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ミスター・アンビシャス・テイカー  作者: 川神モガン
序章 悪魔の左腕
8/9

第7話 躊躇と余裕

「さあ、しらねえな。その高校生は何したんだい?」



 サイトウは平然を装って返答する。



「いや別に悪いことしたって訳じゃないんだけどね。ちょっとお話聞きたいんだ。けど・・・そんなことよりさ───」



 風夏は警察手帳を閉じると、そばにあった黒焦げの物体を指差す。



「これ何?」



 すぐに返答しようとサイトウは口を開いたが、なかなか納得のいく言葉が出てこない。

 死体であることなどもちろん言えるはずはない。あれからさらに原形から程遠い姿になったとはいえ、注意深く見ればまだ人だった頃の名残が見える。腕や脚などはまだ完全に欠けていない。



「・・・・・・ああ、これか?なんだろうな・・・。俺たちもわかんねえよ」



 なんとか答えはしたが、もう適当なことは言えない。それに今の回答もどちらかといえば不合格に近い、苦し紛れの雑な内容だった。



「ふーん、そっか。まあ知らないならいいんだけどさ。これ明らかに────」



 楓夏は顎髭を撫でながら、サイトウの瞳を凝視する。



「死体だよね」



 一部の迷いもなくサイトウは大声を上げる。



「やれ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 あまりの大きさに一瞬驚いたサトウだったが、体は無意識に動いていた。

 懐から抜き出したナイフで自分の喉を浅く切りつけた。



「止まれッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 サイトウの叫び声が耳に入った瞬間、楓夏の体が強直した。



「うッ…なんだこれ?」



 口は動かせるが、顔から下が全く動かない。麻酔をした時と同じ感覚だ。動かそうにも感覚が脳まで伝わってこない。



「吹っ飛べ」



 楓夏が目を離した隙にササキは標的の元へ飛び込んでいた。

 右腕にはすでにナイフで付けた切り傷が見える。

 振りかぶった拳が楓夏の腹にめり込む。



「オラッッッッ!!!!!!!」



 ササキが放ったアッパーの威力はすさまじい。自分よりも体重のある楓夏が数メートル宙に浮きあがった。人間の出せる力でないことは明白だ。



「よくやったぞササキ!」



 サイトウは浮き上がった楓夏に向かって腕を伸ばす。



「燃えろ」



 サイトウの掌から炎が噴き出る。その威力は駅員に放ったものとは比べ物にならないほど大きい。

 太陽のような炎々とした眩い光が曇り空の薄暗い商店街を明るく照らす。白熱電球を大量に並べてもこうはならないだろう。

 先ほどは全く感じなかった熱風も裏路地にいる龍之介まで届いた。



(うおッ!アッツ!!!!)



 思わず顔を手で覆って熱風を遮る。

 サウナで思いっきり扇がれた程度の熱さだったが、今の龍之介にはそれ以上に感じた。



「もうやめろサイトウ!!!!」



 ササキの声に気づいたサイトウは炎を止めた。

 辺りには火の粉が飛び散り、いつ建物に引火してもおかしくない状況だ。



「すまねえ、まったく見てなかった」


「……………いや、大丈夫だ」


「ササキさん!サイトウさん!」



 後ろにいたサトウが二人の元へ駆け寄る。



「あいつは…どうなったんですか?」



 不安そうな表情を浮かべるサトウ。それを見たサイトウは頭を激しめに撫でまわす。



「安心しろ!塵も残さず燃やしてやったぜ!」


「ちょ、やめてくださいよ」



 サイトウの腕をどけて乱れた髪を整え始める。

 それを見ていたササキは、ここに来て初めて表情を緩めた。サイトウはその表情を見逃さない。



「お、ササキ!今ちょっとだけ笑ったな?」


「……………わ、笑ってなどいない」


「え!ササキさん笑ったんですか?」


「う、うるさい!」



 頬を赤く染めるササキの表情を珍しそうに観察する2人。

 3人は勝利の余韻に浸っていた。もう敵はいない、俺たちが倒したのだと思い込んでいた。

 


「甘すぎるなぁ」


「え───」



 楓夏の声が聞こえた時にはもう遅かった。

 サトウの頸椎は180度回転し、すでに死んでいる。

 倒したはずの楓夏の姿を捉えたサイトウとササキは唖然としている。"動かなければやられる"これは十分に理解しいているが体がまったく反応しない。

 長年共に仕事をしてきた同僚の死を受け止めることができずにいた。



「次はラガーマン君かな?」


「に、逃げろササキ!!!」


「サイトッ────」



 遅い。圧倒的に遅かった。

 サイトウが叫んだ時、楓夏はすでにササキの目の前にいた。反射的に体制を低くして防御に徹したが、喉をつかまれた刹那、果実を握り潰したような音が響き渡る。



「あぁ~、汚ねぇな」



 楓夏の手には───おそらく骨だろうか。赤く染まった何かを握っている。



「ほれ、君のお友達のだよ」



 楓夏はそれをサイトウに向かって投げた。

 仲間の一部が目の前に落ちてもサイトウはただ眺めることしかできない。

 

 実力が違いすぎる。

 プロボクサー対こども3人・・・それ以上の差が存在した。



「な・・・なんでだよ」



 サイトウは目を見開いて楓夏を凝視する。



「なんでって言われてもなぁ。ただお前らが弱かっただけだ」


「そんなことッ!」


 否定したくてもできない。仲間の無残な亡骸が何よりの証拠だ。



「第一に、【罪】(のうりょく)を発動するのにいちいち傷つけなきゃいけない時点で三流なんだよ」


「な、なに言ってんだよ!そうしねぇと発動しないじゃないか!!」


「できるんだよ。…それができて当たり前なんだ。()()()はな」


「黙れッ!!!!!!!!!!!」



 サイトウは掌を男に向ける。

 恐怖と絶望と仲間を殺された恨みを込めて、体を震わせるほどの雄たけびを上げた。



「燃えろ!!!!!!!!!!!!!」



 掌から灼熱の炎が────



「だから弱いんだよ」



 出なかった。夕焼けのように真っ赤に染まるはずの景色が見えなかった。

 眠りに落ちるようにゆっくりと薄れていく。

 

 遠のいていく意識の中、サイトウが最後に目にしたのは自分の切断された両腕だった。

 





 



読んでいただいてありがとうございました


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