番外編「ファーストキスは誰のもの」
学園のランチが終わった後友人達と食後のお茶をしていた。
今日はゆっくりする生徒が余りいなかった為、私達の周囲には人がいなくなってしまい食堂は閑散としていた。
皆それぞれ思い思いに会話を楽しんでいたが、キャシーとベラが何やら二人でコソコソと小声で話していたかと思うと、いきなり「キャア!」とキャシーが歓喜の声を上げた。
皆何事かと二人に注目すると、ベラが真っ赤になって手を横に振った。
「ごめんなさい、なんでもないんですの。皆様お気になさらないで」
「あら、なんでもない声ではなかったでしょう?何か良いことでもおありになったんじゃなくて?内緒だなんて水臭くてよ」
レティが二人を問い詰める。
二人は顔を見合わせてしばらく無言の後キャシーがにこっと笑って私達に振り向いた。
「そうね、別に悪いお話じゃないもの。大丈夫よベラ」
「え、でも恥ずかしいわ」
いつもお姉さんぶって凛としているベラが珍しくもじもじとしている。
「んふふ。あのね、ベラがこの間初めて婚約者の方とキスしたんですって」
「やだ、キャシーそんな大きな声で言わないで!」
ベラが真っ赤になって顔を手で隠してしまう。
「まあ、やっとなの?もう婚約してから7年は経っているわよね」
レティが呆れたように言う。
「仕方ないわよ、アシュトンは奥手ですもの」
キャシーがフォローするが、ベラが訂正する。
「純粋と言って頂戴。でも、これでやっと私もファーストキスを体験出来たわ。15歳にもなってキスもまだだなんてちょっと恥ずかしかったもの」
え、15歳でファーストキスがまだって遅いの?
「そうねぇ、私は8歳の時に彼と済ませちゃったわね」
レティが言うと、キャシーも暴露する。
「私は5歳の時だったわ。相手は婚約者のネイトじゃないけどね。うふっ」
え、本当に!?
はっ、もしかしてリリももう経験済みなのかしら?
私と目が合うと、リリは「ん?」と小首を傾げた。
この落ち着き様は・・・経験済みだわね。
そうよね、婚約者がいるものね。
じゃあ、婚約者のいないアナベルなら私と一緒でまだなんじゃない!?
期待を込めてアナベルを見ると、私ですか?と言うようにアナベルは人差し指で自分の鼻先を指した。
私が無言で頷くと、
「11歳の時でしたかねぇ。近所の幼馴染と」
という返事が返って来た。
ガクゥゥ。
なんてことなの。のほほんと異世界生活を満喫していたら実は周りではこんなスピーディに物事が動いていただなんて。
不覚!
私なんて実は精神年齢+24歳なのに。この中で一番未経験だなんて。シクシク。
落ち込んでいると上から優雅な声が降ってきた。
「皆さん、食後のティータイムですか」
レオだ。
後ろにはアーサーもいる。
突然の二人の登場に皆が歓声を上げる。
レオはそんな皆に笑顔で応対していたが、アーサーはテーブルにめり込んでいる私を見かけるとヒョコッとレオの後ろから出て来て私の頭をつついた。
「おい、どうした?食い過ぎたのか?」
誰が食い過ぎよ!淑女に向かって失礼よアーサー!
「ディア、具合が悪いのなら送るよ」
レオが心配そうに覗き込んでくる。
「ああ、違います。ちょっと皆でお話合いしていたらクラウディア様が落ち込んでしまっただけです」
ギクッ。
止めてね、アナベル。それ以上言っちゃダメよ。
「ディアが落ち込むような話とは?」
レオも突っ込んでこないで!
「皆のファーストキスの時期について話していたんです」
あああああ、言うと思ったけどやっぱり言っちゃったぁ。
口をふさぎたかったけれどもアナベルはテーブルの向こう側にいて手が届かない。
他のご令嬢方も真っ赤になって俯いてしまっている。
アナベル、私あなたの飾らない性格はとても好ましいと思っているけれど、お願いだからもうちょっと言って良い事とダメな事を分かって頂戴。
チラリとレオとアーサーを見上げると、二人とも微妙に顔が赤くなっている。
そうよね、妙齢の女性からファーストキスなんて言葉が出たらそういう反応になるわよね。
しかも私が落ち込んでるってことは、私がまだだって証明しているようなものじゃない。
恥ずかしいっ!
