理由
ルーカスは場違いなほど穏やかにそこに座っていた。
「ルーカス様がどうしてここに?あ、もしかして助けに来てくれたんですか?ありがとうございます。でもここに連れて来られたのは私だけじゃないんです。どこかにアナベルさんもいるはずなんです。助けてあげないと。すみませんが後ろの手の紐も解いていただけますか?」
身体をずらして手に縛られている紐を見せるが、ルーカスは優しく微笑むだけで動かない。
「あの、ルーカス様?」
私が首を傾げていると、ドカドカドカっと足元荒くボスが入ってきた。その後ろにはなんだか冴えない中年男が付いてきている。
「!」
やばい、ルーカスまで捕まってしまう。
逃げて!と言おうとしたら、ボスはルーカスに話しかけた。
「そんで、この女で間違いはないのか?」
ボスが顎で私をしゃくる。
「ああ、大当たりだよ。まさか君たちが彼女まで連れてきてくれるとは思わなかった。良くやってくれた。これは褒美だ」
ルーカスは立ち上がり、懐からお金の入った袋を取り出してボスに投げ渡した。
「へへっ毎度」
ボスは紐を緩めて中を確認してから自分の懐に入れた。
「訳が分からないって顔をしているね」
ルーカスが私を見て笑う。
「・・・あなたがこの誘拐の犯人なの?」
ルーカスは軽く肩をすくめてボスに部屋から出ていくよう指示した。
部屋の中には私とルーカスと謎の中年男が残った。
「答えて!」
立ち上がってルーカスに詰め寄ると、中年男が私を突き飛ばした。
「ルーカス殿下に無礼だぞ、貴様。殿下はこの国の王となられるお方だ。さっさとその頭を下げろ」
中年男が無理やり私の頭を掴んで下げさせる。
「お止め下さいロージー卿。彼女はいずれ私の妃となる女性です。私が王位に就いた暁には彼女を王妃に据えます。大貴族のエストラル侯爵家がこちらに付いたとなれば他の貴族もおのずと従うでしょう」
「はっ、申し訳ありません。失礼いたしました」
男は私から手を離してルーカスに頭を下げた。
「大丈夫かい、ディア」
ルーカスが優しく私の乱れた髪を手で直してくれる。
笑顔は以前のままなのに。優しい声も前と一緒なのに。
「どうしてこんなことを・・・」
ルーカスは困った顔をして何も言わない。
代わりにロージー卿と呼ばれた男が唾を飛ばして説明しだした。
「どうしてだと、これだから歴史を何も知らない今の若者はダメなんだ。本来ならルーカス殿下のお父上が王位に。ルーカス殿下は王太子として王宮にお住まいになっておられるはずだったのだ。愚かな貴族たちが崇高なる意思も知らずワシの父達の邪魔をしなければ、あの時クーデターが成功していたはずなのに。我が家だって今頃大貴族として優雅な暮らしをしていたはずなのに。我らは今の偽りの王から正当なる王へと道を正しているに過ぎない!」
「先代の時代と今では情勢が明らかに違うわ。クーデターなんかしても成功するはずない。目を覚ましてルーカス。あなたは王位なんて本当は望んでいないでしょう?」
ルーカスは置いてあったベッドに座り指を組んで私を見上げた。
「ディアは私の暮らしがどんなものか知っているかい?」
「え、いいえ」
「酷いもんだよ。公爵とは名ばかりで生きていくのが精いっぱいの生活。たった1つの小さなパンを家族皆で分けあって、小さくなった靴を血が出ても我慢して履いていた。父上が外で働くことは許されていなかったから、母上が刺繍等をして暮らしを支えてくれていた。私も成人したら働いて家計を助けるつもりだったのに、父上も母上も私に学ぶ機会をとエリクセル学園に通わせてくれたんだ」
知らなかった。ゲームにはそんなこと書いてなかったから。
「学園では身分を隠していたから友達も出来てとても楽しかった。でも同じ学年にレオン王太子殿下もいた。信じられるかい?元は同じルーツなのに向こうは王宮でぬくぬくと何一つ不自由ない生活をしていて、僕は明日の食べ物を心配する生活だ。この差はなんだい?祖父が犯罪者だった?そんなもの父や僕に何の関係がある。僕たちが一体何をした!?」
血を吐くようなルーカスの訴えに私は何も言えなくなる。
