前世を思い出しました。
私はクラウディア=エストラル。インディア王国筆頭貴族エストラル侯爵の一人娘である。
そして、私は転生者である。
自分が転生者だと思い出したのは忘れもしない3歳の春。
王宮で王妃様がお茶会を開催されるということで、いつもはお屋敷でお留守番の私もなぜかその日は綺麗に着飾られ参加することになった。
お茶会には私の他にも沢山の貴族の子供たちが参加していて一体なにがあるのだろうと周囲をキョロキョロしていたら、お母様におしとやかにしていらっしゃいねと注意を受けた。
はぁいと返事をすると前方で歓声が起こり、王妃様がお見えになられた。お美しくも威厳のあるそのお姿の横に小さな影が見えた。
王妃様の長子であるレオン第一王子だった。
噂には聞いていたけれども初めて生のレオン王子を見た私は、淑女としてあるまじくガン見をしてしまった。
だって流れるように綺麗な金髪と利発そうな緑の瞳。にっこりとほほ笑んで立っているそのお姿は完璧の一言。
私は一目でレオン王子に恋をした。
今日のお茶会は上流貴族のみの招待だったから、一人ずつ王族にご挨拶してもまだ時間に余裕があった。
そのうち親は親、子供は子供と別れだしたので私はこれ幸いと王子様にべったりくっついた。
大貴族の一人娘として蝶よ花よと育てられた私は欲しいものは何でも手に入っていたし、手に入らないものなどないと思っていた。
レオン王子のことを狙っている女の子は他にもいて憎々しげに私を睨んでいたが、家柄で私に勝る者などおらず私は諌めるものがいないのをいいことにその日ずっと王子様を独り占めしていた。
帰りの馬車でも私はずっとお母様に王子様が素敵だったことを話し、お屋敷にお父様が戻られたと聞くといそいでお父様の元へと走った。
お父様は一人娘である私に甘く、私がおねだりすればどんなことでも叶えてくれていた。
だから今度も王子様と結婚したいとおねだりするつもりだったのだ。
しかし急いでいたあまり私はスカートの裾を踏んでしまい転びそうになってしまった。
近くにいたじいやがとっさに私を抱きとめようとして屈んだ頭に不運にも私の右手が当たってしまい、倒れまいととっさに掴んだ物がずるりとずれて、私は支えを失いビターンと見事に廊下に倒れこんだ。
「いったぁい」
むくりと起き上がると目の前にタコ入道がいた。
「きゃああああ!」
私の悲鳴が廊下を響き渡り、あちこちから使用人が駆けつけてきた。
「どうなさいました、お嬢様!」
私の専用メイドのマリーが私の元へ駆けつけてくる。
私はマリーの声にホッとして後ろを振り向く途中で、壁に掛けてある鏡が目に入った。
黒っぽい何かが私の頭に被さっている。
それは私が転んだときに掴んで取ってしまったじいやの鬘だったのだけれども、暗茶の鬘が光の加減で黒髪に見えた。
そして黒髪の自分を鏡で見た瞬間私は前世を思い出し、そのあまりの情報量に頭がついていかずぶっ倒れてしまった。
衝撃で丸一日寝ていた私は起きたとき真っ先にじいやに謝罪された。
どちらかというと内緒にしていた鬘を暴いてしまった私がじいやに謝るべきだったのだが、周りのみんなはじいやの禿を見たショックで寝込んだと勘違いしたらしかった。
ごめんなさいじいや。
◆
お母様はお茶会お父様はお仕事で不在ということで、私はベッドの上で(体は元気だったのだけれども、侍女たちに安静にと言われて仕方なく)ゆっくりと前世を思い出してみた。
私の前世は日本人で24歳の会社員だった。死んだ記憶はないのだけれど多分事故か事件でもあったのだろう。
24になってもアニメやゲームが大好きで、特にその頃はまっていたのが携帯アプリの恋愛ゲーム「虹の花嫁~運命の恋人~」だった。略して虹恋。
