逃げます逃げます
王妃様主催のお茶会は幸いにも3日間で終了した。
1日目 出席 王子様にべったり
2日目 欠席 前世を思い出してぶっ倒れたため
3日目 欠席 仮病
やれることはやったと思う。現に私は婚約者になっていない。
しかし本来なら王家はその3日間で王子の婚約者を決定するつもりだったらしいのだが(お父様情報)、肝心の第一候補の私が残り2日間をブッチした為、そんな状態の私を無視して婚約者を決めてしまったら後々うちとの関係が悪化するのではという意見が出たらしく(気にしなくて良いのに)、王子様の婚約者選びは一旦保留になったらしかった。チッ。
その後もチョロチョロと王家とお父様お母様達が裏で結託し、私とレオン王子を引き合わせる場が設けられそうになった。
けれども私は王宮の催し物は全て欠席で通した。
ある時は頭痛。ある時は歯痛。そのまたある時は屋敷の中で一人かくれんぼ(ただし鬼はいない)。
その甲斐あって私は8歳になる今日まで無事に婚約者になることを逃れられた。
お友達のリリアーナ嬢から聞いた情報によると、私がことごとく欠席していた行事では他のご令嬢たちがピラニアのごとく毎回レオン王子に群がっているとのことで、ぜひそのアグレッシブな女性たちの中から婚約者を選んでいただきたいものだと思う。
8歳になってからというもの私を王宮に連れて行こうとすることもめっきりなくなっていたので、私はちょっと油断していたのだと思う。
ある日お母様から街へ美味しいお菓子を食べに行きましょうと誘われた。前々から街へ行ってみたかった私は大喜びでお着替えしてお母様について行った。
でもちょっと考えれば分かるはずだった。街へ行くのに不自然なほど豪華なドレス。いつもは簡単に編むだけの髪も綺麗にカールされ特別な時用の宝石が付いた髪飾りを付けられた。
それでもいつもよりおしゃれな自分で初めての街へ行ける喜びに私は何も気づかなかった。
馬車の中から街並みを見たいと思ってカーテンを開けようとしたら、お母様から今日はちょっと貧血気味で太陽の陽がまぶしいからカーテンは開けないでねと言われ、良い子の私はハイとそのまま手を引っ込めた。
焦らなくても街は逃げないのだ。ワクワクしながら馬車の中で着くのを待っていると、馬車が止まり御者が着きましたとドアを開けてくれた。
本当はぴょん!と飛び出したい気持ちをグッと抑え私はしずしずと淑女らしく手を引かれて降りた。
初めて見る街の人たちにお転婆なお嬢様だと思われたくなかったから。
下を向いていた顔を期待一杯で上に上げるとそこは雑多な街並みではなく、洗練された王宮だった。
図られた!!!
お父様もお母様もバカではない。私が王宮に行くことを嫌がって逃げていたことにとっくに気が付いていたのだ。だから王宮に行くと言うと私がいつものように逃げてしまうから、だまして私を連れてきたのだ。
油断した~。
それでもおめおめと言いなりになるつもりはない。
「お母様?ここは街ではありませんよね。王宮にご用事でもあるのですか?それでしたら私邪魔にならないように一人で馬車で待っていますわ」
そう言うなりクルリと踵を返して誰に手を引かれずとも勝手に階段を上って馬車に戻ろうとする。
しかし敵もさる者。私が逃亡することをあらかじめ見越していたようで、御者はササッと私の前に回り込みドアをパタンと閉めてしまった。
覚えてなさいよ御者のあなた。私がもし王子の婚約者にでもなったら恨んでやるから。
じと~と御者を睨むがお母様に厳命されているようで、シレっとした顔で私の手を再度取り階段から降ろすとその階段もさっさと撤去してしまった。
むぅ。
「ディア、大丈夫よ。ディアが行きたがっていたお店のお菓子は王妃様がご用意して下さっているのよ。
本当に大人気のお店だから直接買いに行くと長時間並ばなくてはいけないでしょう。だから体が弱いディアの為に王妃様がわざわざ取り寄せてくださったのよ。ありがたく頂戴しましょうね」
あきらかな嫌味と脅しである。
王宮に行くとなると途端に病弱になる私に、王妃様が直々に用意されたというセリフでここから逃げないように圧力をかけてくる。
さっきまでウッキウキだった私が今さら腹痛がーなんていったところで効果はないだろう。
私は諦めてお母様の後ろを着いて行った。
中庭にはすでに素敵なテーブルがセッティングされていて、出迎えてくれた王妃様がお母様と一緒にいる私を見て喜んだ。
王妃様とお母様が目を合わせてニヤッと笑ったのは気のせいじゃないだろう。
案の定しばらく紅茶を飲みお菓子をつまみ上っ面の会話をしていた頃、レオン王子が中庭の通路を通りかかった。
