4:純情メカニスト
「は、初めまして………私はアヤと申します………アヤとお気軽に呼んでください」
ロボットから発せられた声は至って自然な感じの女性の声であった。
アヤと名乗るロボットはエクスに近づいても攻撃するような素振りはなかった。
姿勢をピシッと伸ばしているので行儀正しい。
ロボットだからそうなのかもしれないが、自己紹介をしてきたアヤに対してエクスも自己紹介を行う。
「お、おう………俺はエクス、ちょっと名前が思い出せないから仮名だがよろしく」
そういってエクスは左手を出して握手のポーズを行った。
アヤはタジタジしながらゆっくりと左手を動かしてエクスの手を握った。
アヤの手は人間のように暖かさを感じる。
おそらくロボット製造における規制法に従って人間そっくりのロボットが作れない代わりに、規制範囲内で人間を真似て作ったのだろう。
手が暖かいにもそうした事を見越して作ったのではないかとエクスは考える。
だが、今は切迫してきている状況ゆえに、そんなことは後回しにしてエクスはアヤにこの建物内部について尋ねた。
「なぁ、アヤ………質問があるんだがいいか?」
「ええ、いいですよ………私で答えられる範囲であれば」
「早速で悪いんだが、ここはどこだ?いや、この施設…?っていえばいいのか、場所が分からなくてね。ここの施設、ないし場所がどこなのか教えてもらえるか?」
「ここは………詳しい場所を教えるのは規定プログラムに違反してしまうため、お答えすることができませんが、政府から保護施設と定められた場所です。そして、保護施設には多くの人たちが避難しているのです」
「保護施設…それに避難…?災害とかが起こって避難してきたってことか?」
「生物災害………と言った方が無難かもしれません、今から半年前に東欧諸国で活動を広げていた狂信的な宗教団体が製造していた細菌兵器がありました。その細菌兵器は政府との交渉取引に応じるために作りだされたとされていますが、ある日この細菌兵器が教団内部で漏れ出す事故が起こりました。濃厚な接触感染と血液感染によって人の肉体を蝕み、脳の機能不全、多臓器の急激な変化、他者への異常な攻撃性などの暴走を起こす悪魔のような兵器は瞬く間に東欧諸国の農村部で感染を広げていき、僅か1週間足らずで欧州各国に広がっていきました」
エクスがアヤから聞かされた話は、パンデミック映画に登場するような破滅的な話であった。
東欧に多くの信者を抱えていた終末論を唱える宗教団体「フーストの森」は、人類の活動によって地球が滅ぶ。その前に人類の間引きを行うべきだとして、ロシアや欧州各国の細菌学の学者を拉致して薬への耐性を持つ究極の兵器を作り上げていた。
その名前も「チェルノボグ」という。
スラブ神話の死神の名前であり、破壊と死を意味する。
この細菌兵器は人をゾンビよりもさらに最悪な過剰な進化ないし変化させる兵器のようだ。
東欧諸国が「フーストの森」へ強制捜査を行おうとした直前に、教団内部でパンデミックが発生。
感染した人間は非感染者に襲い掛かり、感染者の意識を乗っ取りより多くの感染を広げようとする。
そうした過程で人体に変異が起こり、一つ目のような化け物が生まれたらしい。
「東欧諸国は感染者への対処が間に合わず、ロシア連邦や欧州各国に広がっていきました。経済は大混乱になり、物流にも大きな支障が起こりました。そうした中で島国やまだ感染者がいない地域には軍による防疫線が敷かれて時間を稼ぐ間に、政府高官など選ばれた人間などが避難して感染者が死滅した後に地上に戻れるように幾つかの施設が選ばれて、そこに人々は収容されました。この施設もそのうちの一つです」
なるほど、とエクスは思った。
つまりこの施設の外は既に感染者達がうじゃうじゃいるわけで………施設内にいる感染者は、どこからか侵入してきたか、実験体を持ち帰ってみたら感染が広がったのではないかとエクスは予想した。
予想できたのは大抵のパニック映画やゾンビゲームでお決まりのストーリーだからだ。
そして嫌な予測は大抵当たるものだ。
「………で、アヤがここにいた理由も………そんな化け物達がこの施設を襲ってきたから隠れていたからってわけか?」
「はい、本来であれば恥ずべき行為なのですが…私のことを良くしてくださった研究者の方がここに隠れていろと命じたため、私はその命令に従っていました。ロボット三原則を無視するわけにもいかず、ここで待っていました…」
「そうだったのか…普通ならロボットに命令するべきことかもしれないけどな…とにかく、あの化け物…あー感染者って言った方がいいのかどうかわからないが、俺はあいつらのことを化け物って呼ぶけどね、施設に襲撃してきたのはいつだ?」
「3日前になります。3日前の正午に多くの人が昼食をしに食堂にいた時に感染者が施設に侵入したのです。それからは施設内は恐慌状態となって多くの人がバラバラに行動してしまいました。結果的に最後に会った方は昨日の午後9時にこの部屋から出ていったきりです…」