皇宮での夜会
皇宮の夜会でマリーが選んだのは白一色のドレスだった。ところどころに刺繍が散りばめられてはいるが、シンプルなデザインで上品で素敵だった。
マリー曰く、やはりカーラ帝国の皆様にインディア国の繊細で優雅なところを見せたいとのことだった。
「ディア、今日も女神のごとく美しいね」
レオが私を見て褒めてくれ、腕を差し出してくる。
私はその腕を取って歩き出した。
今回からエスコートはレオだけ。
アーサーも夜会には参加するけれども、レオの護衛としての参加だから今も私たちの後ろを一歩下がって歩いていた。
私はレオの婚約者になると決めた翌日、アーサーにレオを選んだことを告げた。
アーサーは少し驚いた顔をした後で、
「そうか、お前が考えて選んだのならそれでいい。幸せになれよ」
と言ってどこかへ去って行った。
その日は夜になってもアーサーは館に戻っては来ず、とても心配したけれども翌朝にはいつもどおり現れた。
その後レオとアーサーだけで何かを話していたようだったけれども、私には何を話していたかまで分からなかった。
何度考えてもこれで良かったと思うし、これ以外の選択肢はなかったと思うから後悔はしていない。
しかしうっかりいつもの癖で左手が腕を求めて宙に浮いてしまい、気づくたびに慌てて下げた。
いけないいけない。
私はレオと生きていくと決めたのだから、いい加減慣れないと。
帝国の宮殿は今まで参加した貴族の夜会とは規模も豪華さも段違いだった。
私は案内されると同時に目でレナーテを探した。
レナーテはすぐに見つかった。レナーテはホールの中央で複数のイケメンな男性たちに囲まれて笑顔を振りまいていた。
レオとダンスを踊ったり、帝国の貴婦人たちのお世辞を受けながらレナーテが一人になる機会を窺った。
すると、レナーテは休憩に行くのか一人ホールから外れていった。
私も隙を見てレナーテの後を追った。
できるだけ急いで来たつもりだけれど、見失ってしまったので仕方なくそっと部屋を空けて中を一つ一つ確認していった。
中には同じように抜け出した紳士とご婦人がよろしくしている場面を覗き見てしまったけれど、そういう時は慌ててドアを閉めた。
一体どこに行っちゃったのよ、レナーテ。
次の部屋はせめてよろしくやっていませんようにと祈りながら開けると、レナーテが一人でソファーに座って外を見ながらシャンパンを飲んでいた。
「レナーテ」
ほっとしながら中に入る。
「あらぁ、麗しのインディア国の客人様じゃない。どうしたの?こんな所に。ダメよ、私は皇女であり聖女なの。たとえあなたでも気軽に近寄ってはいけないのよ。高貴な身分なの、わたくしは」
「酔ってるの?」
「飲んではいるけど酔ってはいないわよぉ。飲んでも飲んでもぜーんぜん酔えないの。これアルコール入ってないんじゃないかしら」
ゆらゆらとグラスを揺らすとアルコールの匂いがプンと漂ってきた。
「十分アルコール入ってるみたいよ」
「そう?私には水にしか思えないけれど。それで、あなたはここに何しに来たの?ああ、告白の結果を聞きに来たのね。いいわ、あなたには報告する義務があるものね。とりあえずいつまでも立ってないで座ったら」
指で差されたソファーに座る。
「まあ、結果から言うとやっぱりダメだったわ。でもそれは良いの、振られるのは最初から分かっていたんだもの。でも、まさかあんな風に振られるとは思わなかった」
え、まさかレオ振るときにレナーテに酷い言葉を浴びせたとか?
「大丈夫?」
「全然大丈夫じゃないわよ。もー現実ガツンと見せられてあの時恥ずか死ぬかと思ったわよ」
恥ずかしい?悲しいとか腹が立つじゃなくて?
