お友達から
私の部屋へ案内した後マリーがお茶の用意をしようとしていたのをレオン王子が止めた。
「お茶の支度は結構ですよ、先ほど頂きましたから。ただ本棚を見せて頂くだけなのでどうぞ貴女は他の仕事へいかれてください」
でも、とチラリとマリーが私を見る。
今こそ主従関係の厚さを見せるときよね!
「ええ、ここは大丈夫よ。マリー」
そう言いながら私は懸命にマリーに合図を送った。
行かないで、お願い傍にいて。
しかし願いもむなしくマリーはかしこまりましたと言って部屋から出て行ってしまった。
あぁマリーーーー私たちの絆ってそんなもんだったのぉ。
「おや、どうしましたクラウディア嬢。先ほどから片目をパチパチさせていますが、目にゴミでも入られましたか?」
バレてる~~~~!!!
「ええ、ちょっと目にゴミが。いえ!取れましたわ。大丈夫です。おほほ」
どれどれとレオン王子が私の目を覗き込もうとしたので、急いで距離を取った。
「そうですか、それは良かった。それにしてもこれは予想外でしたね」
ひぃぃ、さっそく嫌味キタァ。
「すみませんでした!いやあの昼まで寝るつもりじゃなかったんです。ちゃんと朝早く起きて修道院へ行こうと思っていたのに、昨夜寝るのが遅かったものですから。決して私の神経が図太いとか反省してないとかそんなんじゃないんです」
「はい?今日は修道院へ行く予定があったのですか?」
「はい?」
ん?
何か話がかみ合わない。
「えーっと何が予想外だったのでしょうか?」
一応確認。
「もちろんこの本棚の中身ですよ。我が国の歴史書やら法律書などがこんなに一杯。こちらには貴族年鑑も。エストラル侯爵夫人からクラウディア嬢は勉強が好きだと伺っておりましたが、まさかこんなにあるとは思いませんでした。世間にあまり出回っていないマイナーな本もありますね」
あ、そっち。なんだ、てっきり私は王子を殴っておいてぐーすか昼まで寝るなんてどんな神経してやがるんだっていう意味かと思ってました。自分でもちょっとどうかと思うし。
「なぜあなたはこんなに本を集めているのですか?ただの勉強だったら有名どころを1.2冊読めば事足りるでしょうに」
あーそれはただのゲームファンの心理です。
ここが虹恋の世界だと気づいた後、私は家の書庫にある歴史書全部を読み漁り、それでも物足りなくてお父様にお願いして国のあちこちから集めてもらった。中にはこの国の神話などもある。
なんだかゲームの裏資料集を読んでいるようでとても楽しかった。
向こうの世界の人は誰も知らない細かいこの世界の設定。私だけが知っているという優越感。
あーゲーム仲間のあかりちゃんに教えてあげたい。インディア国のなりたちとかさ。
「勉強と思って読んでおりませんから。ただ知るのが楽しいのです」
「知るのが楽しい・・・そうですか。では外国語の勉強を頑張っておられると聞きましたが、それも同じ理由ですか?」
「・・・そうですね、知っていた方が便利なこともあるでしょうから」
自分が留学したときとかね!
実は虹恋には新キャラが出る予定だったのだ。それが隣国の王子様。
交換留学でこの国に来てヒロインちゃんと恋に落ちる設定だった。
新キャラ出る前に私は死んじゃったみたいでやってないから隣国の王子様がどんな性格なのか知らないのだけれど、交換留学ということは私も隣国へ行けるチャンスがあるんじゃないかと思ったのだ。
無事高等部入学まで王子の婚約者から逃れられたら、交換留学生に立候補して卒業まで隣国にいようと思っていた。修道院行きを免れる可能性を少しでも上げるように。
向こうで婚約者でも見つけられれば尚ラッキーみたいな。
「そうですか、立派な心がけですね。ん?それは何ですか?」
隣に置いてある机の上に置かれた2通の手紙。
昨夜書き上げた両親へとレオン王子への手紙だ。
わ、忘れてたぁ!
「んな、なんでもないんですぅ」
慌てて隠そうとするが、
「私宛てですか」
ひょいっとレオン王子が取り上げて中身を開いてしまう。
くぅ、リーチの差が悔しい。
最初はニコニコしながら読んでいたのが、読み進めるにつれてどんどん険しい顔になっていく。
いたたまれない。
「クラウディア嬢」
「はいっ!!すみませんでした!!」
条件反射で謝ってしまう。
「あなたは出家するつもりなんですか?」
「え?はい。昨日王太子殿下に大変失礼なことをしましたので、責任を取ろうかと」
いつもニコニコしている人が睨むと怖すぎます。
「そんなのは赦しません」
ああ、やっぱり出家ごときじゃ許されないか。打ち首獄門縛り首だよね。
がっくりとうなだれて両手を突きだす。
「私はどうなっても自業自得ですが、両親は悪くありませんのでお許しください」
8歳で罪人となってしまう私をお許しください。お父様お母様。
「何を言っているんですかあなたは。まぁいいです。私もあなたに聞きたいことがあってやってきたんです」
「なんでしょう」
どんな死に方が良いかですか?できれば痛くない方法でお願い致します。
「ですからあなたはさっきから一体何を。ってこれでは先ほどと同じですね。立ち話もなんですから座りましょう」
部屋に置いてある小さな椅子とテーブルに並んで座る。
「昨日あなたがおっしゃったことで何点か理解できないことがありまして。その意味を知りたいと思ったんです」
そっと包み込むように手を握られる。
優しく握られているのに、鉄の手錠でもかけられているかのように感じる。
「ナンデショウ」
何言ったか全然覚えてないよー。
「スーパーでサンマが1匹100円で安いから今日の夕飯はサンマ焼き位の軽い気持ちで婚約者を決めるなという言葉なんですが、どんなに考えてもスーパーとサンマと100円というのが分からなくて。どういう意味でしょう?」
え?わたくしそんなこといってたんですか?
