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レナーテの告白

 次に訪れた武器屋ではアーサーが体中からやる気を漲らせていた。一応レオの護衛という立場もありレオの傍から長く離れることはなかったけれども、他の場所とは違い目が生き生きとしていた。


 この剣オタクめ。

 レオもアーサーほどではないものの一つを手にとってはじっくりとその形を観察し軽く振ってみたりしていた。


 まったく男というのはいくつになっても武器の(たぐ)いが大好きなんだから。

 前世のアパートの隣に住んでいたシンママさんの5歳の男の子なんて会うたびにビニールの剣で切りかかって来るから、毎回やられたふりして地面に倒れなくちゃいけなくてスーツが土まみれになったわよ。可愛いから許すけど。むしろノリノリで断末魔上げてたけど。

 だってワンパターンだとダメだし食らうんだもの。

 1回悲鳴あげてくるくる回りながら倒れようとしたら階段に足取られて本当に悲鳴上げて落っこちたこともあったっけ。

 幸い5段しかない低階段だったから打ち身ですんだけど、母親って大変だなぁってあの時思ったもんだわ。

 会社の同僚に腕の痣の原因を報告したらそんなことやるのはアンタだけよって呆れられたけど、そうかなぁそんなことないと思うけどなぁ。

 絶対皆外じゃそんな姿見せないだけで家の中ではやってるはずよ。

 だってあんなにぷにぷにのキラキラお目目の子供からせがまれたらやらない訳ないじゃない。

 家では皆怪獣ママゴンやらパパゴンになってるわよ。なんならジジゴンやババゴンもいるかも。


 ただあれを演出だと思われてその後も階段くるくるやってーと言われたのはさすがに困ったけど。

「あれは1年に1回の怪獣おてもやんのスペシャルやられ技なのよ。そう簡単にお目にかかれると思っちゃいけないわ。次はまた来年ね」

 って誤魔化したけど、1年後まで覚えられてたらどうしよう、柔道習いに行って受け身覚えてこようかしらってあの時真剣に考えたっけ。

 結局その日が来る前に私死んじゃったけどさぁ。

 ごめんね、たっくん。

 でも最後に会った時私に新しいパパができるかもって耳打ちしてくれてたから、きっと今頃は新しいパパゴンがいるわよね。まあ、階段から落ちてはくれないと思うけど。


 私は武器屋では買いたいものも見たいものもないので、入り口近くの壁に立って皆を見ていた。

 アーサーはレオを気にしつつも剣を手に取り振っては戻していた。レオは一つ一つをじっくりと観察し、レナーテはそんなレオを真横でうっとり眺めていた。


 レナーテは本当に今日告白するのかしら。

 きっとするわよね。

 だって今日を逃したら後は皇宮での夜会でしか会えないし、それが終わったら私たちは帰国しちゃうんだもの。

 聖女という立場では気軽に異国に留学も許されないだろうし、2年後には災厄の封印もある。災厄の封印前の天災もまだあるのかも知れないし、今気軽に国を離れることは出来ないだろう。事後処理だってあるし、最低でも次会えるとしても3年後。