私は再び視線をテーブルに戻した。
◆~レオ回想録~
レオは俯いているディアの後頭部を見つめて昔を思い出していた。
あれはディアが10歳位の時だった。
午前中はアーサーと剣術の練習。午後はマクスウェル先生の座学と予定が詰まっていたある日、ディアは午前中の疲れが出たのか授業の途中から半目になり、意地で最後までギリギリ起きてはいたものの先生が部屋から出て行った途端に机に突っ伏して寝てしまった。
私は風邪をひかないようにディアの肩にショールを掛けに行った。
すやすやと気持ちよさそうに寝ているディアの顔を覗けば鼻先まであと数センチだった。
あと一歩踏み出せばディアに口づけ出来る。
起こさないようにそっと近づいてお互いの息が感じられる距離になった時、突然ディアが叫びながらガバッと起きた。
「隙有り一本!」
「!!!」
「勝ったわよ、アーサー!ってあれ?いない」
ディアはキョロキョロと辺りを見回してまたパタリと机に倒れた。
・・・ディア。寝ぼけるならあと1秒遅ければ良かったのに。
ハァとため息をつき床に落ちたショールを拾い上げ、再び夢の国に入っていったディアの肩に掛けた。
◆ ~アーサー回顧録~
アーサーはクラウディアのつむじを見ながら思い出していた。
あれは10歳位の時だった。クラウディアと一緒に剣の稽古をしていたら、突然クラウディアが1本勝負を申し込んできた。
まだお前の腕ではお話にならないからと断ったのにその日はやけにしぶとくて、仕方がないから1回だけ付き合うことにした。
クラウディアに好きなように打たせていたら、フェイントをつけて打ち込んで来た。
なるほど、これを試したくて俺に勝負を持ち掛けて来たのか。
クラウディアは右上段に打ち込むと見せかけて剣の裏刃で左上段に打ち込んで来た。
俺はそれを冷静に見極め、難なく受け止めて刃で流した。
しかし体幹がまだしっかりしていない状態でフェイントを仕掛け更に受け流されたクラウディアは、バランスを崩して地面に倒れそうになった。
「きゃあ」
俺は剣を放り投げて急いでクラウディアを受け止めた。が、急だった為俺もバランスが上手く取れず一緒になって地面に倒れ込んだ。
土ぼこりが舞い上がり、目を開けるとクラウディアの銀髪が俺の右目に掛かっていた。
と同時に俺の唇にふにっと柔らかな感触がした。
確認するとクラウディアの唇まであと数ミリのところに俺の唇が当たっていた。
クラウディアに気づかれる前に俺は急いでクラウディアを起き上がらせて、怪我の有無を確認した。
幸いクラウディアはどこも怪我をしていなかった。
俺はホッと胸をなでおろしついでに叱った。
「まず基本をしっかり身に着けてから技を覚えろ!」
俺の説教にクラウディアは小さくなりながら聞いていた。
俺は説教をしながら何やら背中の辺りがムズムズするような感覚を覚えていた。
◆~ディア回想録~
そういえばあれは何歳の時だったかしら?
アーサーと剣の練習をしていたらレオも一緒に混ざってきたことがあった。
アーサーは剣に関して天賦の才があったけれども、それと互角の勝負をするレオは計算に基づいて繰り出されている剣だった。
お互いとても強いのに、アーサーの剣術を火とするならばレオの剣術は水のようだった。
相反する二人の剣技は見ていてとても美しかった。
その日も私は隅で二人の勝負を見学していたら、私の足元にピョンと緑色の物体が飛んできた。
ん?と視線を向けて私は固まり、次の瞬間悲鳴を上げて駆け出した。
「んきゃああああああああああ!」
突然の私の悲鳴に鍔迫り合いをしていた二人は驚いて固まった。
そこへ私がレオの背中にぶつかった。
「え、うわっ!」
レオは私に押されて更に前方にいるアーサーにぶつかった。
ぶちゅ。
「いなご、いなご。いやぁ、無理無理無理~」
私はレオを押したことなど気づくことなく半べそになりながらその場から逃げ出した。
私が走り去った後に鼻と唇を押さえて蹲る二人の姿があったことなど知る由もなかった。
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そろそろ2部をと思ったのですが、その前にこの番外編を入れたくなったのでこちらを先にさせていただきました。
暑い日が続きますが、皆様体調にお気を付けください。私はまんまと体調を崩して寝込んでおりました。笑