「あ、あと私は味のなくなったガムじゃないのよ、新製品が出たからって道端にポイ捨てされて踏みにじられる気持ちがあなたに分かる?という言葉なんですが、ガムってなんですか?」
こっちの世界に来る前に流行っていた芸人のネタかな。
それにしてもこの王子様やたら記憶力がよろしくていらっしゃる。一語一句私が言ったセリフどおりに覚えているらしい。言った本人が忘れているのに。
私が言葉の説明をすると、王子様は食いついて聞いていた。
「そうですか、スーパーというのは市場が大きくなったものでサンマは庶民が食べる焼いた青魚。100円は外国の通貨で子供がお駄賃で貰う程度の価値でガムは伸びる飴みたいなものですか。はぁ色々私の知らない世界があるんですね」
嬉しそうに笑った王子様は年相応に見えた。
その美少年っぷりに思わずじーっと見てしまうと、私の視線に気づいた王子様がなんですか?と尋ねてきた。
「あ、いえ。いつも慈愛に満ちた微笑みばかり見ていたので、そうやって笑ってるのが新鮮だなぁと思って」
ああ、と王子は納得した。
「あなたは私のあの笑顔嫌いですものね」
「ええ!!私そんなこと言いましたか!?」
「ええ、昨日怒っている最中に。嘘くさい笑顔浮かべてるんじゃないわよ、子供なんだからもっと感情のままにふるまいなさい、あなたは王家の人形じゃないのよ!って」
・・・ソンナシツレイナコトヲワタクシイッテオリマシタカ。ハハハ。
だめだこりゃ。
テーブルに突っ伏してしまう。ああ、昨日の私を殴りたい。
「だから私はあなたと二人きりの時はあの笑顔は止めようと思います」
へ?
「あなたの前でだけは怒りたいときに怒り笑いたいときに笑うことにします。良いですか?」
「はぁ、まあ。笑いたくないときは笑わなくて良いと思いますよ。疲れちゃうし」
私がそう答えると本当に心から嬉しそうに王子は笑った。
なんだ、こんな笑顔も出来るんじゃない。大人びた微笑みより年相応で可愛いなと思った。
私もつられてニコニコ笑っていると、レオン王子が爆弾を落としてきた。
「じゃあ、クラウディア嬢は私と婚約してくれますね!」
「ええ、え?・・・・・ええええええええええええええええええ!?」
一体何が何してどうなって私が婚約者になることになってるの?
なりませんよ、嫌ですよ。お断りですよ。
「どうしてですか?昨日あなたは自分のことを何も知らないのに婚約者に選ぶなと怒っていらした。だから私はあなたを知りたいと思った。そして知れば知るほどあなたほど私の婚約者にふさわしい人はいないと確信しました。だから再度申し込んでいます。今度は軽い気持ちではありません。私と結婚してください」
「イヤです!!!」
「どうしてですか!?」
「殿下はたった半日で私の何を知ったと言うのですか?知れたとしても私のほんの一部でしょう?私の性格は?好きな食べ物は?好きな色は?ほら、何も知らないでしょう。私だって王太子殿下の好みなど何も知りません(本当はゲームで知っているけど)そんなの知った内には入りません!」
「では、お友達からで良いのでお願いします」
しぶといな、この王子様。
「絶対嫌です!!」
「なぜですか!?」
なぜ?それはお友達からという言葉に意味があるからです。
その昔私は友達に頼まれて合コンに参加した。そこで一人の男性に口説かれた。
全く好みじゃなかったけれど、きっぱり断って場の空気を壊してしまうのもなんだと思って曖昧な態度でいたら、「じゃあお友達からお願いします!」と言われ、まぁ付き合えないけどお友達ならとOKしたのが間違いだった。トイレでモテ女のあきちゃんにあの人と付き合うの?と聞かれ、お友達ならって言っただけだよと説明したところため息をつかれた。
曰く、男性のお友達からと女性のお友達からは意味が違うと。
女性は彼氏に出来ないけどお友達ならという意味で使うけど、ああいうガツガツ系男はお友達から=いずれは彼氏=彼氏OKの意味に捉えていると。
私はそれを聞いた時まっさかーと笑って過ごしたが、本当だった。トイレから戻った私を見たその男性は「こっちだよ、ゆみ」となれなれしく下の名前で私を呼び、さぁ飲みなよと私の肩を抱いてきた。
いきなりベタベタされて戸惑った私が嫌がると、周りが嫌がられてんじゃんとはやし立てた。
すると男性は「ばーか、これは嫌がってるんじゃなくて恥ずかしがってるんだよ。なぁ」と顔を近づけてきた。そして小声で「この後二人でふけようぜ」と耳元で囁いてきた。
半泣きになった私を見たあきちゃんが機転を利かせてくれて、私からその男を引きはがしてくれた。そして男がトイレに立った隙に、私はバッグと上着を掴んで逃げ出した。
会費は後日謝罪と共にあきちゃんに返した。あの後あの男性はなんだよ期待させやがってと怒っていたそうだ。どうやらホテルに連れ込むつもりだったらしい。危なかった。
あきちゃんからはゆみは抜けてる所が多々あるから気を付けなさいと注意を受けた。ごめんなさい。
だから私はもう間違えません。
ブックマークしてくださっている皆様ありがとうございます。
とても嬉しいです。(*^_^*)
基本平日のみ投稿なので土日祝日はお休みです。なので本日夜10時にまた次話投稿致します。
風邪をひいてしまいました。皆さまもお体をご自愛ください。