神馬が戻ってきた
取りあえずレオとアーサーを誰かに呼んできてもらおうと腰を上げた瞬間、窓から小鳥が飛び込んできた。
あら、神馬じゃない。お久しぶりね。
良かったわ、帰って来てくれて。下手したら帝国に置いて帰る所だったもの。
まあ、神馬だから帰って来れないなんてことはないだろうけど。
「探していた友人には会えたの?」
神馬はテーブルにちょこんと止まった。
『いや、以前住んでいた場所に行ってみたがいなかった。あちこち探してみたのだが見つからなかった。おかげで喉が渇いた。お茶をくれ』
あれからずっと飛びっぱなしだったのか、やたら疲れている様子だ。
可哀そうに思って私がお茶を淹れようと思ったら、断られた。
『そなた以外の者で頼む』
むっ、何でよ。
『そなたの淹れる茶は不味いのでな』
失礼ねー、レオは美味しいって喜んで飲んでくれてるわよ。
アーサーだって褒めてはくれないけどちゃんと全部飲みほしてるわよ。一気飲みだけど。
『我はゲテモノ好きではないグルメなのだ』
何よ、飼葉だって鳥の餌だって喜んで食べるのに、私の淹れたお茶はそれ以下だって言うの?
ちゃんと前世だってOLだったからお茶淹れしてたんだから。そりゃ来客とかは淹れちゃダメって言われてたけど。
でも上司のお茶は先輩が私に名指しでお茶を淹れるようにってたびたび言ってきてたのよ。それって私のお茶が美味しかったからじゃないの?
あら、でもそう言えば、いつも先輩がその上司にパワハラとかセクハラとかされて怒ってる時に言って来てたわね。なんでかしら?
神馬とやり取りしていたら、レナーテがクスクス笑った。
「それじゃあ私がお淹れしましょうか?」
「え、神馬の声が聞こえるの?」
「聞こえるわよ」
凄い、さすが続編のヒロイン。
『珍しいな。精霊の加護持ちか』
「ご名答」
レナーテは器用にお茶を淹れ神馬の前に差し出した。
「レナーテも加護持ってるの?何の精霊?」
『何を言うておる。そこに本物がいるであろうが』
え?
神馬は器用に嘴で紅茶を飲んでいたが、ついと横を向いた。
向いた先にいたのはレナーテが連れてきた侍女さんだった。
え、え、えええええええええーーーーーー!
「侍女の方精霊さんだったの?」
「そうよ、生まれた時からずっと私を守ってくれていたわ。水の精霊なの。私の傍に居ても不自然じゃないように侍女の姿でいてくれているのよ」
わあ、素敵。いいなぁ。
『我も望むならしてやっても良いが』
うん、神馬はいいや。
『なぜだっ!』
「だって、神馬が侍従だったら余計仕事が増えそうでマリーが可哀想だもの」
あ、いじけた。
「それよりもあなたさっきこの小鳥を神馬って呼んだわね。それって虹恋のヒロインがギル先生攻略する時に現れる精霊のことじゃない。なんで悪役令嬢のあなたと契約してるのよ。おかしいじゃない」
だから、私は悪役令嬢じゃないってば。
「なんとなくなりゆきで?ヒロインは魔術学科選ばなかったから神馬の姿が見えなかったのよ」
「ふぅん。レオン様とアーサーに求婚されてておまけに神馬と契約ねぇ。まるであなたが本当はヒロインみたいね」
へ?いやいや、私は紛れもなくライバル令嬢のクラウディア=エストラルですよ。
「だって、おかしいじゃない。あなたと私は同じ転生者でしょ。で、私は続編のヒロインとして生まれ変わってる。本来ならあなたも虹恋のヒロインとして生まれ変わる筈だったんじゃないの?」
ん?
「あなた、実は虹恋のヒロイン好きじゃなかったんでしょ」
ギクッ!
