1:目覚める時
息抜きがてら書いてみました。
2万字ほど書いてみて高評価であれば続きます。
緑色の液体に満たされた容器の中で男は目を覚ました。
薄っすらと瞼を開けて辺りを見回す。
どれだけの時間眠っていたのだろうか?
容器の内側から見える光景は、男にとって容器の中にいる自分の姿よりも衝撃的であった。
いつも男が目を開けると目の前には必ず白衣を着た研究者がいた、しかし今はだれもいない。
そればかりか男が入っている容器が置かれている部屋は酷く荒らされていた。
(これはひどい…一体何があったんだ?)
頑丈に作られている筈の壁は大きな亀裂が幾つも入っているし、テーブルの上に置かれていた筈のフラスコやレポート用紙などは床に散乱している。
容器の中からでしか見えないのでぼやけているが、部屋の奥には血で塗られたようなものまで見えた。
部屋を照らしている電球は既に照明がチカチカと不規則に点滅しているので、男はこの部屋で只事ではない事態が起こったことを認識する。
(一刻も早くここから出た方が良さそうだな…)
それと同時に容器から液体を伝って男の脳内でブーッと警告音が鳴り響いた。
耳障りな音だが、どうやら異常を探知した事を知らせてくれているようだ。
音声合成された女性の声で容器から緊急排出が行われるアナウンスがなされた。
『警告、警告…被験者の生命維持装置に異常を探知しました。これより研究規則に基づいて人体保護フィルターから被験者の緊急排出を行います。職員の方は速やかに被験者の保護を行ってください。繰り返します、警告、警告…』
警告が数回繰り返された後で、男は人体保護フィルターと呼ばれる容器から排出された。
子宮のように丸いフィルターの底がゆっくりと開く。
緑色のぬるっとした液体と共に真っ裸のまま部屋に放り出される。
フィルターから出されると、男の身体全体から痛みが生じた。
例えるなら筋肉痛を数倍酷くしたような痛みが身体のあちこちで起こる。
男は痛みで唸り声をだすものの、痛みが和らぐまで緑色の液体の上でじっと耐えた。
(耐えろ…耐えろ…しばらくすれば元に戻る…それまでじっとしていよう…)
痛みは1時間ほど男の身体を蝕んだが、ようやく痛みが治まっていったので男はゆっくりと立ち上がる。
手足は問題なく動かせるようで男はホッとひと息ついた。
視界も大分回復しているので、フィルターの中よりも鮮明に部屋の様子を見ることが出来る。
男が入っていたフィルター以外にも5つほど同じフィルターがあったが、どれも容器の中身は黒色の液体と化しており、底には赤黒い何かの塊が沈殿されている。
男と同じ被験者だろう。
だとすれば、フィルターの中にいる被験者は十中八九…既に死んでいるということになる。
この赤黒い塊は、人間の肉体が容器の中で崩壊した結末だろう。
そうした状況でも、男が五体満足で死んでいないのは遥かに幸運だったとしか言いようがない。
(バラバラになっている…俺だけよく無事だったな…)
ふと男がフィルターをまじまじと見ていると、それぞれフィルターの下に英数字で番号が振られている事に気が付いた。
「A-1」から「A-6」まであるが、男が入っていたのは「A-6」と書かれた容器だ。
「A-6」に関する実験結果などはこの部屋に置いてあるはずだが、部屋が荒らされている上にそれらしき資料を見つけるのは困難だ。
男の身分を証明するものは「A-6」という英数字ではなく、男らしい名前があった。
男は自分の名前を思い出そうとする。
(…あれ?俺の名前は…名前は…?えっ、名前何だっけ?!)
