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ホムンクルス2

 悪夢から目覚めたオウカは、冷たい風で身を震わす。

 昔から、子守歌がないと寝つきが悪い上に、三年前から悪夢に悩まされているせいでロクに眠れていないオウカは、今日は野宿にも関わらず、苦しむこともなく微睡みがまだ残っている。


「目を覚ましましたか?」

「王女はそんなに気安く膝枕してくれないんじゃなかったのか?」


 オウカは微睡みの中で“あいつ”と話している気がした。

 寝つきが悪いと、いつまでも駄々をこねるオウカに、子供の頃からこうして膝枕をして子守歌を歌ってくれていた。


「オウカ? わたしですよ?」

「!? ち、違う、今のは!」


 オウカは彼女から……サクラから距離をとって離れた。

 髪の色こそ淡い赤みがかっているが、オウカの知る“彼女”と同じプラチナブロンド。

 じっくりと見れば顔の作りも同じで、何よりも、本人しか知り得ない情報をいくつも持っている。

 あり得ない、だが、オウカは答えに繋がるヒントを知っている。

 知っていながらも、証拠はないと否定しているのだ。

 彼女と一緒に行動している理由すら、オウカは否定していた。


「何が違うのですか?」

「単にあんたを“あいつ”と間違えただけだ。もう、“あいつ”は――」

「三年前に勇者として魔王と戦い、行方不明になっています」

「……黙らないと斬り殺すぞ?」

「公然の事実です。それを契約違反と言われる筋合いはありませんよーだ!」


 彼女は、べーと舌を出す。

 そうだ。

 それでいい。

 オウカはもはや何も知りたくはない。

 初めから、全ては幻だったと、そう思うようにしているのだ。

 もう、彼女は死んだのだ。

 新たな魔王の誕生は聞いていないが、次の魔王が“あいつ”ではなく、このサクラが本当に魔王だとしたら、魔王と戦い、死亡したのだ。


「……なら、あんたは一体、何者なんだ?」

「どうしたんですか? 全てを知りたくなったんですか?」

「違う。もう真実など聞いても、何にもならない。なら、聞きたくなどない」

「一言聞きたい~って言ってくれたら特価割引で割り増し説明してあげますよ~?」


 彼女は今日の出来事をとっくに許したのだろうか、もう怒っている雰囲気はない。

 だが、オウカはいつまでも彼女のように器用な切り替えができなかった。


「聞かん! 斬られたいのか!?」

「そろそろあなたの反応から考えるに、わたしを斬ることも、見捨てることもできないようですからね」

「……なぜ、そう思う?」

「根拠は三つあります。ひとーつ、わたしの顔からある人を思い出すから。ふたーつ、あなたは世界の仕組みを知る唯一の人間だから、わたしの矛盾を解くことができる。みーっつ、あなたはわたしを愛している」

「最後のはよく分からんが……」

「よく分からんが?」

「……誘導尋問という奴に引っかかるところだった」


 オウカは迂闊にも彼女の名を出そうとした。

 愛しているのは……この少女ではなく、この少女と面影のよく似た“あいつ”だと。


「んもー! あなたに足りてないのは、怖いことに立ち向かう勇気ですよ!」


 そう言って、オウカの背中をバシバシと叩いてきた。

 随分と平気な顔をして動き回っているが、実はオウカたちは明かりのない暗い森の中。それも木の上にいるのだ。




 暗殺者の森。その名の通り、暗殺者たちがよく使う訓練所のような森。

 朝も夜も、密林が陽の光を完全に遮り、無数の木が、侵入者を方角と居場所を混乱させて、迷いへと誘う。

 そして、この場所を根城にした強力な魔物たちが巣くう、“普通の人間”にとっては、危険な森で、自殺を止める立て看板や、立ち入り禁止の立て看板が出入り口に所狭しと並んでいるのだ。

