尾行
リリがダレルと会う日に私も街に下り、偶然を装って二人と合流することにした。
リリから教わった予定日はレオとのダンスレッスンの日だったので、急遽取りやめにしてもらった。
レオから何の用事が出来たのか聞かれたけれど、まさかアーサーとリリの見合い話をぶっつぶす計画です。なんて言えないから「街で大切な人と会うことになったんです」と誤魔化しておいた。
二人の待ち合わせ場所から少し離れた建物の角から覗き見て、二人が合流して歩き出したところを偶然を装って近づくつもりだった。
ダレルが先に待っていて、しばらくすると花柄のワンピースを着たリリがやってきた。
二人はしばらくそこで話をした後、仲良く移動して行った。
よし、そろそろ私も行こう。
歩き出そうとした私の肩をポンと後ろから叩かれた。
振り向くとそこにはレオがいた。
「なんでここにレオがっ!!!」
ハッ、もしかしてアーサーも?だとしたら今日の計画は中止にしなくちゃ。
さすがに自分の見合い話を壊す計画がされてると知ったらいい気分はしないだろう。
レオの周囲をキョロキョロ見渡すが、アーサーの姿は見えない。
「私一人だよ」
私が何を気にしているのか気づいたレオが両手を広げて誰もいないことをアピールする。
「そう、良かった」
いや、良くない。王子様が一人で街にいちゃダメでしょう。
「街ならもう何度もお忍びで来てるから大丈夫だよ。変装もしてるしね」
ホラ、と自分の着ている服を私に見せる。
確かに服装は街のちょっと裕福な家庭の子が着るようなシンプルな物だけど、問題は服じゃなくてレオの顔とオーラだから。
私でさえ分かるただ者じゃない雰囲気をダダ漏れさせておいて庶民ですっていうのは無理があるだろう。
「とりあえずフライパンで顔を100回殴ってからもう一度出直した方が良いと思うわ」
そうすれば顔が腫れて街に溶け込みやすくなるだろう。
アドバイスだけしてじゃあね!と別れようとすると腕を掴まれて引きとめられた。
「待って。私一人だと目立つというならディアも一緒に行こう」
「はぁ?いや私今日用があるって言ったわよね。ちょっと見失っちゃうから離して」
ブンブンと腕を振って振り払おうとするが、力の差で振り払えない。
それどころか離さないというように両腕を首の前で交差され抱きすくめられる。
体勢的に私の耳の傍にレオの口が来て、綺麗な声が私の耳朶をくすぐる。
「あの二人に用があるの?あれはバーロウ家のダレルだね。隣は君の友達のリリアーナ嬢かな」
「!」
もう豆粒みたいな距離になっているのに、レオの視力は一体どうなってるの!?
顔面が人間離れしてると視力も人間離れするのかしら。
「大切な人って言うから驚いたけど、リリアーナ嬢のことだったんだね。それで、ディアは二人をどうしたいのかな?」
至近距離でレオの鋭い目で見つめられ、耐え切れず観念した。
ここで嘘を言ってもレオには通じない。
私はリリから聞かされた話をそのままレオに伝えた。
「なるほど、それで君はリリアーナ嬢の為にアーサーとの縁談をぶち壊したいと」
コクリと頷くとレオはしばらく黙って考えた。
もう、行ってもいいかなぁ。二人の姿が見えなくなっちゃって探すのが大変なんだけど。
私はレオの沈黙よりも消えたあの二人が気になってソワソワしていた。
レオはそんな私を見て少し不機嫌そうに聞いてきた。
「本当にそれだけ?」
「え?」
「リリアーナ嬢の為にダレルとくっつけたいだけ?アーサーとリリアーナ嬢をくっつけたくないからじゃなくて?」
言っている意味が分からない。
どっちも同じ意味じゃないの?
「リリがアーサーを好きならお勧めはしないけど反対もしないわ。でもリリが好きなのはダレルだから出来れば応援してあげたい。形ばかりの婚約者で苦労するより、好きな人と結婚した方が絶対幸せになれると思うから」
リリの努力があればいつかアーサーもリリに振り向くと思う。あのバッドエンドのように。
でも、現実のリリはアーサーに好意を持っていないから振り向いてもらう努力もしないし、むしろ毎日泣き暮らすだろう。
そんな中でヒロインがもしアーサーを選んだら?
リリは好きでもない男と婚約させられた上に捨てられて修道院に行かされることになる。
そんなのってあんまりだ。
「だから私は全力でこの話をぶっ壊すつもりよ。レオが邪魔しても譲らない。それで私たちの友情が壊れようとも私は引かないわ」
レオにはレオの言い分があるのは分かってる。アーサーとレオの付き合いは私とレオの付き合いよりずっと長い。私よりアーサーを優先するのは当然だろう。
アーサーとリリの婚約はアーサーにとっても良い話だ。武官一族のシモンズ家が文官一族のハモンズ家と婚姻を結ぶことによって宮廷での影響力も大きくなる。
レオはアーサーの為にこの婚約をまとめたいだろう。
アーサーは自分の側近だし、側近が力を持つことはレオにとっても良いことだ。
でもそんなこと日本のド庶民で生まれ育った私には関係ないもんね。
家がどんなに繁盛したってそこに住んでる人間が不幸ならそれは幸せって言わないんじゃないの?
