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死神のオウカ2

 ジューソー草原をしばらく歩いて離れた場所に小さな町がある。

 その小さな町はシェルトという冒険者御用達の町であり、同時に軍隊や騎士団……そして、勇者にされた者の補給拠点となっている町である。

 常に物資を切らさぬよう、日持ちする食料、急に補給の申請が来ても即座に対応できるよう、店舗ごとに連絡網。さらには、街の外にも応援要請ができるよう、店員たちは専用のナノマシンで、来客数を正確に頭の中で把握できるようになっている。


 オウカとサクラはその中でも一番安いパブに入って、食事を摂っていた。

 サクラはやや薄いチーズのスープを、オウカはメニューを上から順番に一つずつ注文していた。

 オウカは黒いフードを被りながら、彼女の食事光景を見ていたが、少量の食事でよく生きていけるものだと感心していた。


「すごい量の食事ですね」

「ナノマシンを体内に入れていた頃の反動だ。ガキの頃は、食事をドンドン摂っていかないと栄養をナノマシンに持っていかれていたからな」


 オウカは机の上に並べられた肉やらチーズなどを次から次へとかぶりついて胃の中に入れていく。

 少しくらい味が薄くても、調味料の加減を間違えていても構わない。

 とにかく栄養さえ補給できればそれで良かった。


「ゆっくり食べてくださいよ。じゃないと身体に良くないですよ?」

「俺が早食いで体調を崩すように見えるか?」

「道にすぐ迷っては泣いていたらしいので。虚弱体質なイメージがあったものですから」

「産まれてこの方病気に罹った経験はない。ついでに言うと、今は二回に一回しか泣いていない」

「威張ることじゃないと思うのですけど……」


 そういうものなのかとオウカは初めて知った。

 そういえば、オウカは買い物一つまともにできず、外出する際には誰かについて来てもらった上に、必ず手を繋いで貰っていた。

 それは普通ではないらしかった。


「とんだアダルトチルドレンですね……」

「……? どういう意味だ?」

「いつまで経っても大人にならないってことです」

「……つまりはどういう意味だ?」


 彼女が何を言いたいのか、オウカにはさっぱり分からなかった。


「わたしもナノマシンを体内に入れているのです。といっても戦闘系のものではなく、情報系のものを」

「情報系はやめておけ」

「はい?」

「脳をいじられるからだ」

「このナノマシンは大丈夫です」

「なぜそう言い切れる?」

「お手製だからです」


 国の研究機関が作り出したナノマシンでないのなら、確かに何かからの情報を無作為に受け取って、誰かの悪意に干渉されることはない。

 だが、ナノマシン技術はリアフィース帝国が誇る最大の魔法である。

 当然、機密情報であることや、人間を飛躍的進化させる超未来技術であることからも、開発できる人間はごく限られている。

 オウカからすれば、その技術は血液にナノマシンを投与し、血液から脳に干渉することができる、危険な代物だった。


「あんたが作ったのか?」

「契約上の機密でお教えできません」

「俺との契約か?」

「ふふ。そうですよ」


 はにかむ彼女は、きっとしてやったと笑っているのだろう。

 だが、オウカはむしろ安堵した。

 もし、彼女が契約を忘れて、あいつの話を始めたら、オウカは耐えられない……とまではいかないが、もし言われていたらと考えると怖くて仕方がなかった。

 だから……そのナノマシンを開発した人物の正体が、オウカにとって大事な“あいつ”のことを示唆していても、違うと信じ込むのだ。

 たとえ、彼女のことを言っていると気づいていても。


「それにしてもこんなお店、初めてです」

「俺も一人で旅するようになってからは頻繁に店を出入りするようになった」

「小さなロウソクの火で照らしながら、ゆっくりと香りと食事を楽しむ……これが旅なんですね」

「俺は血の臭いと戦いの緊張感と相手との命のやり取りを通じた一体感の方が好きだ」


 そう言うと、サクラは怪訝な顔をした。


「食事中になんて話しするんですか!」

「……なぜだ?」

「美味しい食事が、食べにくくなります」

「こんな味付けの薄い料理を美味しい、か」

「美味しいか、美味しくないかは関係ありません。食事中は言葉を選んでください」

「……そうか」


 オウカは落ち込んだ。

 サクラは一応は、気にしたようで話題を変えた。


「そういえば、オウカは戦い以外で何が好きなんですか?」

「毛がふわふわした動物」

「その顔、その性格で動物好き……でしたっけ」


 オウカはゆっくりとサクラの顔へと手を近づける。


「な、なんですか?」


 そのまま、ゆっくりと襟につけられたファーを撫でるように触る。


「こういうのが好きだ」


 と言って、何度も擦るようにファーを触る。


「ちょっと、やめてください! 毛が取れちゃいます!」

「魔王がファッションなんて気にするのが悪い」

「いいじゃないですか! わたしは人間なんですから!」


 しばらく、オウカは毛を触ることを堪能した後、食事に戻る。

 オウカは次に肉の入ったスープにスプーンを通す。

 柔らかく、値段にしては、いい料理だ。この店でようやく美味い料理に巡り会えた。


「そういえば、このお肉、野ウサギの肉らしいですよ。精力がつきますし、すぐに料理や食糧を提供することに重きを置いたシェルトでは、よく利用されているとのことです」

「なにっ!? ウサギの肉……!?」

「どうしたんですか!? 目を白黒させて!?」


 オウカは堪えられなかった。

 自分の好きな動物を食べていたという事実に。

 脳裏にオウカによって毛を剥がれ、肉塊になっていくウサギの猟奇的な光景が映る――

 ショックのあまりオウカは、そのまま倒れてしまった。


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