 だが、暗殺者や名のある武人であれば事情が違う。

 この劣悪な環境、四方八方から仕掛けられる罠、多くの死角、強力な魔物、限られた食事と、現地調達の必要性。

 それらは、極限の環境で、“生き残る”を鍛える暗殺者や武人たちの修行の場として利用されることもある森でもあるのだ。

 もちろん、その経験者には元・勇者も王女も含まれている。




「今は何時だ?」

「鳥の鳴き声が聞こえないので、夜だと思います」


 陽の光がない暗殺者の森で頼りになるのは、野生生物の本能と生活リズムを利用するか、環境に適合するしかない。

 そして、野生生物の本能は他の情報をもたらしてくれる。


「……いや、今は鳥の鳴き声では判断できんぞ?」

「え?」

「血の臭いがするな……魔物と人間が複数」


 オウカは鼻と耳。五感から分かる全ての情報を集める。

 耳は鉄の音と人の声を。鼻は鉄の臭いとナノマシンを体内に入れた人間独特の嫌な臭いを。残念ながらこの森では視力は役に立ちそうにない。


「臭いだけで分かるんですか?」

「俺には分かる。普通の人間じゃないからな」


 オウカは暗闇の中、剣を抜いて見えぬ地面に一気に飛び降りた。

 地面に着地すると、湿った地面がぬかるむ。

 オウカは風の流れてくる方向と、微かな足音や物音、声、息などを聞き逃すまいと聞き耳を立てるが……どうやら一方向だけではないらしい。

 後から、サクラも木にしがみつきながら、ゆっくりと降りてくる。


「どういう状況ですか?」

「囲まれている。何らかの方法で、つけられたらしい」

「そうですね。こんな北も南も分からない森だからと言って、木を何本も何本も叩き斬っていたら、そりゃー気づきますよねー」

「……迷子にならないためには、こうするか、誰かに手を繋いで貰って行動しろと言われて」

「はい。偉い子ですね。でも、傷をつけるか、枝を折る程度でいいんですよー? バカみたいにガンガン斬る必要ないんですよー?」

「斬っていると楽しくて、つい」

「つい? ついですって!? あなたの『つい』は加減を知らないから嫌なんです!」


 暗い森の中といえども、彼女が青筋を立てて怒っているのだけは分かった。

 こういう部分は、“あいつ”を連想させない。

 いや、彼女もそういえば、加減を知らないオウカにため息を吐いていた気がする。

 だが、オウカは気にしない。


「さて、どいつから殺そうか? こんな森まで追いかけてくるんだ。歓迎せんとな」


 オウカは剣を構えた。

 ここから回るように剣を振り、風圧で全ての木をなぎ倒せば、一気に壊滅させられる。

 生き残った人間は実力者なので、そいつと戦えば楽しめる。

 だから、オウカは剣を振ろうと構えた。


『そこにいるのは知っているぞ! 元・勇者のオウカ!』


 突如として、森の中で大きな男の声が聞こえる。

 太くて、低い、嫌な声。


『すでにこちらでは人質を預かっている。精神の幼いことで有名なお前に、とっても嬉しい出会いをさせてやる! がはは!』


 大きな声で不快な笑い方をする男の声に、オウカは真っ先に斬り殺したくなった。

 方角は分かっているのだ。

 気分が悪いので、真っ先に殺すことに決めたオウカだったが、剣を振ることはできなかった。


『さあ見ろ、君のお友達の盾だ』


 オウカはあまりにも恐ろしい光景に、動揺し、後ずさりを始めた。


「盾って……動物を括りつけただけじゃないですか!」


 四方八方の木々に登っている男たち。

 その男たちは、それぞれ、子犬、子猫、ウサギ、魚を木製の板にロープで縛り付けていた。


「バカな……あんたらは人間じゃない!」

「いや、それをあなたが言うのですか?」


 サクラは、「こいつは何を言っているのだ」と言いたげな顔で、オウカをジト目で睨みつけた。小さな声で、でも共感はするとも言ってはいる。一応、動物だから見捨てるみたいなことはないようだ。


