支度が大変です
アーサーと二人で街に出かけたおかげで帰るまでに買っておきたい物リストがある程度決まった。
後は似たようなお店を何軒か回っても良いし、こちらで近い年齢の女性と仲良くなれればそちらの情報を当てにしても良いなと思った。
皆に買って行くお土産の目途も付いたことだし、後は当初の予定通りカーラ帝国での夜会を成功させなくては!
イングラム侯爵の伝手のおかげで最初の夜会は3日後になった。
なんと開催地はグスタフの家だった。
侯爵は本当は自分の家で夜会を催したかったらしいのだけれども、なにせ奥方様がお亡くなりになられているので現在の流行も分からない上、当日の夜会を仕切れる者がいないということで、娘のガブリエーレ様に頼んでくれていた。
本当に面倒見の良い御仁だ。
お礼を伝えると、なに、ウィルフレッドによろしく言っておいてくれれば良いと言われた。
お爺様と昔何があったのか聞きたいような、すごくくだらない気がして聞きたくないような。
多分お二人から話を聞いても真逆な答えが返ってきそうなので、聞かないでおくことにした。
シャンパン10杯早飲み競争とか、肉巻10本早食い競争とか聞いても聞かなくてもどっちでも良いような話を延々聞く羽目になりそうだもの。
知らない方が幸せって言葉があるものね。お爺様方への尊敬の念が薄れそうな予感がするから聞くのは止めておきましょ。
◆
夜会当日の昼間。相変わらずレオはイングラム侯爵やグスタフと談笑を楽しみ、アーサーは一人庭で剣を振っていた。
私はと言うと、マリーに壁際まで追い詰められていた。
「あの、マリーまだ時間もあるし、ちょっと落ち着きましょ」
ねっ、とマリーの興奮した意識を少しでも冷まさせようと頑張ってみたが、あっさり却下された。
「随分可愛らしいことを仰いますね、お嬢様。ええ、構いませんわ抵抗なさっても。ただそれが効くかどうかは別の話になりますけど」
ふふふとマリーが妖しく笑う。
あなた誰ー!
「さあ、昼間だろうが夜だろうが恥ずかしがらずにお召し物をスポーンと脱いで下さい!まずは風呂で身体の隅々までピカピカになるまで洗い上げます。その次は奥様から預かった香油を塗りこんで行きますよ。髪もこれ以上ないくらいに梳かしあげますし、私の持てる技術全てを注いで複雑且つ上品且つ華やかに仕上げてみせます!」
眼が怖いわよ、マリー!
「さあ、まだ昼間ではありません。もう昼間です!時間がありません、皆さんよろしくお願いしますね!」
いつの間にやらマリーはイングラム侯爵のところのメイドさん達と仲良くなっていて、テキパキと指示していく。
マリーあなた帝国語なんて話せないはずなのに、なんで皆に指示が出来るのよー!
あ~れ~。
マリーに命令されたメイドさん達によって本当に頭の先から爪の先までピカピカに磨かれて、マリーの前に出される。
つ、疲れた。
お風呂に入っただけなのに、あちこち磨かれて恥ずかしいやらくすぐったいやら。
お風呂から上がるとソファーに寝っころがるよう指示され、身体のあちこちに香油を塗りこめられて
いく。
香油が私の体温に温められて香りが漂ってくる。
ふんわりと優しい花の香りだ。
・・・この香油絶対高いわ。お母様120%本気ね。
指の爪の手入れから足の指の手入れまで。髪を梳かされ化粧下地を施される。
ただ私は座っているだけで総勢6名のメイドさんが着々と私を磨き上げていく。
ひーん、私は座っているだけだけど皆の熱気が熱いよう。
「良い仕上がりですわ、お嬢様。本日はカーラ帝国での初めての夜会です。カーラ帝国の貴族の皆様にクラウディア様の存在を焼き付けてあげましょう!そうですね、初日ですからまずはミステリアスな感じで行きましょうか。だとしたら黒銀のドレスが良いですわね。お化粧もそれに合わせて銀のシャドーを目じりに乗せて。いえ、ここはあえてアイライナーを濃いめにして焦げ茶と銀のシャドーが良いわね。チークはこちらの暗い方のオレンジを薄めに目元に向かって斜めに乗せて口紅は・・・」
うん、任せた。
聞いてるだけで疲れそうだもの。
昔マリーの手を煩わすのもなんだしと思って、自分で化粧をしてみたら見事におてもやんになってしまい、それを見たマリーに悲鳴を上げられて、化粧道具一式を取り上げられてしまった。それ以来自分で化粧はしていない。
おかしいなぁ、前世ではちゃんと自分で化粧して会社に行っていたのに。
そりゃたまーにチーク濃いわよって先輩に言われたりもしたけど、悲鳴を上げられるほどじゃなかったのに。
期待値の違いかしら。平凡顔がおてもやんになっても、もとからそんな顔よねで許されるけど、美少女がおてもやんになってしまっては相手の受ける衝撃が半端ないってことなのかしら。
中身は両方とも一緒なのにねぇ。
マリーとメイドさんの努力の結果、見事にミステリアスな異国の美少女に変身した。
皆やり切った!という目で私を見ている。
「お嬢様、アクセサリーですがどちらになさいますか?」
持ってこられたアクセサリーボックスから私は一つ選んで付けた。
部屋を出ると、既に支度の終わっているレオとアーサーがいた。
レオは白銀、アーサーは青銀の衣装だった。
うわぁ、素敵。
そのまんま王子様と騎士だわ。
私が近づくと二人は目を見開いた。
「とても綺麗だよ、ディア。息が止まりそうな程だ。こんなに美しい君をエスコート出来るなんて、私は幸せ者だよ」
手を取られて口づけされる。
褒めてくれてありがとうレオ。これも皆メイドさん達のおかげよ。
アーサーは褒めてくれないの?と視線を向けると、アーサーはまだ目を見開いたまま固まっていた。
「アーサー?」
私が呼びかけると、ようやくアーサーが我に返った。
「あ、いや。すまん。そうだったな、お前美少女だったんだ。中身の方がインパクトでかいからつい忘れちまうんだよな」
・・・喧嘩を売ってるのかしら?アーサー。
「すごく綺麗だ。クラウディア」
殴るつもりで握った拳が、アーサーの微笑み付きの褒め言葉により力が抜けていく。
「あり、ありがとう」
ただストレートに褒められるより心に来る。
そうか、これが一旦落としてからの上げって奴なのね。これを前世の雑誌の『女にモテるコツ』コーナーで初めて読んだ時、そんなまどろっこしい技女性に効くわけないじゃないって思ったもんだけど、そうかそのテクニックはこうやって使うのか。
でもこれは天然にしか使えない技ね。これを計算でやったらただの嫌な奴だもの。
まず人柄ありきなんだわ。あの雑誌も中途半端なこと書いてないでその辺を書いてあげないと、勘違いした男性が実践して女性から嫌われちゃうのに。
『天然イケメンに限り可能な恋愛テクニック!』って。
・・・ダメか、そんなこと書いて買う読者なんかいないわよね。
「ディア、今日は私のプレゼントしたアクセサリーを付けてくれているんだね」
レオが嬉しそうに言ってくる。
「ええ、今回が初めてよ」
「嬉しいよ、カーラ帝国の夜会の初めてが私の贈ったアクセサリーだなんて」
レオがエスコートに差し出してきた腕に右手を絡める。
アーサーも私に腕を出してきたので、左手を絡める。
三人で馬車まで歩いていると、
「今度俺も贈る」
とアーサーがボソッと呟いた。
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