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レオの回顧録

 一か月後インディア国中庭にて二つの長身の影が並んでいた。


「あれからどうなったんだ?」

 そよ風がアーサーの前髪を揺らす。


「先の大戦でカーラ帝国に取られた領地の返還で手を打ったよ」

「お前の身分は最後まで明かさなかったんだろ、それにしては随分吹っかけたんだな」

「別に開戦しても私は良かったんだけど、例の件を公言しない事と軍事同盟を結ぶ事と引き換えにね」


「イングラム侯爵は?」

「侯爵は捕縛して牢に入れられたけれどその後自害したと報告が来たよ。グスタフを正式に後継者にしていなかったこともあり、イングラム侯爵家も取り潰しになったそうだ」

「そうか」


 あの後目を覚ました私たちは、クリストフ皇太子によって事情を説明され急いで帝都を後にした。

 クリストフ皇太子は私たちを逃がすことを最優先とし、本来義務である皇帝への報告を後回しにしてまで尽力してくれた。


 後日皇太子本人より貰った手紙から読み取ると、カーラ帝国皇帝は皇太子より一部始終を聞くと、まず私たち全員の保護を名目とした捕縛命令を出そうとしたらしい。しかしすでに全員が帝都を脱出した後だと知ると、次いでイングラム侯爵の捕縛命令を出した。


 皇帝反逆罪として。


 イングラム侯爵はすでに覚悟をしていたようで、大人しく捕縛された。

 その後開かれた二か国間協議により、カーラ帝国による謝罪と賠償及び二国間の軍事同盟の強化で決着がついた。


「で、そこの領地なんだけどね。今まで色々協力をしてもらったし、いい加減身分にあった領地を持たせたいと思ってルーカスにあげるよと言ったんだけど、今の身軽な感じが丁度良いからいらないって言われちゃってね」

「ふーん、相変わらずあの一族は欲がないな」


「そうだね、今の当主も国王(父上)から領地をやるって散々言われるのに頑として受け取らないしね。まあそんなわけだから、アーサー。君にあげることにしたよ」

「は!?何言ってんだ、俺はただの一介の騎士だぞもらえる訳がないだろ」


「あはは、何もすぐにあげるって言ってる訳じゃないよ。暫くは国の所有地にして、君が私の側近として後数年真面目に尽くしてくれたら褒美として爵位と共にあげるって言ってるんだ」


 別にそんな餌を用意されなくてもちゃんとやるよとアーサーがすねる。


「良いじゃないか、もらえる物は貰っておきなよ。いくら君でも爵位や領地がないと後は婿養子しか手がないだろう。君がそれで構わないというのならあげないけどね」


 アーサーが見つめて来る。


「もう賭けは良いのか?」

「ああ。絶対に負けるはずのない賭けだったのに、本当にディアは予想外の動きをしてくれるよ。一つ目の条件はまだしも、二つ目は絶対にありえないと思ったんだけどね」


「手放しても良いのか?」

「・・・ディアの命を貰っておいて、心まで寄越せとは言えないからなぁ」


「そうか。なあ、でも結局クラウディアはどっちが好きだったんだ?」

「アーサーはどちらだと思うんだい?」

「・・・やっぱりレオじゃないのか。だってあいつはお前を自分の命を捨ててまで救ったんだろう?」


 鈍感なアーサーに笑いがこぼれる。


「アーサー、回復魔法というのはそもそも治したいという気持ちがないと発動されないんだよ」

「? だから何だ?回復したのは俺もお前も一緒だろ」


 私は肩をすくめてアーサーの言葉を受け流した。


「分からないならそれでも良いよ。どうせ鈍感な君たちに説明したところで、理解しないだろうからね」

「なんだよそれ」

「ふふ、いや。なんだかあの事件のおかげで私も物の見方が変わった気がするよ」


 私は目を閉じてあの時の事を思い出していた。



 イングラム侯爵の私兵に襲われ出血多量で意識を失ってから再び目を覚ました時、まずアーサーの慟哭が耳に飛び込んで来た。

 真っ赤に染まった衣服に押し付けるようにアーサーが抱えていたのはクラウディアだった。


 アーサー?