『お前が勇者だともてはやされていた頃、任務を失敗したよなァ!?』

「……やめろ」

『ただの子悪党が子猫を人質にとった。それだけの理由で、貴様はベソをかきながら、逃げ帰った! 世間では語り草だ!』

「……やめてくれ」


 力なくオウカは呟いた。

 あの敗北だけは、オウカが未だに心の底で悔いても悔やみきれない敗北となった。


『一度は歴代最強の勇者と言われておきながら、そんなに脆い精神だとは笑わせる! 貴様が勇者を降格させられたのも頷ける!』

「違う。違うと思う。……違うよな?」

「違います。あなたの場合は愛国心の欠片たりとも持っていないから、降格されたのが公の事実です」

「だよな」


 とにかく、オウカにとっての事実は、人質をとられたために戦うことができない。

 好きなものを人質にとられて、誰が傷つけることができようか。

 ただ、


「お前は違う。死ね」


 オウカは一人だけ、魚を盾にしている男がいる方向に剣を振ると、巨大な風の砲弾となり、木も人も、全てを吹き飛ばした。

 盾を持った男の悲鳴が森の中で木霊する。


『貴様!? それ以上動くと、貴様の大好きな動物が死ぬことになるんだぞ』


 残った男たちは、必死に暴れる犬や猫たちの首筋にナイフを突きつける。


「くっ……降伏だ」


 オウカは剣を地面に突き刺して、抵抗する意思がないと、ぬかるんだ地面に膝をつける。


『そうだ。それでいい。平和のために死んでいけ!』


 男の不愉快な声が聞こえ、オウカは今すぐに斬り殺したい衝動に駆られたが、少しでも動こうものなら、ナイフがよりいっそう、嫌がる動物たちに近づいていく。


「バカなんですか?」


 人質がいるこの状態で、サクラは冷たい一言を言い放つ。


「バカって、なんだ」

「だって、バカでしょ? あれだけ殺す殺す言っている人間が、ペット相手に何もできずに降伏するんですから」

「あんたは俺が、人間が人質にとられた時、どうすると思っている?」

「どうせ人質ごと殺すんでしょ」

「よく分かったな」


 諦めたようにサクラはため息を漏らした。

 そして、彼女は何かが飛んでくることに気づいたのか、その場で大きく跳躍する。

 オウカは首を少しずらして……飛んできた矢を躱した。

 どうやら敵は一人や二人ではないらしい。


「あーもう! わたしは何としても王城に行かないといけないんです! あなたがワガママ言うなら、わたしだけでも戦います!」


 彼女は細剣を鞘から抜く。

 確かにいい剣ではあったが、構え方がおかしい。

 突きを主体とする細剣を、まるで大きな剣を構えるような持ち方。

 だが、オウカは驚きのあまり、目を見開いた。


「あんた、その構え方は……」


 それは、世界で扱える人間が二人しかいない剣技。

 オウカと“あいつ”の二人で磨き上げ、作った剣技の構えによく似ている。


「さあ! 古に咲いた、幻想の花を名に持つ者、サクラがお相手いたします!」


 彼女はオウカのように、名乗りをあげた。

 単純にオウカの真似とも思えなかった。

 そもそも、オウカとサクラは古代語で同じことを意味する。

 この幻想の花は、もう世界中のどこにも存在しない、世間の誰もが名すら忘れさられた名だというのに。


『よし。女のガキ一匹では何もできまい。獣人(コボルド)どもを解放しろ』


 コボルド。

 人のように二律歩行し、人のように手で武器を持ち、そして、獣のような聴覚、嗅覚、身体能力と鋭利な爪を持つ……設定を与えられし者。

 オウカからすれば、人質にされていたら真っ先に殺すタイプ。


「殺さないと、あんたが殺されるぞ?」

「ヘタレは黙っててください!」

「おい。……傷つくぞ」


 彼女は細剣をしっかりと握りしめ、コボルドたちが、この光届かぬ深い森のどこからやってくるか、警戒を始める。

 最初に剣を振るったのは、サクラだった。

 確かにこの闇の中、神経を研ぎ澄まし、索敵を行ったのだろうが、残念ながら彼女が大きく振るった剣は虚空を斬る。


「……いや、これは」


 サクラの剣技は、オウカのものにそっくりだ。

 いや、そのものだと言ってもいい。

