を愛する優しさや思いやりという感情を育てることができなかったのだろう。

どこまでも自分勝手な性格に育ってしまうのは仕方ないだろうと、同じ立場になった今なら分かる。


一年前に前世を思い出すまで漫画そのままの、わがままで奔放な子供としてブレンダは育っていた。

前世のことを思い出した時は、そんなブレンダとしての性格と前世の性格との相違や、自分の未来を悲嘆して一週間ほど高熱を出して寝込んでしまった。

そうして熱が下がった頃には以前の性格はほとんどなりをひそめ、前世の性質が強く出るようになった。


(性格が変われば……漫画と同じにならなくて済むのかな)

そう、期待していたけれど。


  *****


「お前を第二王子の婚約者にすることに決めた」

久しぶり、いやもしかしたら初めてかもしれない。父親とまともに顔を合わせたのは。

執務室に呼び出されたブレンダは、何の前置きもなく父親からそう告げられた。


「嫌です」

「……なんだと」

父親の顔に怒りの色が浮かんだ。

「お前は自分の立場を分かっているのか」

貴族の婚姻は政略結婚で決まることが多い、それはよく分かっている。

そして貴族の娘は結婚することしか生きていく道がないことも、親の決めた結婚に逆らえないことも。

けれど前世を思い出したブレンダには、それを受け入れることはできなかった。


まして相手は第二王子――漫画でヒロインと恋に落ちる相手だ。

もしも彼と婚約すれば漫画と同じ展開になってしまう可能性が高い。


たとえ自分の性格が漫画のブレンダとは異なっていても、二年後、学校に入ればそこにヒロインがいるだろう。

そのヒロインと第二王子が恋に落ちれば――ブレンダは捨てられるだけの存在になってしまう。

たとえブレンダが第二王子を好きになったりヒロインの邪魔をしたりしなくても、王子から捨てられれば、きっとこの父親はブレンダを見捨てるだろう。

誰にも愛されず――ひとり孤独にただ生きているだけの存在。

そんなものにはなりたくない。


「嫌なものは嫌です」

悲惨な未来を知っているのに、そこに行く道をあえて進もうとは思えなった。

「お前はバルシュミーデの娘としてこの家、そして国のために働く義務がある」

「こういう時だけ娘扱いですか」


「なんだと」

「親らしいことをされたことが一度もないのに、娘だの義務だの言われても」

この人は私のことを「娘」だと思ったことがあるのだろうか。

内心に湧き上がる苛立ちを感じながらブレンダは答えた。

「――まったく。最近はわがままを言わなくなったと聞いていたが」

「伝聞ですか」

「なに?」

「ご自身の娘の性格を人伝てでしか知らない人に命令されたくありません」

「……このっ」

そうして、ブレンダはそれまで一応父親だと思っていた男に顔を叩かれたのだ。



(痛いなあ……)

ズキズキする痛みに耐えながら、ブレンダは天蓋を見つめた。

(――でもこのままじゃ、結局婚約させられるよね)

小娘のわがままとしか思われていないだろうし、大人には逆らえない。

それに、ブレンダの性格が変わっても他の者たちの行動を変えることはできないだろう。


バルシュミーデ家は歴史のある侯爵家。

領地は農業が盛んな穀倉地帯で、人口が増えてきた王都への重要な供給源となっている。

最近は穀物輸送のために始めた鉄道業によって大きな利益を得ており、その鉄道や王都への穀物供給の権利を維持するために王家と縁付くことが利益になると思っているのだろう。

王家から見ても身分はもちろん、裕福なバルシュミーデ侯爵家は王子の結婚相手として申し分のない家柄で、ブレンダは有力な婚約者候補なのだ。


(やっぱり、あの手段を取るしかないのかな)

前世を思い出した時から考えていた、漫画の展開を回避する方法を。


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