 さすがに3年も経っていればレオにも婚約者が出来ているだろうし。それが私なのか他の人なのかは分からないけれど。


 レナーテに言われた受け身という言葉が胸に刺さる。

 確かに私から何かをレオにしたことはない。いつだってレオが私に歩み寄ってくれて私がそれを受動的に受け入れていただけ。能動的にしたことがない。

 好きだって言われた言葉を信じるようになっただけ。

 ちゃんと二人のことを考えようと思ったけれど考えれば考えるほど分からなくて、ただ状況に流されてその場限りの対応をしていただけ。


 レオにもアーサーにも酷いことをしている。

 反省。


 十数分後、結局アーサーは何も買わず、レオが投擲用ナイフを2つ買った。


「買わなくて良かったの?」

 私がアーサーに尋ねると、アーサーは頷いた。


「慣れた剣が一番だからな。ただ次剣を注文するときに少し工夫を凝らしてもらおうとは思った」

 そうなんだ、実りある見学で良かったわね。


 さあ、次はいよいよレナーテの告白が待つ高台よ。

 馬車の中では相変わらずレオの隣をレナーテがキープしてしきりに話しかけている。

 レオもそんなレナーテに柔らかく返答している。


 レナーテは普通通りなのに私が一人で変にドキドキしてしまう。私が告白するわけでもないのに。

 なんだか逃げ出したいようなそんな気分でレナーテを見つめていると、レナーテが私の視線に気が付いてウィンクしてきた。

 レナーテはすでに心の準備が出来ているようだ。

 私もいい加減腹を括らないと。


 高台へは街中から1時間ほど掛かった。馬車を途中で止め高台まで歩いて行く。

 確かにカーラ帝国の街並みが一望できた。

 電気が通っていたら夜には見事な夜景が広がることだろう。

 レオはその景色が気に入ったようで、一人無言で眺めていた。

 

「いかがですか、一望出来て素晴らしいでしょう?」

 レナーテがレオの隣に立って自慢する。

「ええ、見事なものですね」

 レオが笑顔で返答を返してくれたことでレナーテが嬉しそうにほほ笑み返す。

 

 そろそろ下がった方が良いかも。

 私はアーサーの袖を引いて後ろに歩いて行った。


「おい、どこに行くんだよ。レオからあまり離れるわけにはいかないぞ」

 事情を知らないアーサーがレオの傍に戻ろうとするので、私はレナーテがレオに告白するつもりだと告げた。

 アーサーはそれを聞いて眉をひそめた。

「お前にそう言って実はレオをあの高台から突き落とす気かも知れないじゃないか。お前は人を簡単に信じすぎる」


「レナーテはそんなことしないわよ。落ちそうになるレオを助けて自分が死ぬことはあっても、その逆はありえないわ。アーサーだってレナーテの気持ち気づいてるでしょ」

 あんなにあからさまなんだから。


「聖女がレオを好きなのは知っているが、だからといってレオに危害を加えないとは限らない。実らないなら一緒に死んでくれという女は今まで山ほど見ている」


 アーサーのその言葉にジト目を向ける。

 それ絶対実体験でしょ。

 何気にアーサー男女の修羅場をくぐってきてるのね。

 レオだってあんなにモテるんだもの絶対それなりの場数は踏んでるわよね。


 結局未経験は私だけかぁ。

 そりゃ分らないはずよ。前世今世合わせても男女関係の実績がほとんどないんだもの。


「でもあの場所は端っこじゃないから突き飛ばされて落ちることもないし、レオは素人の女の子に剣を向けられてむざむざやられるほど腰抜けでもないし、告白が終わるちょっとだけで良いから離れていましょうよ。声は聞こえないけれど何かあったら駆けつけられる場所で」

「お前随分無茶を言うな」

 ごめん。


 しかし説得が効いたのかアーサーはレオの傍に行こうとはせず、その場で大きな石に座って二人を見ていた。

「終わったらすぐに戻るぞ」

「うん。・・・アーサーは告白の行方が気にならないの?」

「結果が分かりきっているからな。レオはあの聖女の気持ちには応えられない。たとえどんな好条件を突き付けられても、レオがあの聖女を受け入れることは200%ない」

 200%なんだ。

 すごい自信。


「当り前だろう、あの聖女はお前を殺そうとしていたんだぞ。そんな女をレオが愛するわけがない。俺だって無理だ。親切にしているのも一応友好国の皇女だからだ。もしカーラ帝国と敵対でもしようものならレオ自らあの聖女の胸に剣を突き刺すだろう」

「怖いこと言わないでよ」

 物騒な言葉にブルリと体が震える。


「俺は起こりうる未来を口にしただけだ。レオなら間違いなくやる。あいつはそれ位お前を愛しているからな」

 その言葉に何も言えなくなる。


「私二人に酷いことしてるかな?」

「なんだ?いきなり」

「どっちにも決められなくてフラフラしてるから」

 申し訳なくて俯いてしまう。


 そんな私にアーサーはバカだなと笑った。

「俺たちはお前に急いで決めて欲しいなんて思ってやしないよ。むしろじっくり考えて決めて欲しい。大体お前が俺たちの気持ちを知ったのはついこの間だろう。焦って決める必要はないさ。それに・・・」


 それに?


