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ミスター・アンビシャス・テイカー  作者: 川神モガン
序章 悪魔の左腕
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第4話 かくれんぼと三羽烏

「はぁ…はぁ…はぁ…」



 謎の駅員男性から逃げてきた龍之介は、商店街の裏路地に身を隠していた。逃げてしばらく経つが今のところ気づかれてはいないだろう。

 


(しばらくはここにいよう…)



 朝から二度も全力で走った龍之介の体力はもう限界だった。

 誰の助けも借りられない現状、今は体力を回復させて遠くへ逃げるしかない。



「あれ…?」



 龍之介は唐突に疑問に思った。「遠くへ逃げる」とは、どこまで行けばいいのか、どこへ行けばいいのか。アパートに帰ることも考えたが、もしあの駅員に居場所がばれたらと思うと帰るに帰れない。

 この街を出ようにもバスも電車も来ない。歩いて行くにしても途中であの駅員に出会わないという保証はない。



「どうしよう……俺なんもできないじゃん」



 恐怖で体が震える。まだ冬でもないのにとても寒い。そのくせに汗は真夏の炎天下にいるように流れ落ちてくる。矛盾した体の変化が気持ち悪い。



「あ、吐きそうかも……」



 そう思って口をふさいだが、何も出てこなかった。代わりに目から流れ落ちてくる雫が手に当たる。

 涙を流したのは孤児院で先生に怒られたとき以来だった。あの時は周りに同じ境遇の子がたくさんいて、いつもみんな一緒にいて、たくさんいたずらもして、寂しいなんて感情とは無縁の生活を送っていた。

 龍之介の脳裏には懐かしい孤児院での記憶が絶え間なく流れ続けた。けれど、それはただの現実逃避にすぎなかった。

 なにかを考えている時だけ、この気持ち悪い現実を忘れることができる。それにすがりたくて仕方がない。

 龍之介はうずくまってしばらく動かなくなった。



「うぅ…うっ」



 現実を見なければならないとわかっていても、龍之介の体はそれを全力で拒絶した。

 理解はしていても行動することができない情けなさと、記憶の中に身を投げ出しそうになる誘惑が龍之介の精神を削っていく。やすりでも掛けられているようにゆっくりと。



「ったくよ~!なんでこんな面倒なことしなきゃならねんだよ!」



 龍之介は耳を疑った。ついに幻聴まで聞こえるようになったのかと思ったが、幻聴にしては妙に荒々しい。それに、声だけでなく車の扉を閉める音も聞こえた。バンッと破裂音のような音が3回、商店街の入り口のほうからだ。

 ゆっくりと立ち上がり音のしたほうをのぞき込む。そこには黒いバンの前でスマホをいじっている3人の男がいた。ラガーマン並みに体格しっかりした男と眼鏡を掛けたさえなさそうな青年、眉間にしわを寄せてスマホの画面を睨みつけているガラの悪そうなチンピラ。

 近寄りがたい空気を漂わせているが、3人とも普通の顔をした人間だ。



(嘘だろ…!なんでいるんだよ。いや、いるのはありがたいけどどこにいたんだよ)



 すぐに出ていこうとしたが、先ほどの駅員のこともあったのでしばらく様子を見ることにした。



「今回は楽な仕事って言ってたよな?高校生1人を回収して届けるだけの簡単なデリバリーの仕事だってよ!」


「まぁまぁ落ち着いて。結構な金額もらってるんだからさ」


「落ち着けるかよ!結構な額っつっても、ギリ1週間遊べるか遊べないか程度の額じゃねえか!こちとら来週のイベントに賭けてるんだよ!」


「課金はほどほどにね…」


「うっせ!って、あ………やられちゃったよ」



 雑音がないおかげで龍之介は3人の会話を正確に聞き取れた。”高校生1人を回収”、”デリバリー”、”結構な金額”、話の流れからして高校生は龍之介のことを指しているのは確かだ。しかも、あの男たちは仕事としてここに来ている。町に誰もいない状況に疑問を持っていないところを察するに、あの3人が何らかの情報を持っていることは間違いない。

 


(回収?俺を誘拐したいのか?だったらなんで俺なんだよ!まさか金か?)



 龍之介には誘拐されるような心当たりも金もない。もちろん、誰かから恨みを買うようなことをした覚えもない。親しい友人しか関係を持っていない龍之介は学校でもどちらかと言えば目立たないタイプだ。標的にされる理由が想像できない。



「それで、その高校生の情報はあるんだよな?」



 大声で騒いでいたチンピラが、青年のスマホをのぞき込む。



「うん、この子だよ。名前は柳内龍之介、年齢17歳。いろいろ調べてみたけど、これといった特徴はないね。確保自体はスムーズにいくと思うよ」


「……………本当に行くと思うか?」


「佐々木!お前は黙ってろ!」


「ちょ、ちょっと落ち着いて下さいよ…」



 やはりあの男たちは龍之介のことを狙っている。しかも、龍之介の身辺を調査していることからかなり計画的でかなり手慣れている。

 


(調査?やべぇよ、なんなんだよあいつら…。結構本格的にそっち系の仕事をこなしてるじゃないか…)



 危険を感じた龍之介は姿勢を低くし、先ほどよりも慎重にのぞき込む。

 


「とりあえずここら辺から探してみましょう。いつもこのくらいの時間に通学しているらしいので」


「…………だな」


「はぁ、めんどいが行くしかねぇな!」



 三人はスマホをポケットにしまうと、龍之介がいる方に歩き始めた。



(ヤバい!ヤバい!ヤバい!)



 物音立てないように注意を払いつつ、男たちを観察できるギリギリまで路地裏の奥へ身を隠す。

 コツコツと男たちの足音が近づいて来る。

 龍之介は息を止め、極限まで自分の気配をかき消す。



(息、息、息……いまは、今だけは我慢しろ!)



 足音はさらに大きくなる。それに比例するように鼓動は早さを増していく。

 顔をリンゴのように赤く染めながらも龍之介は必死に呼吸を抑えた。

 


「それにしてもこの結界スゲーよな。こんなの今まで見たことあるか?」


「なんかこの仕事のために専門家が開発した特別性らしいですよ」


「………………妙だな」


「そうなんですよ。要人暗殺とか機密情報入手とか、こんな誘拐じゃなくてもっと大きな仕事に使われる規模なんですよこの結界」


「町一つ覆うだけでも相当大変らしいのによ。しかも警察やら公安やらに気づかれないでやったってんだから、依頼主はマジでヤベぇ奴だな」


「依頼主…誰なんでしょうね?今回はいつもと違って顔合わせなかったし」


「いいだろ別に。俺らは金をもらって仕事をする、それだけだ」



 さらに足音が近づいて来る。

 あまりの緊張で体が動かせなくなっていた龍之介は、男たちが通り過ぎるのをただ祈ることしかできなかった。

 すると、ちょうど龍之介がいる路地裏の入り口付近で足音がピタリと止んだ。

 


(う…うそ………だよな)



 状況を確認したくても確認できない。もし男たちが龍之介の居場所に気づいていたら、目の前で待ち構えているに違いない。

 龍之介は歯を食いしばり、身を縮め、必死に祈り続ける。



「おい、お前───」

 



 

 

 



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