 だが、彼女の剣技は、オウカのそれそのものであるがゆえに戦えない。

 形こそ、基礎を積んで応用までも完成された剣技ではある。

 だが、彼女の一振りは大きなズレが生じている。

 まるで、つい先ほどまで両手剣を使っていたのに、突然軽い細剣に持ち替えたように不自然なほど動作がバラバラになっていた。

――グルルル

 果たして、サクラが攻撃した方向だけは間違っていなかった。

 闇の中から、コボルドが大きな狂犬のような口と硬い毛に覆われた巨体が姿を現した。

 その口からはひどい臭いを発する唾液と、手には一般の人間では両手で持ち上げることすら困難な大斧を、オウカのように軽々と片手で持っている。

 コボルドの斧が振り下ろされ、サクラは巨大な斧を細剣で受け止める。

 ガチンッという鼓膜を破壊しそうなほどの轟音と、あまりの衝撃で、森に敷き詰められた葉の地面が舞い上がる。


「あんたの剣技は武器の問題と、それからブランクがあるな」

「冷静に見てないで助けてください」

「何年振るってない? 前の剣は捨ててしまったのか?」

「いや、だから助けろゆーてるんです!」


 オウカは動けなかったが、彼女に向けて剣を投げた。

 見てみたい。彼女が剣を振り、敵を圧倒するその姿を。

 その一心だけだった。


「剣に巻きつけた猫の人形を失くしたら殺す」


 剣は数回回転すると、地面に刺さる。


「あーもう! 自分の力で戦えってことですか!?」

「だって」

「『だって』じゃないです! もう、あなたなんて頼りません!」


 サクラは細剣でコボルドの大斧を弾き飛ばすと、服が汚しながらも、オウカの剣まで転がった。


「これが……勇者の剣ですか?」

「俺のは影打ちだ。実体のない影にしか過ぎん」


 サクラは敵を目の前にしているにも関わらずゆっくりと剣を引き抜いた。

 オウカには、サクラが華奢に見えたが、彼女は身長ほどある両手剣を難なく剣を片手で持ち上げた。

 やはり、彼女の元々の得物は両手剣。

 それも――


「この剣を持つと、しっくりきます!」


 サクラは素振りの感覚で剣を数回振るう。

 利き足を軸に回転を交えた剣技。

 もはや、間違えようがない。

 彼女は……オウカと同じ剣技の持ち主だ。


「行きますよ!」


 剣を手にしたサクラは細剣を捨て、コボルドに向けて剣を振った。

 凄まじい風圧がコボルドを襲い、獣人は風圧に抗い、辛うじて立っている。

 だが、サクラはかなり余裕を残しているように見える。

 彼女はすぐさま、剣を地面に刺して、剣を軸にして身長の倍ほどあるコボルドに回し蹴りを浴びせる。


「ギャン!?」


 コボルドは甲高い悲鳴をあげて倒れた。

 顔が潰れていないあたり、かなり加減したのだろう。


「なんだ。殺さんのか?」

「ヘタレは黙っててください!」

「…………」


 オウカは心無い言葉に落ち込んだ。

 そんなオウカをよそに彼女は戦いを続ける。

 彼女は、犬を人質にとっている男の一人がいる木に垂直に走る。

 木の上にいる男は慌ててナイフを犬に突きつけるが、彼女は垂直状態で跳躍し、剣の柄で男を殴り飛ばした。

 男はそのまま吹き飛ばされ、木にぶつかり、そのまま枝の上に倒れる。

 当然、盾にされていた犬は木から落下することになるが……彼女は、空中で犬をキャッチし、難なく地面に着地した。


『貴様! それ以上動けば、こいつらの命はないぞ!』

「ふざけるな! もう動くな! このオーク! ゴブリン! 悪魔!」

「敵側に回らないでくださいよ、オウカ……」


 オウカは後悔していた。

 少し剣を貸してみたら、ここまで大暴れするとは。


「どうせ、あなたたちには人質を殺しはできません。いえ、意味がないことを知っているのでしょう?」

『……なぜ言い切れる?』

「死んでしまえば、オウカが大暴れしちゃいますからね」


 サクラは剣を勢いよく地面に刺すと、衝撃で辺りが揺れた。

 惜しむらくは、彼女が持っている剣技は、細剣の持ち味である柔軟な戦い方との相性が悪い点だろうか。

 だが、オウカの使う剣もまた、体格とあっていない。

 オウカの剣をサクラが使っても、動きにキレがないのだ。