「一体何を言われたの?」
我慢できなくて聞いてしまった。
「別に普通よ。私が告白したら、優しくほほ笑んで下さって『お気持ちは大変ありがたいのですが、申し訳ありません。私には聖女様は勿体ないですから』って」
普通ね。
ん?なんでこれで恥ずかしかったの?
「自分の思い上がりが恥ずかしかったのよ。振られるのは分かっていたけど、心のどこかで私はレオン様の特別だって思い込んでいたのよ。だから断られるにしてももっとこう私とレオン様だけの特別な言葉で振って下さると思っていたの。でも返ってきた言葉はどこでも誰にでも言う定型文みたいなものだった。当り前よね、私とレオン様が会ったのはほんの2、3回なんですもの。レオン様にとって私はホールにいる有象無象のご令嬢たちと何ら変わりないのよ。振られたことよりも自分が自分の都合の良いように妄想していたことに気が付いてすごく恥ずかしかったわ」
それは仕方ないわよ。だってレナーテは前世からレオを知っていたんだもの。ゲームでだけど。
「そう、全ては前世の記憶があるのが悪いのよ。レオン様を忘れられなくて他の男性に目が向けられなかったのも、ゲームのせいで聖女として生きなくちゃいけないと思い込んでしまったのも、ぜーんぶ前世の記憶のせい。何も覚えていなければ真っ白な気持ちでレナーテの人生を生きられたのに。こんなことなら前世の記憶なんてない方が良かったわ。前世でも誰からも愛されなくて、今世も誰からも必要とされないなんて酷すぎるわ」
「必要とはされてるじゃない」
「それも災厄の封印までよ。それ以上は私予言なんて出来ないもの。あっという間に役立たずに陥落よ。だからそれまでに私誰かと結婚してないとまずいのよねぇ。ねぇ、あなた私の周りにいた男性たち見た?あれ全員ゲームの攻略対象者で私の婚約者候補たちなのよ。あなたはあの中で誰が良いと思った?」
急に振られて急いでレナーテの周りにいた人たちを思い出す。
「えーっと体の大きな人がいたわね」
「脳筋の近衛団長ね」
「あと小柄な男の子もいたわ」
「あれでも星宮区の長よ。ショタ枠ね」
「渋い感じのおじさまもいたわ」
「マイザー卿ね。彼はとてもいい人だけど30歳も上なのよ。私オジサンは好みじゃないのよね」
中々厳しいわね。
「あ、一人若くて容姿もちょっと素敵な人がいたわ。あの人はレナーテの好みじゃないの?」
私がそう言うと、レナーテはケッと横を向いた。
「そうね、カーラ帝国の若い女性に彼はちょっと人気あるわよ」
「レナーテは嫌いなの?」
「別に彼が嫌いな訳じゃないわ。ただ何を見てもレオン様の下位互換に見えて仕方がないのよ。虹恋でレオン様は大人気だったから、絶対運営が彼に似たキャラをこっちにぶちこんできたのよ」
あー、レオに似てるのに違うから許せないのね。
彼も気の毒に。彼単体なら魅力ある男性でしょうに、レナーテはレオを基本にしちゃってるからなぁ。
「レオン様に振られてしまった以上私はあの中の誰かとくっついて災厄の魔物を退治して結婚しないといけないのよ。最悪災厄の魔物を倒す準備は前々からしていたからパートナーは必要ないといえばないんだけど、どうせ災厄の魔物を封印するのは私だから」
「じゃあパートナーの人は何をするの?」
「災厄の魔物が周囲の獣を操って襲いかかってくるのよ。パートナーはそれを防ぐ役。でもそれもお兄様に頼んで災厄討伐部隊を組んで貰っているからパートナーは必要ないのよね」
なるほど。
「前世では未婚で死んだから、今世くらいは結婚したいわ。私だって誰かに愛されて必要とされてみたいのよ。まあ、あなたみたいに素敵な男性2人からプロポーズされて困っちゃうって言ってる人には分からない悩みでしょうけど」
「あ、それなんだけど実は・・・」
私はレオと婚約することにしたとレナーテに伝えた。
レナーテはたっぷり10秒絶句していた。
「あなたアーサーが好きだったんじゃないの?私はてっきり悩んでいても最後にはアーサーを選ぶんだと思っていたわ」
「レオも好きよ」
「まあ、そうでしょうけど。あんなにどっちが良いかわからなーいって言っておいてなんでいきなりレオン様に決定してるのよ。私がレオン様に告白したから取られたくなくなったとかいう幼稚な理由?」
失礼ね、そんなんじゃないわよ。
「私がレオを選ばないとゲームのバッドエンドみたいになっちゃうのよ」
「あれ本当だったのね。じゃああなたレオン様がバッドエンドに行かないように結婚するってこと?バカじゃないのそんな同情で結婚したってうまくいくわけないじゃない」
もうっ、レオといいレナーテといいなんで私が同情で結婚すると思うのよ!