「まぁレオン良い所に通りかかったわね。こちらはエストラル侯爵夫人とクラウディア嬢よ。あなたも小さいころディアには一度お会いしたことあったと思うのだけれども、覚えているかしら」
王妃様がさもさも偶然かのようにレオン王子を呼びとめてこちらに来させる。
はー茶番だわ。
それでも王子に対して失礼な態度は取れないので、私はにっこりとほほ笑んで王子に挨拶した。
王子は昔と変わらずいやそれ以上に格好よくなっていた。まだ10歳だから少年といっておかしくないのだけれども、少年にふさわしからぬ落ち着きと静かにたたえている微笑みが年齢以上に大人びて見えた。
まぁそれでも目の保養位にしか私は思えないんだけどね。だって精神年齢24+8のおばさんだし私。
王子はフッと目を細めて私に微笑んだ。
「クラウディア嬢のことは覚えていますよ。今から5年前のお茶会にいらしてましたね。あの時も可愛らしい御嬢さんだと思っていましたが、ますますお綺麗になられましたね。初日しかお目にかかれなかったので残念に思っていました」
歯の浮くようなセリフが10歳の男の子とは思えない。
お母様なんて横できゃーきゃー言っちゃって五月蠅いのなんの。
本来なら誉れな言葉なんだろうけど、私はうげぇ気持ち悪ぅっ!!!って思ってしまった。
だってこれが20歳過ぎのプレイボーイなら分かるけど、まだ10歳の男の子なのよ。10歳男子なんて鼻水たらして坊主頭で野球でもやってれば良いのよ。
私の氷点下の冷めにも気づかず王妃様はレオン王子に私が大人に囲まれて退屈しているだろうから、中庭を案内するようにと命じた。
余計な事をと思ったが、素直な王子様は王妃様の言いつけ通り私をエスコートしてくれた。
王妃様に言われては私も嫌とは言えない。
大人しく王子に手を引かれながら渋々移動した。
「クラウディア嬢は何のお花が好きですか?中庭には色々なお花が咲いていますのでご案内致しますよ」
にっこりほほ笑む王子様。うん、完璧だよね。
「私は花ならなんでも好きなので、王太子殿下の案内は不要ですわ。殿下もお忙しいでしょうからどうぞお戻りください。私なんぞに時間を使う必要はありませんわ。私は適当に庭の中をぶらぶらしたら戻りますので気にしないで下さい」
私がそっけなく断るとレオン王子はびっくりした顔をした。うん、王子様に対して失礼だよね、私。
でも絶対婚約者になりたくないんだもん。
それでも優しい完璧王子様はめげない。
「いえ、この中庭は結構広いのでお一人で歩かれると迷子になってしまいますから、私もご一緒します」
えー迷惑ぅ。
「大丈夫です。王宮の中庭は大体分かりますから」
ゲームで散々歩きましたからね、この中庭は。頭の中にバッチリ地図が入っています。
「クラウディア嬢がここに来られたのは2回目ですよね?」
いぶかしげに首をかしげるレオン王子。
しまった!現実にはそうだった。
「お母様やお父様から散々お話を伺っておりましたので、頭に入ってしまったのですわ」
ほほほと誤魔化す。しかし素直な王子様は私の言い訳を信じてくれた。
「頭がいいのですね、クラウディア嬢は。知り合った記念に私もディアと呼んでも良いですか?クラウディア嬢も私の事はレオンと呼んで頂いて構いませんので」
「お断りします」
私は即断った。
冗談じゃない。うっかり愛称で呼び合おうものなら速攻婚約者にされてしまう。
「これは手厳しい」
レオン王子は肩をすくめて余裕の表情。だからあなたはどこの中年オヤジなの?
「私は愛称で呼び合うのは結婚する相手のみと決めています。だからお断りいたします」
「ならば私と結婚いたしましょう」
「はあ!?」
びっくりしすぎて素が出ちゃったわよ。
「何も問題ないと思いますよ。あなたは我が国筆頭の大貴族のご令嬢ですし、教養も美貌もある。未来の王妃にふさわしいと思いますが」
どうでしょうと提案されて私はこれ以上なくムカついた。
そうか、そんな軽い感じで私を婚約者にしたから、ヒロインと出会ってあっさり私を捨てたのね。
そりゃスチル1枚で終わりでしょうよ。
怒りの炎が私の内からメラメラと湧き上がってくる。
ばっちーん!!!
私は思いっきり王子の頬を平手打ちして罵った。
正直頭にきすぎて自分が何を言ったのかいまいち覚えていない。
ただ我に返った時には王子を地面に正座させて説教していた。
遠くから「レオンー」「クラウディアー」と王妃様とお母様の声がしたので、私は正座してうなだれている王子を置いて逃亡した。
どうしよう、やっちゃったぁぁぁぁーーーーーー。