「もう、あなたたちに勝ち目はありません!」

『なら、俺様が相手をしてやろう』


 その言葉と同時に、何度も何度も地響きが起こる。

 オウカが振り向くと、そこにはオウカの倍はある身長の男が立っていた。

 山のように膨れ上がった腕や足の筋肉。

 ナノマシンによる肉体改造の成果だろうが、ここまでの肉体改造は命のリスクまで考えられる。


「あんた、そこまでして俺を倒したいか?」

「ああ。俺様は“ゼロ”に作られた、お前を殺すことに特化した錬金術生物ホムンクルスだからだ」

「ゼロだと!? あんたもゼロから作られたのか!?」

「そういうことだ。つまりはキョウダイってことだな」


 忌まわしき名もまた、三年振りに聞くことになろうとは。

 ゼロ。

 それは、ホムンクルスという人工の生物たちを作り出し、この忌まわしいリアフィース帝国の秩序を作り出した、悪魔。

 そして、オウカと“あいつ”を作り出した、本物の魔王。


「あんたがゼロから作られたホムンクルスだったとしても、あんたにキョウダイ呼ばわりされる覚えはない」

「確かに俺様は貴様とは違うホムンクルスでな。俺様は産まれた時から対オウカ用に特化したホムンクルスだ」


 つまりは、オウカを殺すこと以外に産まれた意味を知らない。

 オウカは哀れにも感じたが……何よりもうらやましく感じてしまった。

 この男には産まれた意味があり、それだけを信じることができる。

 オウカには……憎しみをぶつけることも、復讐も、そして、大事な人の願いを無視して、ただただ剣技を磨くことしか頭になかった。


「あんたは、俺を殺したらどうなるんだ? 幸せになれるのか?」

「幸せになれるに決まっているだろう。たんまりの金が俺様を待っている。俺様はお前や王女のような失敗作のホムンクルスとは違う、選ばれたホムンクルスだ!」

「貴様。言わせておけば――」

「とうッ!」

「ぐはっ!?」


 巨漢は、サクラが顔面に向けた跳び蹴りの前に、一撃で倒れた。


「何が同じ存在ですか!? ホムンクルスとして産まれて、人間としての生き方を奪われなくちゃいけないんですか!? ええ!?」


 サクラは何度も何度も横たわった巨漢を蹴るが、反応はない。

 気絶したようで、サクラの実力であれば、殺すことまでできるのであろうが、かなり加減されているのか、巨漢は腕やら足やらにブーツに付着した泥が付くだけだった。


「わたしたち、ホムンクルスだって生きているんです! お前なんかに、失敗作呼ばわりされたくねーです!」

「……あんたもホムンクルスだったのか?」

「そうです! わたしは今年で三歳になります、よッ!」


 彼女は怒り混じりにガシガシと蹴り続ける。

 この男がそんなに嫌いなのだろうか。


「あんたも“ゼロ”から作られたのか?」

「わたしは! ゼロじゃなくて! お母さんから作られましたっ!」

「……少し待て。やめろ。聞きたくない」


 オウカの小さな声は、興奮する彼女には全く聞こえていないようで、ひたすらに蹴り続けるのだった。


「わたしのお母さんは“ゼロ”に運命を翻弄されたんです! お母さんは自らの肉体をわたしに分け与えたんです!」


 オウカは聞きたくないと、耳を塞いでいるが、彼女は全くオウカのことに気づいていない。

 おまけに興奮して声を荒らげるせいで、耳を塞いでも全く効果がなかった。


「わたしの母の名は、マチルダ・ド・ノーブル・リアフィース! リアフィース帝国王族の血を持つホムンクルスを汚した罪、母に代わって復讐します!」


 オウカは、目の前が真っ暗になった。


「あんたは……もうこの世界にいないのか……」


 聞きたくないという言葉を無視し、彼女は真実をぶちまけたのだ。

 覚悟していたのに、悲惨な末路は予測できたのに。


「マチルダ……マチルダ……もう、会えないのか……」


 なぜだか、自分が他人事のように思えてきて、流している涙も、自分のものだと判断できなかった。

 改めて、大事な人の死を思い知ると、オウカは処理しきれない脳が、強制的に思考を停止させるのだった。


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