「俺もあまり人のことは言えない」

 ん?


「この間お前からいざとなったらレオを優先してくれって言われて即答出来なかった。レオも助けたいしお前も助けたい。でもどっちか選ばなきゃいけないとなった時、俺がどちらを選ぶか自分でも分からない」


 なにそれ。アーサーはレオを選ばなきゃダメでしょ、レオの側近なんだから。


「分かってる。だから俺もまだ未熟なんだよ。お前のこと責められる立場じゃない」

「レオも迷うかな」

「ん?」

「もし私とアーサーのどちらかしか助けられないとなったら、レオも悩むかな」

「あいつはお前一択だろ。たぶん笑って俺を見捨てるさ」

 そんなことないと思うけど。


「いーや、あいつはそういう奴だ。笑って俺を見捨ててお前を助けるから、俺も笑ってお前を預けて死ねる」

 何その男の世界。私むしろ部外者じゃない?


「男はそんなもんだよ。大体レオがお前以外のものを選ぶのが想像出来ないよ。あいつはこの世界全てとお前を天秤に掛けてもお前を選ぶよ」


 やめてよそんなゲームのバッドエンドみたいなこと言うの。

 縁起でもない。


「じゃあもし私がアーサーを選んだらどうするのよ」

 私の言葉にアーサーはうーんと考え込んだ。


「そうしたらお前を連れて世界の果てまで逃げてやるよ」


 逃亡者かぁ。いや、職業は冒険者?

 アーサーは頑丈だから大丈夫だろうけど、私繊細だからなぁ。


「地面に落ちて砂だらけになった肉を適当に水で洗い流して食べる奴がどの口で言う?」


 ? 水で洗い流したんだから綺麗じゃない。何が悪いの?

 そりゃちょっと味は薄くなっちゃうけど、十分美味しかったわよ。


 本気で言っている意味が分からなくて首を傾げると、アーサーはハァと大げさにため息をついた。


「たぶんお前は世界中のどこででも生きていけるから安心しろ」


 なんだか分からないけど太鼓判を押された。

 褒められたわけじゃないのはニュアンスから分かる。

 少しむぅとすると、アーサーはそうだと言ってポケットから何かを取り出した。


 何これ?


 アーサーの手のひらには真珠とダイアモンドで花と葉が作られた髪飾りが乗せられていた。


「前にお前に贈るって言ってただろ。イヤリングやネックレスはレオがプレゼントしてるから、俺はこれにした」

 そう言ってアーサーは立ち上がって私の髪にその髪飾りをつけてくれた。

 これは、さっきのお店で買ったのかしら。随分可愛らしいデザインだけれど、あのアーサーが真剣な顔で選んでくれたのかと思うとちょっと嬉しい。


 でも、宝石が真珠とダイアモンドって・・・。

 私のもの問いたげな視線にアーサーが私が何を気にしているか気づいた。


「違うぞ、ただデザインがお前に似合うと思ったからこれを選んだだけで、深い意味はないぞ。それに俺は婚約の証はやっぱり指輪が良い」


 なんだ、そっか。私の気のしすぎだったのね。


「ありがとう」

 私が笑顔でお礼を言うと、アーサーも「おう」と照れたように返してきた。


 あ、そうだ。私も渡すものがあったんだっけとポケットに手を入れると、丁度そこにレオとレナーテが二人揃ってやってきた。


 どうやら告白は終わったようだった。


 しかし二人の顔を見てもどうなったのか分からなかった。

 レオはいつも通りだったし、レナーテも泣いているわけでもなく喜んでいるわけでもなく。なんだかちょっとすっきりした顔はしてるけれど、結果までは分からなかった。

 だからと言って出刃亀よろしく聞くことも出来ないし、結局その日はそのまま黙って帰宅した。




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