レオの作戦2
全滅なんて冗談じゃない。せめてレオだけでもここから助けないと。
すべては勝手にこんな所へ来てしまった私のせいだから。
レオに今すぐここから脱出するよう進言しに行こうとしたら、丁度レオが下馬して馬だけをその場から逃がしていた。
何してるのよ、レオ!
馬を離してしまったら逃げるのが遅くなるじゃない!
アーサーに遅れてレオに駆け寄ると、レオはアーサーに何やら耳打ちをした後で、私を見てほほ笑んだ。
え、そのほほ笑みはどういう意味?
レオがほほ笑むと戦場にいるのにまるで夜会にでもいるような気分になる。
「君には色々説教したいところだけれど、今は時間がないから後にするよ。ディア、少し危ないから後ろに下がっていてくれるかな」
手で後ろに追いやられる。
いやいやいや、危ないのならまず最初にレオが逃げてよ。
レオの腕を掴んで一緒に後ろに避難させようとしたら、やんわりと止められた。
「今から操っている大本を倒すから、少し下がっていて」
え、さっきから攻撃してるのに無傷よね。
どうやってあの災厄の魔物を倒すの?
災厄の魔物は操っている帝国軍の後ろでゆらゆらと揺れている。
キモイのよ!
「多分あれは本体じゃない。弱点であるはずの火や聖女の魔力がこうも通じないのはいくらなんでもおかしい」
偽物なの!?
じゃあ本物はどこ?
「まあ、違っていたら謝るしかないけれど、ねっ!」
レオはそう言うと、いつの間にか手に持っていたナイフをアーサーと同時に投げつけた。
「きゃああああああ!」
レナーテの悲鳴が空を駆けた。
「レオン様、アーサー!あなたたち何を!何てことを!いくらレオン様でも許しませんわよ!クラウディア、早く、早く助けて!」
二人の投げたナイフはレナーテの隣に立っていた水霊の両目にそれぞれ深々と刺さっていた。
血は精霊だからか出ていない。
ただ両目を押さえて水霊が蹲っている。
その横でレナーテが泣いている。
レオがレナーテの加護精霊を攻撃した!?
レナーテの加護精霊が災厄の魔物なの?
でも加護精霊よ?
というか、なぜレナーテの侍女が水の精霊だってレオが知っているの?
どうしたら良いのか分からずレオとレナーテの間を交互に見ることしかできない。
「クラウディア!何してるの、早くしてっ!」
レナーテが狂乱している。
「あ・・・」
勢いに釣られ一歩足が前に出るが、その前を神馬が遮った。
『精霊はあんなナイフごときで死なぬわ』
「神馬」
『来るぞ』
何が?と聞く前にレナーテの加護精霊の姿がバシャンと水がはじけるように地面に掻き消え、それと同時に操られていた人たちが糸が切れたように崩れ落ちた。
「!」
やっぱりレナーテの加護水霊が災厄の魔物の本体だったの!?
どうして!?
加護水霊は災厄の魔物がいた場所の地面の下からゆっくりと姿を現した。
頭、目、鼻、口、胸、腿、つま先。すべての姿が現れた時、水霊は災厄の魔物の黒い靄を飲み込んだ。
ただ黒く形を留めていたなかった魔物は水霊と合体することにより、新たな姿を私たちの前に見せた。
水色の髪をして、顔立ちだけいえば十分な美青年であったがその姿からは黒く禍々しい靄が立ち上っていた。
レナーテの加護精霊であった頃の清らかさはまるで見えない。
「水霊!」
レナーテが叫ぶが水霊はレナーテを見ようともせず、ただ無表情でこちらに手を突き出した。
「逃げろ!」
レオが叫ぶ。
しかしそれより先に水霊の手から大量の水が放出され、人々を飲み込んだ。
レナーテはその魔力で兄であるクリストフ殿下をとっさに守り、神馬が私を守った。私は無我夢中でレオとアーサーの腕を引いて二人を守った。
倒れていた兵、イングラム侯爵の私兵の大半が大量の水によって後方に流された。
イングラム侯爵も流されかなり後方で数名の私兵と共に倒れた。
結局大量の水が流れた後、立っていられたのは私たちだけだった。
ぴちょんとどこからか水滴が落ちる音がした。
第二弾の洪水攻撃が来るかと全員で身構えている中、神馬が水霊に話しかけた。
『久しいの』
神馬の知り合い!?
『どれだけ探しても見つからぬはずよ。まさか己の力を分けて変化させていたとはの。変化はそなたの得意とするところだが、我の目を欺くほどそなた自身も随分禍々しくなったものよの』
神馬の言葉に水霊が反応する。
「誰ダ」
『やれやれ、我の姿も覚えておらぬのか。そのようなおぞましき姿になろうとは。何がそなたをそこまで変えたのだ?』
「何ガ。ソウダ、私ハ自由ニナルノダ。約束ノ千年ノ時ハ過ギタ。私ハヤットコノ孤独カラ抜ケ出セル」
約束?千年?
どういうこと?
「約束ノ時ハ過ギタ。コノ世界ヲ滅ボス」
水霊は右手を高く掲げた。その手には先ほどの比ではないほどの水流がうねっている。
『待て、我に少しは分かるように説明せぬか!』
神馬が後ろ足で水霊を蹴って倒す。
神馬が強い!