名前が思い出せない。
男は脳裏に残されている自分の記憶を辿って名前を必死に思い出そうとする。
必ず名前があった筈だ、被験者になる前の資料のようなものが何処かにあるはずだが、これほどまでに装置の破片や書類が散乱した部屋で自分の名前を見つけられそうにはない。
仕方ないので、男は「A-6」という英数字からAと6を足して割って「エクス」という仮の名前を自分に付けることにした
(エクスか………悪くない、即席の名前…仮の名前…うむ、俺の名前は一先ずエクスという事にしよう)
エクスは名前を決めると、早速ある物を探していた。
それは上着である。
部屋の気温は服を着れば丁度いい暖かさなのだが、エクスは全裸だ。
下着すら履いていないまっさらな状態なのだ、MMOゲームの初期装備よりも身体を守るという面では非常に危ない格好をしているのだ。
決してエクスの身体が貧弱というわけではない、中肉中背であり下半身の逸物は人間の平均よりも大きいほうだろう。
だが、割れたガラス片などが床で滑った拍子で逸物に刺さったりしたら…男として再起不能になるのは間違いない、そうならないようにエクスは部屋を物色して衣類を探し始めた。
(服…服…何処かにあるはずだ。どこだ?どこだ?………あ、あった………)
以外と直ぐにエクスは衣類を見つけることが出来た。
壁に寄りかかるように倒れているのは、エクスの数少ない記憶に残されている研究者であった…が、既に死んでいた。
この研究者の白衣を身に着けようとしたが、エクスは躊躇した。
その白衣は研究者が背中を鋭利な刃物で刺されていたようで、背中は血塗れで刃物が突き刺さった箇所が損傷している。
いくら剥ぎ取ることができるといっても血で汚れている衣類を好き好んで身に着けるのは生理的に無理だろう。
(…誰かに殺されたんだな、だが…なぜこいつを殺したんだ?背中から刺されたってことは背後を警戒していなかったか、或いは不意打ちで殺されたんじゃないかな…ん、右手に何か握っているな…)
研究者の右手で握っていたものは鍵のようであった。
よく見ると鍵は研究室に設置されているロッカーのものであるようだ、エクスは血で汚損された白衣を着るのを止めて、ロッカーに衣類が入っていないか確かめる。
鍵に掛かれている番号「A301」と同じ番号のロッカーに鍵を差し込んで右に回すとロッカーの施錠が解除された音が響き、エクスはロッカーを開けることに成功した。
ロッカーを開けると、そこにはズボンやパンツなどの衣類や靴が一式入っており、サイズもエクスが身に着けるのに支障はなかった。
白色のブリーフに肌着に靴下、上着も赤色のシャツに黒色のジャケットと濃い青色のジーンズが綺麗に畳まれた状態で置かれていたので、エクスは手早くこれらの衣類を身に着けた。
(有難く使わせて貰うぜ、おまけに靴までサイズがピッタリ揃っているとは驚きだな…運動用の靴だから身動きしやすいのが助かる…他のロッカーにはどんなものが入っているんだろう?)
エクスはまだ開錠されていないロッカーが気になり、隣のロッカーを見てみると鍵が掛けられてないことに気が付いた。
「A302」と書かれたロッカーは鍵が差しっぱなしだったからだ、このロッカーにも何か役立つものが入っているかもしれないと感じたエクスはロッカーを開けてみることにした。
「うぉっ………こいつは………有り難いな………」
エクスの口から思わず声が漏れる。
「A302」と書かれたロッカーの中にはSSP220自動拳銃と拳銃に弾を詰め込む弾倉が4つ、一見チョコレートの空き箱に見えるが中身を開けると30発入りの弾丸が詰め込まれていた弾薬箱。
そしてある程度の小さい荷物であれば入れることができるウエストバッグが入っていた。
ウエストバッグには包帯と止血剤が一つずつ入っており、多少の怪我なら治療できるだろう。
そしてSSP220拳銃は弾倉が装填されていない状態だったので、エクスが弾薬箱から弾丸を一発ずつ取り出して、エクスは慣れた手つきで弾倉に弾込めを行う。
ゲームのように銃が手に入ったからといってすぐに撃てる代物ではない。
弾込めをしてから弾倉を銃本体に装填し、銃の安全装置を解除しなければ銃は撃てないのだ。
エクスは銃の構造や弾倉の役割を理解していた。
いや、正確に言えばSSP220に触れた途端に、基本的な撃ち方や弾倉に装弾する方法などが頭の中に一気になだれ込んできて、理解したと説明するのが適切かもしれない。
「26、27、28………28発で全部か………」
弾倉は4つ、SSP220拳銃の弾倉の装填数は7発なので4つの弾倉にすべて弾丸を装てんし終えると2発余った、余った分は箱に戻してウエストバッグの中にしまい込む。
エクスはこの部屋から出る準備は整った。
両手で頬を軽く叩いて、気合を入れる。
「さてと………準備は整ったし、まずは部屋から出てみようか………」