闇に堕ちた勇者2
シェルトからすぐにある辻馬車の駅に着いたオウカとサクラは、金を払い、スフィア領の辻馬車に乗り換えて、帝都へと目指す。
何両もの馬車と、何頭もの馬がスフィア領に向けて、キッチリとした列を作る。
馬車での旅は、距離のある場所に対して、距離や荷物によって体力を奪われることなく移動できる上に、馬車で睡眠を取っているうちに目的地に着くことができる効率の良い交通手段だった。
オウカは馬車の小さな小窓の向こうで黙々と歩く馬を見ていた。
馬に関しては嫌いではないが、好きでもない。
リアフィース産の馬は毛が硬いし、大きいのでかわいくない。
だが、馬肉なら好んで食べる。
なので、好きでも嫌いでもない。
『馬は慎重に選ぶのだ。騎士団では相棒とも言える存在だからな。初めて見た時に惚れた相手がいいだろう』
オウカはそう言ってきた、あいつに、相棒はこの世に一人しかいないと言うと笑われたのを思い出した。
「オウカ、どうして笑っているんですか?」
「いや。懐かしいことを思い出してな」
「故郷のことや、昔のことばかり思い出すのは、死期が近いかららしいですよ?」
オウカは嫌な気持ちになった。
せっかく、たまには悪夢の中から、いいことを思い出して、ゆったりしているのに、余計な一言でムスッとなった。
「もうあんたとは口を利かん」
「今、利いているじゃないですか」
「今からスタートだ」
「どうしてそんなこと、急に言いだしたんですか?」
「…………」
「はあ、分かりましたよ。機嫌が直ったら言ってくださいね」
オウカは馬車の窓に広がる景色を観ていた。
ゆったりと、ゆっくりと世界が巡っていく。
修羅の道を歩むオウカは、心のどこかで戦うことに疲れていた。
いつか、戦うことから逃げる……いや、解放される日が来たら……こんな世界の外側から傍観していたいとオウカはふと思った。
「お客さん! お客さん!」
突然、手綱を持った辻馬車の御者が小窓から顔を覗かせる。
サクラは御者の慌てぶりに釣られてか、彼女まで慌てながら尋ねる。
「何があったんですか!?」
辻馬車御者が慌てる理由など二つしかない。
一つはオウカのような犯罪者に遭遇した。
もう一つは……
「ここより北東に小鬼の群れです! 観測所からナノマシンでの連絡では、百匹は超えると!」
オウカはフードを被り、そっぽを向きながら言った。
「馬車で轢き殺しながら進めばいいだろ?」
「お客さん、無理ですよ。そんな無茶苦茶」
「ならどうする?」
「進路をイレイザー領へと変更しますので、そこからスフィア領に向かってください。そうすれば、ゴブリンと接触せずにすむ」
オウカは小さな袋から金を取り出した。
リアフィース帝国で扱える通貨、リアス。
だが、イレイザー領は他国の領土になるので、換金が必要になる。
そして、スフィア領に着けば再びリアフィース帝国のリアスに換金しなければならないので、二回手数料を取られる羽目になる。
昨日の襲って来た賞金稼ぎの連中から奪った金も、底が突きそうだった。
「なら俺が殲滅する。それで予定通り進めるだろう」
「待ってください! あなたが強いことは知っています。ですが、世界の真実を知っていても、あなたは戦えるのですか!?」
「あんたと口は利かん」
「まだそれ続いていたんですか……。わたしが悪かったです、不謹慎でした」
オウカは背負った剣を、勢いよく鞘から抜いた。
辻馬車の御者は、オウカの剣を見て、驚きのあまり目を見開いた。
「お客さん、もしかして、あなたは……」
「そうだ。俺は闇に堕ちた勇者だ」
「う、裏切り者め! 早くこの馬車から降りろ!」
「そのつもりだ」
オウカはもはや隠す必要はないと、フードをとり、馬車の天井に向けて、勢いよく剣を振り上げた。
「ああっ!? 良くもうちの馬車を!」
木製の天井は脆く崩れ去り、大きな音で驚いた辻馬車の御者は手綱を手放し、同じく大きな音で驚いた二頭の馬は、それぞれ別方向に逃げようと暴れ始め、馬車は一台だけ列から抜け出して明後日の方向へと走り始めた。
サクラは穴を開けたオウカを見つめながら叫ぶ。
「待ってください! あなたは知っているハズです! 戦えばどうなるか!」
「知らん。道閉ざす敵は、全員殺す」
「もう意味ないんですけどね。馬車から降りたら、もう道閉ざす敵はいないです」
「…………」
「殲滅しても意味がないなら、もう普通に歩きましょう、オウカ?」
確かにその通りだ。
フードも勢いよく外して正体がバレたのでは、もう馬車には乗せてはくれまい。
当初の目的であった、馬車を通常通りの運行にできようが、できまいが、もはや関係ないのだ。
だが、
「俺は、俺が楽しみたいから殺す。世界の理も、目的も関係ない。使命も、何もかも」
「……あなたは、自分のためだけに殺しをするというのですか!?」
「そうだ。俺さえ良ければそれでいい。満たされれば、何がどうなっても構わん」
そう言って、オウカはわざわざ入り口のドアがあるにも関わらず、剣で大きな穴を開けた天井から飛び出した。
そして、面積が狭くなった天井に足を乗せると、きりもみ回転しながら跳躍し、走る馬の前に飛び降り、一気に草原を駆け抜ける。
全速力で走る馬をも軽々と追い抜かし、疾風もが追いつけぬ高速の世界。
そんな超人的な身体能力で、オウカは真っ直ぐに駆け抜けていく。