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酒乱の駄文

作者: 大川 留治

 酒は目的をもって飲むと味で答えてくれる、魔法の液体である。


 小説を書くのは難しいが、それ以上に恥ずかしい。私小説なんてもってのほかだ。私小説というのは自分の日常を切り売りしているようなものだ。まともな神経を持っている人にはとてもじゃないが書けるものではない。気が狂っているんじゃないか。これに対する唯一の特効薬はアルコールだ。アルコールなら神経をマヒしてくれる。

 私はこれを去年、くそ暑い初夏の夜に飲みに誘った同じゼミの友人に言った。私はいま日本近代文学のゼミに入っている。日本の近代文学は私小説が多い。森鷗外の舞姫は自分のドイツ留学をもとにした私小説だし、羅生門で有名な芥川龍之介ですら、保吉シリーズという私小説を書いている。私の好きな太宰治なんて私小説だらけである。人間失格なんてまさにそうだ。


 話がそれた。

 友人、ここではFとしよう、FriendのFだ。Fはおちょこをクルクルしながらこう言った。

「君は小説を書いたことがないね。いや、書けるような人間ではない。別に読者より作者のほうが偉いというわけではないが、作者を(おとし)めるような発言は慎んでいただきたい」

「書くって君ね、僕はまだ学生さ。そりゃ学生でも書いている人間はいるがそれは君のような文芸サークルに入っているような特殊な人だけだろ。大学なんて後1年で卒業で、しかも来年は就活なの僕に今更新しいサークルに入れだと? そんなのこっちから願い下げだね」

 降参である。やはりFは賢いし、本気で文学をやっている人間だ。僕みたいに政経学部も落ちて法学部も落ちて何とか流れ着いた人間には敵わない。だいたいなんで僕は来年も取り終わってない必修に泣かされることになるんだろう。

「今はインターネットがあるだろう? そこには色々な小説投稿サイトがあるんだよ。サークルの後輩に教えてもらったがあれはすごい。君もやったらどうだ?」


 そう言ってこのサイトに流れ着いた。不思議なものだ。結局今になってやっと私小説書くことになるんだから。ただ教えてもらったときに少し書いてみたものの、すぐに飽きてしまった。だめだこりゃ。

 その後就活だかなんだかがあって放置していた。就活は難しい。何が楽しくてゴキブリみたいなまっくろな格好してオオカミ少年以上に嘘をつかないといけないんだ。面接でしゃべった大嘘こそ小説じゃないかしら。原稿料ください。

 私はようやく就活が終わった。当然文学なんて全く関係ないところである。それなのに次は卒論が待っている。卒論は好きな作家で書けるゆるふわゼミであったので、そこまで精神的には苦ではなかったのが不幸中の幸いである。ただ時間は取られる。なんとか規定の10万字を超えることができた。原稿料ください。

 私が四苦八苦している間にFはすでに大手メーカーに就職していた。だから文学関係ないじゃん。


 そうやってようやく就活も学業も終わり、懲役40年までの最後の休みが生まれた。僕はそれを活用して、なんとか今書いている小説を完成されるつもりだ。何事も途中でやめるとその時の一瞬は嬉しいけどジワジワと後悔の念が生じるから。

 私は別に作家を目指すとかそういうことは考えていない。ただただ書きたいものを書き、読みたいものを読む。ただそれだけで満足なのである。


 私は今度ゼミの追い出しコンパがある。(これを追いコンという。大学生はなんでも略したがる。心底軽蔑するね。)大学生は本当に飲んでばかりである。何かしらの理由をつけては酒を飲んでいる。いや、飲酒のための大義名分を日々探しているのかもしれない。ただ私は明日の追いコンでFに向かって去年の仕返しをするつもりだ。


「僕は私小説を書いてようやくわかった。やはり私小説を書くやつは気が狂っている。そして僕も私小説を書いた狂人だ。しかも全世界にタダで公開するくらいの狂人だ。酒がなければこんなことはしなかった」


 酒は怖いものである。

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