帰国を促された
「今日はわざわざお時間を頂きましてありがとうございました。そろそろ我々はイングラム侯爵が心配するといけませんので、帰らせて頂きます」
レオが完璧な笑顔で退席を申し出る。
皇太子殿下と特に聖女様は残念がっていたけれど、特に引き留められることもなく帰らせて貰えそうだった。
「また、是非こちらにおいでください。私はいつでもお待ちしておりますから」
聖女様が熱くレオに語りかける。
「ありがとうございます。機会があれば是非」
レオも麗しい微笑みで返す。
アーサーに背中を押されて退出する前に、そうだと思いついて振り返った。
「聖女様」
「はい?」
「聖女様はやはり結婚式は運命の恋人たちが虹の下で執り行うのが良いとお思いですか?」
名づけて『虹恋ゲームを知っているか?』作戦。
聖女様がもし転生者ならばこの意味が分かるはずだ。
さあ、聖女様はなんて答える?
「それは・・「ハッハッハ、それは少し気が早いぞ未来の妻よ」」
クリストフ殿下が割り込んできた。
おい!
「虹は天からのプレゼントのような物。結婚式に丁度良く出れば良いがそれは難しいと言えるだろう。ただ、クラウディア嬢がそれを望むというのであれば、余としても出来るだけ希望は叶えるつもりだが」
・・・そういう意味じゃないわよ。全く立ち直りの早い人ね。
「他に何か希望はあるか?ドレスのデザインやティアラの希望などあれば出来るだけ叶えてやろう」
「結構です。それでは我々はこれで」
レオに強引に背を押されドアから出て行く羽目になった。
あー、聖女様の答えまだ聞いていないのに。
もう、皆して邪魔しないで!
◆
帰りの馬車の中では皆無言だった。
私はもう少しで聖女様が転生者かどうか確認できたのにという気持ちで一杯だったし、レオは何やら難しい顔して黙り込んでいるし、アーサーは常に外を警戒していた。
イングラム侯爵家に着いた時、執事の方から手紙が届いていると言われ渡された。エストラル侯爵家からだった。
後でゆっくり読もうと思って取りあえず自分の部屋に行った。
マリーに着替えを手伝ってもらってお茶休憩をしていると、レオがやって来た。
「あら、どうしたの?」
先ほど別れたばかりなのに。
「ディア、明日の朝ここを発つよ。すぐに荷物をまとめて準備してくれ」
レオの発言にびっくりした。
「え、何で?」
「この国にこれ以上いるのは君が危険だ」
どーしてよ。
「君は先ほどの聖女の話を聞いて怪しいと思わなかったのかい?」
えっ、どの辺が?
「災厄の封印に君の力が必要だって所だよ」
ああ、そこね。
え、でもなんでそこが怪しいの?だって聖女様に神様からお告げがあったんでしょ?
言ってる意味がわかりませーんという顔丸出しでいたら、レオが私の隣に座って手を握って来た。
「いいかい、ディア。あの聖女は災厄を封じるのに清らかな少女の祈りが必要だと言っていたね」
言ってたわね。
「ディアが清らかな少女じゃないと言っているわけじゃないんだ。そこは誤解しないでくれ」
はぁ。
「ただ清らかな少女というものが精神的なものなのか身体的なものを指しているのかは分からない。でも精神的なものであれ身体的なものであれ、この広い帝国内でその条件を満たす少女は山のようにいるはずだ。それなのになぜわざわざ他国の令嬢であるディアを指名してきたのか」
それは、神様からの指名だからじゃないの?
「ディア、人を騙す時必要なのは何だと思う?9割の嘘に1割の真実があれば良いんだ」
「え、じゃああの聖女様の言ったことほとんど嘘だってこと?」
「今回に限っては逆だね。9割の真実に1割の嘘が混じっている。そしてその1割が致命傷だ」
どういう事??
「祈りによって聖女の力が増えるという事がそもそも嘘なのかもしれない。もしそれが本当だったとしても、ディアを指名している時点でディアがいなければ封印出来ない何か特別な理由が他にあるはずなんだ。だってそうだろう?ディアは聖女と違い特別な能力があるわけじゃない。そこら辺にいる普通の女の子と一緒だ。それなのにディアじゃなければいけないのだとしたら、ディアが持つ何かが封印に必要だという事だ。これは私の想像でしかないのだけれど、もしかしたらそれはディアの血なのかもしれない」
血?
