二輪自走自我
2xxx年。
アンドロイドに自分の頭脳をつなげて、二人分の仕事ができないか試した大学教授。
機械側は正しく機能し、二人分の働きをしたが、当然人間の頭脳のリソースに限界があり、普段通りの仕事を一人二役でこなすだけになった。それどころか本来ほとんどの人間に負荷がかかるマルチタスクを利用したため、肉体にかえってくる疲れや感覚の反動が倍になり、感情の働きも普段の倍働くことがわかった。
そこから生まれたものが、重度の心理的欠陥をもつ犯罪者たちに対して“罪悪感”をもたせる装置の研究だ。
まずは動物で実験が行われ、本来の一人二役をこなす機械としての役目ではなく、頭脳に負荷をかけ、マルチタスク的に頭脳を働かせる働きを拡張し、そこから倍の感情や感覚を実験体にフィードバックする作用を広げて、いずれ犯罪者に応用しようと考えた。
当然ながら倫理的な問題になったが、刑罰として実装されると徐々に人々の考えがかわり、うまれながりに猟奇的殺人願望、理解できない犯罪願望、欠落した感情や歪んだ欲求などを持つ人間などにたいして、“マイノリティを守れ”という現代では考えられない運動に発展し、やがて、人々の中に隠れ住んでいるマイノリティ、猟奇的な殺人願望や、理解できない犯罪願望を、欠落した感情や歪んだ欲求もつ人々が(殺人願望)(ゆがんだ欲求)を抑え、他者と同じような感覚を手に入れる装置としての小型の感情補助装置として“エンジェル”という首に装着する頭脳だけのアンドロイドが流行した。
各々の社会の中で、彼らが自分の意思でそれをつけることには倫理的な問題は存在しないという結論が出されたのだった。
その時にはすでに、人々の間に、それが本来備わっていない人々が、本来人間にそなわっているはずのふつうの感性や感受性、他者を思いやる心を身に着けるということに抵抗はほとんどなかった。なぜならすでに人々は自分の肉体を機械的に改造することにほとんど反対するものもいなかったからだ。
ただ、それでも彼ら自身は首元で二つの人格を操作するという事に苦痛を受けることには変わりはなかったが。天使と悪魔が首元でしゃべり続けるという苦痛を……。
その後の大学教授のはなし。
“失敗が一番好奇心を広げるのだ、これが証明された実験だった”
そんなことを周囲にいいふらしているという。