「そんなこと、ないわよ」
現にアナベルはとっても良い子で大好きだし。
「良いの良いの。OLだったんでしょ、前世で社会人経験してたらあのヒロインに惹かれないのも仕方ないわよ。私もゲームは好きだったけど虹恋のヒロインはあんまり好きじゃなかったもの。だってスペック低いじゃない。顔は好きに選べたけどスタイルは平凡地位も低い。かろうじてAクラスにいたものの常にギリギリ状態。特に秀でた才能を持ってる訳でもないのに男を狙う能力だけはずば抜けてるなんて、傍から見たらムカつく以外ないでしょ。レオン様が好きだからやっていたけど、運営ももう少しマシなヒロイン設定考えなさいよねって何度思ったか知れないわ。ネットでも良く叩かれてたじゃない。わざわざ美人でハイスペックな婚約者振って男に媚び売るのが上手いだけのヒロイン選ぶなんてありえないって」
そうなんだ、それは知らなかった。
「まあ、ゲームをやってる人の大半がお金持ちで美人の婚約者を振って平凡な私を選んでくれたって所に喜びを感じるんだろうけど、アラサーにもなると現実が見えちゃっていまいち主人公に感情移入出来なかったのよね。私がレオン様LOVEな割に虹恋のヒロインに生まれ変わらなかった理由はその辺りが原因だと思うわ。その点続編のヒロインは虹恋のヒロインと違って自分で運命を切り開いていく感じが私の好みだったのよ。災害予知して事前に手を打ったり悪役令嬢のあなたの悪だくみを阻止したり。ただ攻略対象者が全く私好みじゃないのが残念な所なのよねぇ。その辺は虹恋の方が良い男たちが揃っていたわ。前世の記憶があるせいでえり好みしすぎちゃって婚約者が中々決まらなくって。だって|隣の国には大好きだったレオン様がいるのよ!将来ヒロインと結ばれると分かっていても恋心が諦めてくれなかったんですもの。こっちの世界に彼以上に素敵な男性がいなかったのもデカいわね。彼と張り合えるのはお兄様位しかいないんですもの。さすがに兄妹じゃ結ばれないものね」
そ、そう。
怒涛の告白に付いて行くので精一杯。
「ねぇ、あなたレオン様と将来結婚するの?」
「え?まだ返事は保留中よ」
「なんでよ、レオン様以上に素敵な人なんていないじゃない」
むっ、前世の私がムクムクと首を出す。
「そんなことないわ、確かにレオは素敵よ。でも現実のアーサーだってゲーム以上に素敵なんだから」
レナーテの目が輝く。
「なんだ、あなたアーサー派だったのね」
うっ、バレた。
「やぁだ、それを早く言ってよ。じゃあレオン様は私が貰うから、あなたはアーサーね。ハイ決まり」
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんでそうなるの?」
「だってあなたアーサー推しだったんでしょ。じゃあアーサーで良いじゃない。良かったわー、妥協して婚約者決めなくて。好きだったゲームのヒロインに生まれ変われて大好きな攻略対象者と結婚出来るなんてこの世のパラダイスだわ♪」
「待ってよ、ゲームはゲーム。現実は現実よ」
ゲームの世界だと思って逃げまくってレオを傷つけてしまった分、これからはちゃんと向き合うってレオと約束したんだから。
「そんなの分かってるわよ。でもあなたアーサーが好きなんでしょ?」
「そりゃ前世の私はアーサーが大好きだったけど」
「前世の私?あなた二重人格なの?頭の中に前世のあなたと今のあなたがいるの?」
そんなものいないわよ。
「じゃあ前世のあなたも今のあなたも同じ今のあなたじゃない」
へ?
え?そうなの?え、でも、あれ?
「それにあなたがアーサー推しだったっていうなら、レオン様の攻略してないんでしょ」
「ハッピーエンドならやったわよ」
「ノーマルエンドとバッドエンドは?」
首を横に振る。
「だと思ったわ。ノーマルエンドはともかくバッドエンドはレオン様推しの間でも幻のエンドですもの」
幻エンド?嘘、なにそれ面白そう。ゲーマーだった血が騒ぐわ。
「バッドエンドの存在を知らないあなたにレオン様の恋人になる資格はないわ。大人しく引っ込んでいらっしゃい」
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