 クラウディアがどうかしたのか?


 彼女は無事だったはずだ。少なくとも命の保証はされていたはずだ。

 それなのになぜアーサーがあんなに悲痛な顔で泣き叫んでいる?


 あああああああああああああああああああ!

 

 アーサーの絶叫が空を駆ける。


 アーサー止めろ、なぜ叫んでいる。

 ドクン、ドクンと煩く鳴る胸を押さえて二人の傍に行く。


 目を瞑り綺麗な顔をしたクラウディアの頬に触る。ほんのりと温かい。

 そっと口元に手を移動させる。

 

 吐息が感じられない。

 震えながら首筋に手をあてる。


 脈が、感じられない。


 そんな、そんな、そんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんな。


 クリストフ皇太子がなぜかその場にいて何やら説明をしているが、そんなものどうでもいい。

 理由も原因もどうでもいい。


 彼女が死んでしまった!!!!


 私の世界が終わってしまった。

 世界は再び灰色に戻り、私の五感が一つずつ消えていく。


 無、だ。

 なにもない。

 風も木も草も太陽も人も全てが消えた。

 

 私は今、生きているのか?

 それとも死んでいるのか?

 分からない。

 私が生きているのだとしたら、世界もまだ生きているのか?

 彼女は死んでしまったのに?

 私の全ても死んでしまったのに。

 なぜ?

 私から彼女を奪っておいてなぜこの世界がまだ存在しているのか。


 そんなこと許せるものか。

 そんなことがあってはならない。

 皆等しく壊してあげよう。

 まずは彼女を失う原因となったこの国を。

 そして彼女のいないこの世界の全てを。


 全て等しく。全てを平等に。


 アーサーと二人でクラウディアの身体を抱きしめていると、一つの手が伸びてきてクラウディアの身体を奪っていこうとした。

 涙で視界が歪んでいる中見上げると、輝く銀色の髪をした男がすぐそこに立っていた。

 クラウディアを離そうとしない私たちにその男は冷たく言い放った。


「その女子(おなご)を我に寄越すのだ」

「誰だ、貴様」

 アーサーがクラウディアを片手で抱きかかえて剣を男に向ける。


「そんな物では我は倒せぬよ。早くしなければその女子(おなご)は本当に死ぬことになるぞ」

「「生き返るのかっ!」」


 男の言葉に私たちは食いついた。男は一つ頷いて左手を差し出してきた。


「これを見よ」


 男の掌の上には銀色の粒が乗っていた。


「これはこの女子(おなご)の砕け散った魂を可視化させた物よ。無茶な力の使い方をして粉々に砕け散り、天に昇って行こうとしていたものを我が集めた」

「では、それを戻せばクラウディアは生き返ると!?」


「このままでは無理であろうの。魂とは一つの塊。バラバラになったものを無理やり戻したところで、話すことも歩くこともままならぬであろうの」


「あなたは誰です?」

「今更かの?まあ良かろうて。我はこの女子(おなご)の加護精霊よ。人族からは神馬と呼ばれておる。我らは通常、人間界の事柄には手を出さぬと決めておるのだがの。今回は精霊(われら)が引き起こした出来事が発端であるし、この女子(おなご)の突き抜けたバカさ加減に免じて特別に我が手を貸してやろう。そこに寝かせるが良い」

 

 アーサーが大事に抱き抱えていたクラウディアをそっと地面に横たえる。


 加護精霊と名乗った男はクラウディアの魂をその手に握りしめると、私たちを見て口角を上げた。


「ふむ、実に興味深いの。あの女子(おなご)の力が器用に分かれておる」

「「?」」


「そなたはクラウディアの魔力によって生かされた」

 精霊はアーサーを指差した。


「そしてそなたはクラウディアの命によって生かされた」

 精霊が(レオ)を指差した。


「何を持ってあの女子(おなご)が力を分けたのかは知らぬが。まあ性格から考えるに恐らく無意識であろうの」


「俺がクラウディアの魔力で」

「私がディアの命?」


 精霊は頷く。

「この女子(おなご)が救った命、大切にすることだの。ああ、この女子(おなご)が目を覚ましたら言っておいてくれ。我がそなたの魂の接着剤替わりをしておるとな。本来の寿命が来るまで手助けをしてやるから、精々美味いものを食べて我を喜ばせよとな」


 言い終わると精霊の姿が消えた。

 恐る恐るクラウディアの脈を触るとかすかに振動を感じた。


 生きている。


 生き返った、クラウディアが生き返った!!