むくりと水霊が無表情に起き上がる。
「邪魔ヲスルナ」
『大いに邪魔をするわ。破壊する前に何があったか位説明せぬか!』
「何ガ、何・・・何ガ、ガガガガガガ」
水霊がDJになった。
『ふむ、久しぶりに元の姿に戻ったせいでまだ記憶が混乱しているようだの。そこの娘、少し浄化の光をこやつに掛けてやれ』
神馬がレナーテに命令する。
レナーテが逡巡した。
『案ずるな、消えはせぬ。だいぶ闇落ちしておるが、まだこやつは精霊だ』
レナーテがその言葉に力をもらい、水霊に向けて浄化の力を放つ。
先ほどまでまるで効かなかったレナーテの力が、水霊に当たるとキラキラと輝き吸い込まれていった。
幾分水霊の禍々しい気配が消えた。
水霊の目にも少し理性の光が戻ったようだった。
『どうだ、少しは頭がはっきりしたか?一体何があった?なぜそなたはこの世界を破壊しようとする?』
「・・・私ハ、約束シタ。アル村娘ト。ソノ娘ハ私ニコノ世界ヲ千年守ッテクレト言ッタ。私ハ約束ドオリ千年守ッタ。ダカラモウ守ラナイ」
どういうこと?
千年前にある村娘がこの水霊にこの世界を守ってくれと頼んで死んだってこと?で、その約束の千年が過ぎたからもう守らないで破壊するってこと?
守らないはまだ分かるけどなんで破壊するって思考に行くの!?
ダメでしょ、破壊しちゃ。
その娘さんも千年後は破壊していいからなんて言ってないと思うわよ。
神馬も同じ気持ちだったのか、水霊に言った。
『何も破壊する必要はあるまい』
「元々私ハコノ世界ヲ壊ソウト思ッテイタ。アノ娘ト出会ワナケレバソノツモリダッタ。コノ世界ノ人間ハ醜イ。折角我々ガ加護ヲ与エテモ、ソノ力ヲ利用シテ同胞ヲ殺ス為ニ使ウ。何ノ意味モナイ汚レタ存在ダ」
『昔の大戦のことを言っておるのか。それに関しては我も同意だ。故に精霊は人間界から身を引いたであろう。そなたも破壊したいと思うほど人間に愛想を付かしたのならば精霊界に戻れば良かったのだ』
あ。
子供の頃王宮の図書室で読んだ魔術戦争の本が思い出された。
大炎で軍馬もろとも焼き殺し、洪水で軍隊を水没させ、鎌鼬で兵士を切り刻む。
壮大なお話過ぎててっきりお伽噺だとばかり思っていた。
けれども精霊が多く存在していた大昔では、当り前のように人は精霊から加護を貰い魔術を駆使していたに違いない。
前世の世界で飛行機が戦争に使われていたのと同じように、大昔の異世界でも国のトップが魔術を扱える者たちを戦力として戦場に引っ張り出していたのだろう。
どちらも元は戦争の為に存在したわけではないのに。
魔力の元が精霊の加護だということを忘れた事と、すでにすっかり廃れてしまった魔術のせいで誰もあの話が史実だと思わなかった。
本当の出来事だったのね。
精霊たちの目の前で精霊たちが気に入って加護を与えた者たちがお互い傷つけあって死んでいく。
それは精霊たちにとってどれだけ耐えられない光景だったことか。
だから精霊たちは人間界から姿を消して行ったのね。
自分たちが気に入って与えたはずの加護の力が、巡り巡って誰かのお気に入りを殺してしまうから。
全ては人間たちの欲望のせい。
「私モ好キデコノヨウナ世界ニイタ訳デハナイ。タダアノ娘ガ言ッタノダ。必ズ私ノ元ニ戻ッテ来ルト。ダカラ私ハ待ッタ。アノ娘ガ再ビ私ノ元ニ戻ッテ来ルコトヲ」
千年の間ずっと?
滅ぼしたいほど嫌悪している人間界を逆に守りながら、たった一人の娘と再び会うことの為だけに?
それはどれ程の苦しみをこの精霊に強いたことだろう。
しかもこの精霊が未だに待っていることを見ると生前では再び会うことが叶わなかったのだ。
もう二度と会えないと分かっているのに、娘の言葉を信じて待っていたのだろうか。千年も。
「私ハ待ッタ。ソシテ娘ハ約束ドオリ私ノ前ニ現レタ。私ハ今度コソ娘ヲ離サナイ。コノ世界ヲ滅ボシ、娘ヲ連レテ精霊界ニ戻ル」
破壊はしていくのね!
うっかり同情しかけた心がひゅんっと戻った。
待って、今娘が現れたって言ったわよね。
それ、誰の事?
もしかして・・・。
水霊の言葉を聞いて全員がレナーテを見つめた。
中々女の子が生まれない皇家。そんな中レナーテは久しぶりに生まれた皇女の上、災厄の魔物を封印するために生まれてきた聖女でもある。
それに水霊はレナーテが生まれた時から守っていた。
導き出される答えは一つ。
レナーテが千年前の聖女の生まれ変わりなの!?