私はこの世界でたまたま大貴族の娘として転生してそういう苦労は何一つしてこなかったから。
「ルーカス殿下の不憫な生活を知った我々が、あの我儘三昧のバカ王子に天の代わりに裁きをくれてやろうと立ち上がったのだ!」
我々?じゃあまだ仲間がいるのね。
私は少し考えて口を開いた。
「随分穴だらけな計画ね。アナベルを誘拐したところで王子が一人でノコノコここまで来ると思ってるの?兵士を山ほど連れて来るに決まっているじゃない。何人仲間がいるのかは知らないけど、バカな事してないでさっさと私達を解放することね」
ロージー卿はフンと鼻を鳴らした。
「そんなこと我々が考えないとでも思ったか。あの女に秘密の話があるのでここで待ってます。一人で来てくださいという手紙を書かせて王子を呼び寄せたわ。あの聡明だった王子が随分とあの女にイカれて骨抜きになったようだからな、バカ面下げてホイホイ来るだろうよ。二人は身分の差を理由に国王夫妻から婚約を認められていないそうだからな、最後はそれを苦にして自殺というシナリオよ」
ロージー卿は得意げに暴露する。
聞いてみると実にチンケな手だが、今のレオなら本気でかかりそうで怖い。
まずいわね。もっとこいつらの計画を知りたいわ。
「王太子を排除した所で弟のハインツ王子だっているじゃない」
「ああ、あのまだ成人してない子供な。構わない。我々だとて急いで計画を進めている訳じゃない。まだ王も健在だ。まずはあの目障りな王太子を殺し、その次に王を殺す。ハインツ王子が我々のいう事をきくならしばらく生かしてやっても良いが、そうじゃないなら殺すまでだ。我々には正当なる王位継承者であるルーカス殿下がついておられるからな!」
そう訴えるロージー卿の目がイッてしまっている。
もはや半分狂人なのだろう。
現実のみじめな自分とあそこでクーデターが成功していたら今頃はという夢と。
長年繰り返し交互に思考していたせいできっとおかしくなってしまったのだ。
少し冷静になって考えればそんなにうまく行くわけがないと分かるはずなのに、もはや彼は現実と妄想のはざまで生きているのだろう。
ルーカスもそうなんだろうか。
貧乏生活だった自分と贅沢な暮らしをしていたレオを比べて心が壊れてしまったのだろうか。
出会ったときそんな風には決して見えなかったのに。
「さて、ここまで話したんだから、当然お前は今日から我々の仲間だ。分かっているだろうな」
誰が分かるか!と言い返したいけれど、半分狂人だと分かった今逆らうのは得策ではない。
「ええ、良くわかったわ。実に素晴らしい計画ね」
白々しく褒めてやるとロージー卿は満足そうにうなずいた。
「さすがルーカス殿下が選んだ女なだけある。実に頭が良い。そうだ、正義は我々にあるのだ!」
ロージー卿はそう叫んだあとカクンと首を落としブツブツと何かを呟いていた。
まともじゃない。
王位簒奪を望んだとしても、ルーカスはなぜこんな狂人と手を組んだのかしら。
こんな計画どこかで失敗するに決まっているのに。
途中で失敗しても良いから、それでもレオに復讐したかったってことなのかしら。
それほどまでにレオを恨んでいた?
ルーカスを見ても何を考えているのかさっぱり分からない。
だから私は頭脳専門じゃないんだってば。いざというと頭より体が先に出ちゃうんだから。
「ロージー卿、王太子が来るまでもうすぐです。皆でレオン王子を迎えてやろうではありませんか」
ロージー卿はパッと顔を上げルーカスに笑顔で賛成した。
「おお、そうですな。それが王子の最後に対する礼儀ですな。さすがはルーカス殿下」
「ありがとうございます」
ルーカスは柔らかな笑みを浮かべロージー卿と共に部屋から出て行った。
念の為ドアノブを後ろ手で回してみたが、やっぱり鍵が掛かっていた。
万事休す。
レオ、頼むから恋愛脳から冷めていてね。
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またリリとアナベル間違えました。本当にすみません。何回も見たのに気づきませんでした。トホホホホ。(p_-)