オウカとサクラ1
『君、こんな狭い部屋で何をしているのだ?』
『どこにいようが、俺の自由だろ』
また、オウカは懐かしい悪夢に襲われていた。
いつの時代の夢だったか。
もはや思い出せないほどの過去。
いや、夢の中にいる彼女はかなり幼い少女だ。
対するオウカも、まだ年端もいかない子供だった。
『男の子が犬や猫の人形集めとは。聞いていた話と違うな』
『悪いか。男だって犬や猫は飼いたいと考えてもいいだろ?』
『多くの剣士から命を奪った狂人がペットを飼いたい? 動物が好き? 人形集め? 冗談も大概だな』
少女の姿をした彼女は、綺麗なドレスに身を包んで、まるで人形のような精巧な美しさと、王族に相応しい煌めきを持っている。
将来はより武人らしい格好をしていくのだが……現在のオウカが見れば、成長した彼女がドレスを着ていれば、どれほど似合ったことだろうか。
傍観している現在のオウカは、不意に自分らしくない感想を抱いてしまった。
『あんた、確か二二〇一Pワンらしいな。にーにーまるいち、ぴーワン。大人たちが俺に教えてくれた』
少女の姿をした彼女は、機嫌を損ねたのか、オウカのその言葉にムッとした表情で答える。
『間違えないでほしい。私はマチルダ・ド・ノーブル・リアフィース王女だ。それは名前じゃない。二度と使うな』
『なぜだ? このことを知ることができる人間が限られているからか?』
『番号で呼ばれるのが気に入らんのでな』
少年のオウカは首を傾げた。
オウカと接触してくる人間は、ごく当然のように番号で呼んでいた。
だから、感情の機微に疎いこの時のオウカはなおのこと、彼女が腹を立てている理由が分からなかった。
『君は……なんという名だ?』
『にーにーまるいち、びーツー』
『それは名前じゃない。番号だ』
『どう違うんだ?』
『君が人間であることを奪われているということだ』
この時、オウカは何を言っているのか全く分からなかった。
このことを知るのは、かなり先の、未来の話だ。
『君は……そうだな。“オウカ”というのはどうだ?』
『オウカ? なんだ、それは?』
『名前だよ。君が人間であることの証明だ』
『人間であることの……証明……?』
『そうだ。サクラという淡い緋色の、幻想の花。一週間で花が散り、幻の花々は一週間だけ、山を幻想の色で染め上げる』
『淡い緋色の花……幻想……』
『君の名前は、これからは“オウカ”だ。よろしく頼むぞ、勇者オウカ』
彼女はそう言って、いつもの悪夢の通り、顔から真っ黒に染まっていく。