「ディアにはインディア国の王家の血が入っているね」
まあ、お母様のお婆様が王家のお姫様だったから本当に少しだけね。
「インディア国の歴史の中で何世代か前の王がカーラ帝国の王女と和平の為政略結婚をしたんだ。だからディアにもわずかばかりカーラ帝国の血が入っているといえなくもない」
ええー、そんなのあっても本当にちょびっとでこじつけも良い所じゃない。
「うん、でもインディア国には王女がいない。そしてカーラ帝国にも第一王妃の産んだ2人の皇子と第二王妃が産んだ聖女ただ一人だけで、後他に皇女は存在しないんだ。災厄を再度封じ込めるとは言っていたけれど、同じ場所に再度封じ込めるとは限らない。むしろ今まで封じていた場所が耐え切れなくなったから新しい封印場所を作ると言った方が正しいんじゃないかと思う」
そうね、劣化した場所にもう一度封印してもまたすぐ出てきちゃうものね。
「そしてその災厄を封印する為には災厄を封じ込める為の器が必要なんだと思う。カーラ帝国に災厄が封印されていて災厄の封印が破られそうになると皇家に聖女が生まれるという関係性からしても、災厄と皇家には何か切っても切れない縁があるのだと思う。だからこそその器には皇家の血を引く女性の存在が必要になるんじゃないかと思うんだ」
「でも、こんな薄まってどこにあるか分からない私よりも、もっと他に濃い血の人がいるでしょうに」
「それが何の呪いか分からないんだけれど、皇家は代々男ばかりの家系で第二王妃が産んだ聖女は190年ぶりの皇女らしいよ」
190年。嘘でしょ。
「え、じゃあもしレオの予想が当たっていて私が災厄を閉じ込める為の器にならなきゃいけないとしたら、私はどうなっちゃうの?」
「君は間違いなく死ぬだろう」
はいぃぃぃぃぃぃぃい!?
嘘でしょ。
「待って、レオ。いくら何でもちょっと考え過ぎよ。だって私を皇太子殿下の婚約者にって言ってきたのよ。殺すのにわざわざ私を婚約者なんかにしないでしょ」
「それはインディア国と揉めない為だろうね。皇太子の婚約者にしてしまえば、国の為に聖女と共に災厄に立ち向かうのも当然だと思われるし、そこでもし死んだとしても嫁ぐ国の為に命を捧げ愛と平和をもたらした素晴らしい女性として美談になる。カーラ帝国内に聖女クラウディア像が建てられ民衆から女神として崇められるだろう。そこまでやられるとインディア国としても文句が言えなくなる」
うそーん。
じゃああの皇太子もグルなの?私を殺すためにあんなに熱く口説いてきたの?
やだ、もしそうなら気持ち悪い。どうしよう。
「もちろんこれは私の勝手な予想だから、真実は全く違うかもしれない。ただ、私が少女二人で災厄に立ち向かうのかと質問した時の聖女の答えを覚えているかい?」
え?いいえ。
「聖女はこう答えたんだよ。私は必ず災厄に打ち勝ちます!とね。私の質問が複数形なのに、聖女は単数形で答えたんだ。聖女は元々自分一人しか助からないことを知っている。ディアも助かるのならそこは私達はと答えるはずだから」
や、それは単に言葉のあやとかじゃないの?
一目ぼれしたレオの前でちょっと格好つけちゃったとかそんな感じの。
「ディア、君がお人よしなのもおせっかい焼きなのも君の美点で私は大好きだよ。でも、時と場合がある。カーラ帝国内では私も思うように動けない。杞憂で終わるなら良い。でも万が一向こうがそのつもりだった場合、このまま呑気にこの国に滞在していたら、気づいた時には君は土の中にいるだろう。私は君を守りたいんだディア」
レオ・・・。
「もしカーラ帝国が国の平和の為に君を利用して殺すのであれば、私は何のためらいもなくこの国を滅ぼすよ。それこそ赤子1人草一本に至るまでここに存在することを許さないだろう」
レオのいきなりの本音にぞくっとした。
でも、レオなら間違いなくやるだろう。
私がもしこの国で殺されたなら、報復としてこの大帝国でさえやすやすと滅ぼしてみせるだろう。
謝っても白旗上げても許さずに本当に1人も生かすことなく殲滅するだろう。
想像してブルリと体が震えた。
ダメダメダメ!そんなことレオにさせられない。
「勝手に想像で私を殺さないで。分かったわ、そんなに言うなら明日の朝1番で帰国するわよ。それで良いんでしょ。お願いだからあんまり物騒な事言わないで頂戴」
マリーに荷物の片づけをお願いしようと思っていたら、とっくに荷造りを始めていた。
多分話を聞いた時点で私が折れると分かっていたのだろう。
やれやれ。まだこちらに来たばかりだというのに、もう帰国しないといけないなんて。お土産も買えてないし肝心のお母様命令のお見合いも出来てないし。怒られるの確実じゃない。
なんて言い訳したら良いのよ。
「そうよ、それにイングラム侯爵にはなんて説明すればいいの?」
まさか命が狙われてそうなので帰国しますなんて言えないわよ。
「その辺は大丈夫。ディア、先ほどエストラル侯爵家から手紙が来ただろう?その手紙にエストラル侯爵夫人が病で倒れてディアに会いたがっているという内容が書かれていたとイングラム侯爵には説明するから。それなら急な帰国でも怪しくないからね」
確かに家から手紙が来ていた。内容は、お父様から身体に気を付けるようにと。お母様からは良い殿方ゲットしてくるのよ!という激励だったのだけれども。
「分かったわ、その辺のことも合せて全部レオに任せるわ」
聖女様がお仲間なのか知りたかったけれど、仕方がないわね。一旦国に帰りましょ。
話が纏まった所で、イングラム侯爵家の侍女さんから私にお客がみえていると伝えてきた。
もうすぐお夕食になるこんな時間に一体誰が?と思いながら応接間に向かうと、そこには聖女様がいた。
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