もちろんそれは大貴族の娘として生まれ変わって、この世界での苦労をろくに知らない私が言っていいことじゃないことは分かってる。
でも私、今は大貴族の我儘なご令嬢ですから!
私の幸せと大好きなお友達が幸せになってくれることが1番なの。
生まれついての王子様であるレオにこの心境を分かれというのは無理があるだろう。
貴族や王族にとって政略結婚は当たり前のことだから。
ヒロインちゃんが出てくればレオにもこの気持ち分かるだろうけど・・・。
なんだかんだいってレオとお友達として過ごした日々は楽しかった。
けれど、これでサヨナラね。
スルッとレオの腕から抜け出して二人の後を追おうとしたら、ガシッと肩を掴まれた。
「じゃあ一緒にこの話を壊そうか!」
予想外のレオの返答に「え、なんで?」と逆に問い返してしまった。
「なんでってディアが先にこの縁談を壊したいって言ったんでしょう?」
何言ってるの?とレオに呆れられる。
「え、だって私アーサーの縁談壊したいって言ってるのよ。レオ的にそれは良いの?」
ダメでしょう、普通。しかしレオは全く気にしていなかった。
「良いんじゃない?そもそもアーサーは婚約者なんて嫌がってたし。私としてはディアがアーサーに特別な感情を持っているならどんな手を使ってでもこの話をまとめようと思ったけど、そうじゃないなら壊れても私は構わないよ」
「?なんだか良く分からないけど、レオが賛成してくれるなら百人力よ。一緒に頑張りましょうね。ああ、でももう二人を見失っちゃったわ、どうしましょう」
「それなら大丈夫。影の一人に追跡させてるから、場所なら分かるよ。こっちだ、おいで」
ぐいっと肩を引かれて走り出す。
影?影って何?忍者みたいなもの?ああ、こんな場面じゃなかったらもっと詳しく聞くのに。
とりあえず今はあの二人を追う事よ。
◆
レオの案内通りに歩いていたら間もなく二人の姿が見えた。
仲良く二人でお花屋さんをウィンドウショッピングしている。
ダレルが指差した方を見てリリが笑顔になる。
うん、お似合いだね。
偶然を装って私たちは二人に近づいた。
「あら、もしかしてそこにいるのはリリじゃない?」
ごめん、棒読みで。
レオ、笑わないの!
「まぁ、ディア」
大根役者の私にリリが合せてくれる。
「え、もしかしてお隣にいるのは王太子殿下!?」
突然のレオの登場にリリも素で驚く。
そうだよね、普通街で王太子殿下に会ったら驚くよね。
「しかも肩まで組んで。え、もしかしてお二人はそういう関係だったんですか?」
驚きすぎてダレルの口がOの字になっている。
アレ?おかしいな。予定では私がそのセリフを言うはずだったのに。
それに肩って何?
二人の視線を追って自分の右肩を見るとレオの手がちゃっかり回されていた。
ああぁ!
二人を探すことに頭が一杯で肩組んでること忘れてた!
これじゃあまるで私たちがラブラブカップルのようだ。
慌てて離れようと思ったがレオにガッチリキープされてて動けない。
くそぉ、顔に似合わずバカ力め。
「違うのよ、これは私が街に慣れていないからはぐれないようにって掴んでくれているの。恋人同士とかじゃ全くないから!」
犬のリードみたいなものなのよ。
え、待って、それだと私が犬役かしら。ワンッ!!
二人が恋人であることを確認しにきたはずなのに、なぜ私たちの誤解を解くことから入らなくてはいけないのか。トホホ。
「恋人でも全く構わないけど」
ポツリとレオがこぼす。ええい、あなたは黙ってなさい!余計誤解されるでしょ。
「それより二人のデートの最中に声を掛けてしまってごめんなさい。折角の良い雰囲気をお邪魔しちゃったわね」
気弱で優しいダレルにもしかしてデート?なんて聞き方したらリリの名誉の為に否定されてしまうだろう。そうしたら意味は分かっていても恋をしているリリが傷ついてしまう。
こういう時は断定。二人はデートしているのだと決めつけてしまった方がスムーズにいく。
案の定ダレルは真っ赤になりながら「は、あの、その、いや、そんな別に邪魔なんて」と否定しながらもデート自体は肯定した。
よし、第一段階突破!
この二人は恋人同士です。
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