虹恋の攻略対象者は6人で、王子様を筆頭に騎士団長の息子、魔術師長、公爵子息、生徒会長、後輩とバラエティに富んだ美形を婚約者から真実の愛で奪い取り、二人の結婚式の日頭上に虹が出てハッピーエンド。その他結婚まではいかないが恋人になり将来を語り合うのがノーマルエンド。恋人になれずライバル令嬢と攻略対象の結婚式を眺めるのがバッドエンドだった。
私の前世の一押しは騎士団長の息子アーサー。本人も騎士を目指すストイックな性格で、黒髪黒目で好感度が低いうちはこちらをきつく睨んでくるが、恋愛メーターが増えていくとだんだんと優しく微笑んでいくのが私的ツボで良かった。
でも世間の一番人気はやっぱり王道金髪碧眼の王子様だった。
初心者用の攻略キャラで、他の攻略者と違い最初から優しく親切に接してくれてあまりに簡単に話が進んでしまうのが私的には物足りなくて、1回ハッピーエンドまで終わらせた後は他の攻略者(主にアーサー)のエンドを先に進めていた。
あぁ、アーサー格好良かったなぁもう二度と出来ないのかぁ、残念だなぁ。それにこんなことならいつかやろうと思って放置していたレオン王子のノーマルエンドやバッドエンドもやっておけば良かったなぁと思った所で思考が止まった。
レオン王子?
あれ?ここの世界の王子様もレオン王子って名前じゃなかったっけ???
というか私の名前ってクラウディア=エストラルだったよね。
身を乗り出して鏡台から手鏡を取り出し自分の顔を眺める。
銀髪紫眼まだ3歳ながら完璧なる美少女がそこにいた。
「・・・・・・・」
天井を見上げる。
自分の顔を見る。
横顔を見る。笑ってみる。怒ってみる。変顔をしてみる。
横で控えていた侍女がお嬢様がご乱心です~と叫んで出て行った。
叫びたいのは私の方だ。
あああああああああああああああああああああああああ!
私ライバル令嬢じゃん!!!
しかも攻略簡単な王子様の婚約者役。
家柄良し顔良しスタイル良しちょっとプライド高いけれども性格も良しの完璧令嬢なのに、ヒロインにたぶらかされた王子様に簡単に捨てられちゃうの。
スチル一瞬でポイッて。
王子様の攻略本当に簡単だったんだから。どの返答選んでもぐんぐん好感度上がっちゃうし、王子様攻略でバッドエンドになる方が難しいってネットで言われてた位なんだから。
はぁぁぁぁぁぁ最悪。
前世の記憶と今世の記憶を持っているせいでゲーム通りに進んだ後の自分の未来が分かってしまう。
この世界で婚約者に振られた女性はどんな理由があれ傷物扱いになり修道院行きになってしまう。
理不尽だと怒りたいが、この世界の女性の地位は低く婚約破棄された女性という評判が立ったら二度と婚約者は現れない。
ましてや低級貴族同士ならまだしも。筆頭貴族と王族の婚約破棄なんてことになったら社交界中の噂になること間違いなし。
たとえ理由が一方的な王子の心変わりが原因だとしても、被害を受けるのは私なのだ。
うら若き乙女がなんで枯れた修道女にならなければいけないのか。せっかく念願の美少女に生まれ変わったのに、あんまりだ。
「やだもぉ、なんで婚約者なんかになったんだろう」
とつぶやいて、ん?と思い直した。
私まだ王子の婚約者じゃなくない?
王妃様のあのお茶会は間違いなく未来の王太子妃を探すためのものだった。
私が前世の記憶を取り戻さなければ、王子に一目ぼれした私はあのままお父様に王子様と結婚したいとおねだりし、私に甘いお父様はその絶大な権力を使って私を王子様の婚約者にしただろう。
あっぶなかった・・・。
ギリギリセーフ。
なんとか王子様の婚約者になることだけは避けなくちゃ。
修道院行きなんて嫌!
レオン王子の婚約者には絶対に絶対にならない!!!!!
念願の乙女ゲーム物です。
書いててとても楽しいです。