「ちゃんと私はレオが好きだって言ってるでしょう。友情でも同情でもなくちゃんと恋愛感情で好きなのよ。たぶんアーサーがいなかったら私普通にレオを好きになってレオのお嫁さんになっていたと思うわ」
レオがいなかったらアーサーを選んでいたし、アーサーがいなかったらレオを選んでいた。
二人のことが好きな人が聞いたら激怒されそうだけど、何度考えてもどっちも大切でどっちも好きだったんだから仕方ない。
「だから今回のことは同情なんかじゃなくて、良いきっかけだったんだと思うの。私の心ではどちらも同じだけ天秤が釣り合ってしまうから、後は二人の気持ちで決めるしかなかったのよ」
「レオン様の方がアーサーよりあなたのことを好きだったってこと?」
「違うわよ、人の気持ちなんて測れないもの。でも二人は同じように私を好きでいてくれたと思う。ただ私は私がどちらかを選んだ後のことを想像してみたの」
「レオン様を選んでもアーサーは壊れないけど、アーサーを選んだらレオン様が壊れてしまうからレオン様を選んだの?」
「だから違うってば。まあちょっと合ってるけど。私がレオを選んでもアーサーが壊れることはないっていうのは当たってる。アーサーは誰よりも優しくて強い人だから、私がレオを選んでもレオの側近を辞めることはないと思う。自分でぐっと我慢して乗り越えてしまえる人だから。アーサーは自分が辛い分には我慢が出来るけど、人が辛い思いをしているのは耐えられない人なのよ。だからもし私がアーサーを選んだら、アーサーはレオの側近を辞めてしまうと思うの。それどころか多分レオに悪いからって私と一緒に国を出ると思う。その後でレオが壊れてしまった噂を聞いたらきっと誰よりもアーサーが苦しむのよ」
だからこれが一番良かったと思っている。
レオにもアーサーにも私にも。
私もレオと私に挟まれて苦しむアーサーは見たくない。
「それがレオン様に決めた理由?」
私は頷いた。
「そう、まあそれならそれで良いけど。そもそもレオン様に振られた私が口出すことじゃないものね。あー、本当に私どうしようかしら。私こそ誰を選べば良いのか分からないわよ。あ、そうだ。あなたたち結婚式するわよね、その時私をそっちの国に招待してよ。その頃には災厄も封じ込めてるはずだから。私実はレオン様の次に生徒会長が好みだったのよね。彼まだ婚約者いないんでしょ、その時私を紹介してよ」
生徒会長かぁ。
紹介してもいいけど彼レオの親衛隊長だからなぁ。
「え、ジャスティン様レオン様のファンなの?素敵じゃない、ますます話が合いそう。これは絶対紹介してもらうしかないわね」
うわぁ、レナーテと生徒会長のカップルなんてレオン親衛隊がますますパワーアップしてしまいそう。