月明かりの下で
夜眠れずに私はベッドから起きだした。
二人がどうなったのか気になって眠れないのだ。
アーサーはああ言っていたけれど、本当にレオはレナーテを振ったのだろうか。
今レオはそしてレナーテはどんな気分でいるのだろうか。
ベッドに横になっていても眠れないので少し中庭でも散歩しようかとそっと部屋を抜け出した。
夜風が気持ちいい。
月明かりが綺麗だから街灯がなくても歩けた。
ただこんな時間に外を散歩していたとばれたら皆からガッツリ叱られるのは間違いない。
誰にもばれない様に音を立てずに歩いた。
確かこの先にベンチがあったはず。
そう思って歩いて行くと、そのベンチにぼうっと人影が見えた。
ひぃぃぃぃ!幽霊!
口から思わず「ひっ」という悲鳴が漏れた。
その声で幽霊に見つかってしまった。
「ディア?」
あわわわわ、幽霊に見つかった!!
幽霊は立ち上がると私の方に歩いてきた。
ジャリジャリと小石を踏む足音がする。
あら、足音がするってことは幽霊じゃない?それとも異世界の幽霊は足つきなの?
「やっぱりディアだ」
「レオ」
幽霊の正体見たり枯れ尾花ならぬレオ。
「「こんなところで何してるの?」」
二人の言葉がハモった。
「レオがダメでしょ、何かあったらどうするのよ。危ないじゃない」
「ディアがダメだろう、そんな薄着で女の子が何を考えてるの!?」
レオはそういうと着ていた上着を私の肩にかけた。
だって寒くなかったし、誰にも会わないと思ったからつい寝着のままで来ちゃったのよ。
「眠れないの?」
渡された上着に袖を通しながら聞いた。
「少し考え事をしていただけだよ」
考え事?やっぱりレナーテのことかしら。
「眠れないなら少し話でもする?」
レオは私の手を取ってベンチまで誘導してくれた。
珍しい、すぐに部屋に戻れって怒られるかと思った。
二人で並んで座り星空を眺める。
異世界の星空は現代の地球と違って良く見えた。
「綺麗ね」
「そうだね。昔もこんな風に星空を見上げたことがあったね」
言われて思い出す。子供の頃王宮の別荘地に泊りがけで遊びに行ったことがあった。その別荘地でアーサーも合わせて3人で寝そべって星空を見たことがあった。
その時も星がよく見えてまるでせまってきているかのようだった。
手を伸ばせばつかめるようなそんな錯覚さえ覚えたものだった。
「すぐそこにあるのに手が届きそうで届かなくて、もどかしい思いを感じたよ」
そうね、三人でバカみたいに手を伸ばしてみたりしたわよね。
「ディア」
「なぁに?」
「君は誰だい?」
「え・・・?」
何を言っているの?レオ。
「君はクラウディア=エストラル?それともまったく違う人間?」
どくんと心臓が大きく高鳴った。
「何を言っているのレオ。私は生まれた時からクラウディア=エストラルよ」
知ってるの?レオ。私に前世の記憶があることを。
どうして知ったの?レナーテが話したの?
レオは黙って私を見つめ、ふっと下を向いて笑った。
「そうだね、君は昔から君だ。何も変わらない、私が好きになったクラウディアだ」
「どうしたのレオ。急にそんなこと言いだして」
平静な顔を装いながら心臓がバクバク言っている。知っているの?知らないの?
「いや、人は死んだらどうなるのかなって考えただけだよ」
死んだらどうなるのか?さあ、一回死んだみたいだけど覚えてないから分からないわね。
「インディア国の宗教では人は死ぬと大いなる神の一部となると言われているけど、本当にそうなのかなって。もしかしたら神の一部から漏れた魂がまた再生を繰り返したりするんじゃないかなと思ったんだよ。そうじゃないと世界の人口は減る一方だろう」
転生をした身としては大いに賛成ね。
「だとしたら今ここにいる私たちも本当に元から私たちなのか、それともまったく別の人間だった者が今私たちになっているのかと考えたら止まらなくなってね」
「レオもそんなこと考えるのね」
どうやら私の正体がバレた訳ではないようだ。
「現実逃避かな」
「レオにしては意外だけどたまには良いんじゃない?レオは現実の問題を一人で抱えすぎる癖があるもの。たまには現実逃避して頭を休ませてあげないと。ちなみにレオはもし生まれ変わったら次はどんな人間になりたいの?」
完璧人間が次になりたいのってどんな人間なのかしら、ちょっと興味あるわ。
「ただ人かな」
ただ人?
「何のしがらみもなく自由に生きて自由に死ぬことのできる人間のことだよ」
自由に生きて自由に死ねる人間。
すごく平凡な希望のはずなのに、レオには憧れなのね。
でも、
「レオがただ人になるのは無理よ。たとえ平民に生まれ変わってもありあまる才能のせいで回りが放っておかないわよ」
「そうかな、結構似合うと思うよ。鍬を持って農地を耕すの。可愛い奥さんと子供のために毎日真っ黒になって鍬をふるうよ」
エア鍬を持ってレオは振る真似をする。
やめて、その完璧王子の姿でほうっかむりを想像したらおかしくてしょうがないわ。
「今日も頑張って働いてくるから奥さんは家で美味しい料理を作って待っていてくれるかい?」
レオ、ノリノリね。
いいわ、乗ってあげる。
「もちろんよ、あなたの好きな料理を山ほど拵えてあなたの帰りを待ってるわ。だから早く帰ってきてね」
私がそう答えると、レオが止まった。
どうしたのかしら?
レオの顔が下を向いてしまったから表情がよく見えないわ。月明かりだし。
レオは顔を上げると私を見て笑った。
「うん、来世は良い人生みたいだ」
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