 アーサーと二人で顔を見合わせて抱き合った。


「う~ん。お腹空いたぁ、肉ぅ」

 ごろんとクラウディアが寝返りを打って寝言を言った。


「・・・」 

「・・・」

 ぷっとアーサーが噴き出して、私も声を上げて笑った。


 ああ、世界が戻って来た。

 また鮮やかに色が広がる。青い空緑の草原明るい太陽。


 私たちは寝ているクラウディアを抱きかかえ、カーラ帝国から脱出した。



「ねぇ、何してるのー!お茶の用意が出来たわよー。早く二人共こっちにいらっしゃいよ!」

 クラウディアが中庭にセッティングされたテーブルから私たちに呼びかける。


「今行くよ」

 あの事件の後遺症など何も見せずにクラウディアは今日も元気だ。


 ああ、一つ後遺症はあったかも知れない。


「はい、どうぞ」

 差し出された紅茶を一口飲む。


 うん、以前とは段違いに美味しい。


「腕を上げたな」

 アーサーも嬉しそうに紅茶を飲んでいる。


 クラウディアは腕を組んでう~んと唸った。


「今まで感じた事なかったんだけどね、この間自分で入れたお茶を飲んだらすっごく不味く感じたのよね。だからマリーにお願いして特訓してもらったの。随分上達したでしょう?」


 うっかり頷きそうになって慌てて止めた。


「以前も美味しかったけれど、今のもとっても美味しいよ」

「ありがとう、レオ。あ、そう言えば脱出の時ちゃんとマリーも忘れずに連れて行ってくれてありがとう。マリーがお礼を言っておいてくれって言ってたわ」

「君の大事な侍女だろう、置いて行くわけがないじゃないか。是非私と結婚する時は彼女も一緒に連れておいで」


 クラウディアがぷくっと頬を膨らます。


「レオが私との婚約はなかったことにするって言ったんでしょ。私はもうレオとは結婚しませんからね」

「君と婚約をしないなんて言った覚えはないよ。ただ急いで婚約する必要はないって言っただけさ。まだ君は学園に入学したばかりだからね。ゆっくり将来を決めたらいい。私のお嫁さんになるのも大歓迎だし、それ以外もね」


「・・・なんかレオ感じ変わった?」

「そう?どんな風に?」

「んー、なんていうかいつもどことなく感じていた寂寥感がないっていうか、別の意味で余裕が出てきたっていうか」

 鈍いのに相変わらずこういうのは鋭いね、クラウディア。


「やっぱり人間一回死にかけると性格が変わるのね」

「・・・」


「お前は何回死んでも変わらなそうだな」

 アーサーの突っ込みにクラウディアがむっとする。

「アーサーだって変わらないじゃない」

「俺は変わる必要がないからな」

「私だってないわよ!」

「そうか?無鉄砲なところとか考えなしなところとか猪突猛進なところとか色々あるだろ」


 うっとクラウディアが詰まる。

 そんなクラウディアを見て、アーサーが太陽のように笑う。


「良いさ、それが俺が好きになったお前だからな」

 くしゃくしゃっとクラウディアの頭をアーサーが撫でる。

 クラウディアが息を飲んで頬を染めた。


 全く、いくら破棄したとはいえ人の目の前でいちゃいちゃと。 

 まあ、私もクラウディアが自覚しない限りはまだまだ諦めるつもりはないけどね。

 格段に美味しくなったクラウディアの紅茶を飲みながら、日が沈むまで三人でくだらない会話を延々と続けた。




お読みいただきましてありがとうございます。

ぼちぼちと皆様の感想にお返事を返せそうです(*^_^*) 

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