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オウカとサクラ5

 中庭で夜風がオウカを撫でる。

 空を見渡せば、満月が煌々と輝き、夜の闇を照らす。

 女給がいそいそと机と椅子を運び、机の上にロウソクを立てて、火を灯す。

 メランダは一言だけ礼を言うと、椅子に座り、本を開いた。


「こんな日はいいねえ? 外で本が読める。寒いのが玉に瑕だがねえ」

「明るいと暗殺がしにくい。寒いと動きが鈍る」

「んふ。君ぃ、常識知らずが常識を語るなよ。相手は悪条件ほど燃えるタイプだ」

「なぜだ?」

「この日を指定してきたからさあ」


 わざわざ分かっていて、この悪条件を選んだとでも言うのだろうか。

 相手に合わせてハンデをあげたくなる気持ちはオウカにも分かる。

 なぜなら楽しいからだ。


「理解できません……あなたのこと」


 サクラもまた、無視ができないようで、中庭にいた。

 殺しも、殺されるのも否定しているがゆえに、だろうか。


「今回はあんたが戦え」

「……正気ですか?」

「正気など初めからない」


 サクラは首を横に振った。


「嫌です! 誰も殺したくありません!」

「あんたの剣技を完成させるには、実戦しかない。あんたが戦わなければ――」


 オウカは剣を抜いてメランダに切っ先を向けた。


「あいつが死ぬだけだ」

「それは……!」

「あんたは食事を摂る。その度に生き物が死んでいる。だが食わなければ死ぬ。あんたの言う生は、死という矛盾の上になりたったものでしかない。生と死は相反するようで、共存している」


 何も言い返せなくなったサクラは、そのまま黙ってしまう。

 本を読んでいたメランダは、本から視線をずらさずに口を開く。


「真理だねえ。サクラちゃんが死を否定してワタクシを守らなければ、死ぬ。それを否定するのかなあ?」

「それは……でも、殺すなんてあんまりじゃないですか」

「んふ。だから、人という矛盾じゃないか。生と死は永遠のテーマだと思うよ」


 メランダは闇夜の中で、真剣な表情で喋る。


「そう。死んでいい人間も命もないさ。我々はそういう風に教育される。でも生きるためには命を奪う必要がある。食べること、脅威を排除すること。多くの死の上に立っている」

「だからといって、オウカやマリー・ジューンのような人間は……!」

「うん。彼や彼女は、食物連鎖も、縄張り争いから外れた不自然な考え方だねえ。自然の摂理から外れた彼らのようなものを人は“魔物”や“怪物”と呼ぶんだろうねえ」


 オウカを挑発するように笑うメランダだが、特には言い返す気にはならなかった。

 ホムンクルスであるために、人間ではない、不自然な存在。

 そんなことをとっくに分かりきっているオウカには、今さら言われたところでなんとも思わなかった。


「あんたに選ぶことができるのは、誰が死ぬかだけだ。メランダか、マリー・ジューンか、あんたか、あるいは俺かもしれん。殺したくなければ誰を殺すか選べ」


 サクラは苦虫を噛みつぶしたような表情になると、そのままそっぽを向いてしまった。

 オウカの言うことは、彼女の正義感を徹底的に否定するものだ。

 それでも、オウカからすればそんなちんけな正義感を捨てて欲しかった。

 彼女なら……マチルダなら間違いなくオウカと一緒に戦ってくれただろう。

 しかし、彼女には、マチルダの肉体と記憶を引き継いだはずだというのに、そんなオウカの想いなど、一つも理解してくれてはいないことが寂しかった。

 だからこそ、今はそんな寂しさを忘れさせてくれる快楽が欲しかった。


「まだ来ないのか? 楽しみで待てん」

「君ぃ。読書しているから黙れよ」

「サクラ。あんたの剣技だが」

「ふーんだ」

「……分かった。黙って暇を潰している」


 よりいっそう、寂しさを増したオウカは、とりあえず地面に生えている雑草を一本ずつ抜く暇つぶしを始めたが、メランダから庭を荒らすなと苦情を言われたので、雑草を一本ずつ数える作業を始めた。

 それよりも、庭を荒らさずに戦うことなどできるのだろうか。


 三角座りで一本一本、雑草を数える。

 当然、似たようなものばかりなので、何度も初めから数え直したが、やっとのことで千本目に到達し、一休憩のために立ち上がって、周りを見る。サクラは鞘にしまった細剣を大事そうに抱きかかえ、メランダは読んでいる本が二冊目に到達していた。

 オウカは満月を見上げ、敵の襲来を待った。

 今回は自分が殺し合いに参加するわけではないが、オウカは戦いが起こると考えれば、少年のようにワクワクした。

 そして、風が吹くと、よりいっそうオウカを興奮させた。


「血の臭いだ」


 それも、新しい血の臭い。

 おそらくは警備の者がやられたのだろう。

 屋根の上、輝く満月に重なるように黒い影が現れる。


「正面突破か。気が合うな」


 黒い影に同類のような親近感を覚えて声をかけると、影は首を振った。


「いやぁ、それが道に迷っちゃってさ」

「そうだったのか」


 人違いだと判明し、オウカは本物のマリー・ジューン捜しに行こうとしたが、サクラに止められた。


「普通、道に迷った人間が屋根の上になんて上りません!」

「俺はよくやる」

「あなただけですよ!」


 逆光で、姿の分からない暗殺者は、屋根から飛び降りた。

 そして、満月が照らす闇の中から、暗殺者は姿を現した。


「さっすが! マリーちゃんの巧妙な嘘を破るなんて、実力者だ!」


 ケタケタ笑う女を相手に、サクラは鞘から剣を引き抜くと身構えた。

 対してオウカは、剣も持たずに見ているだけだった。


「うひょひょひょ! かわいい女の子じゃん! 今回のおもちゃは君?」


 長い髪に、鈴のついた髪飾り、どこかの伝統ある民族着なのか、袖が極端に長く、広がっている服。

 暗殺者にしてはあまりにも目立ちすぎる格好に、オウカは期待を寄せた。

 黒で身を包み、闇に溶けるオウカとは違い、あえて闇の中で目立つ格好をすることで、注目を集めているような。

 暗殺という一つの仕事に対し、注目を集めて難易度を高めようとしているような、そんな印象を受けた。


「んふ。六月のマリー・ジューン。夏の厳しい日差しのように猛烈な戦い方を行い、陽がさしているにも関わらず、雨が降る矛盾を体現した存在。メルキア同盟連合国出身、最強の暗殺者だってねえ」

「あれえ? マリーちゃん、有名人? 感激ィ!」

「君が発表した恥ずかしい自己紹介文じゃないか。そんなことよりも帰れ」

「そーゆーわけにはイかないぜ? 王城に領主さんが用意したお客さんがいっぱい来ちゃったから、もう帝国さんはプンプンよん」


 話し方の統一性が全くないマリー・ジューンに、メランダは珍しくイライラしているようだった。

 そして、彼は毛布を肩までかけた。


「君の言葉を聞いていると脳みそが溶けちゃうんでねえ。寝る」


 そう言って、メランダは暗殺者を目の前にして寝るという暴挙に出た。

 繊細なのか、策士なのか、大胆なのか、剛毅なのか。

 少なくとも、オウカが分かったことは、マリー・ジューンよりもメランダの方が厄介で、“自分”というものを掴ませようとしない存在に思えたが、彼の弱点が判明した驚きだった。


「ま、ターゲットが寝ちゃったし、遊んじゃおう。ね? ね?」


 マリー・ジューンは文字通り、両腕の袖を振ると二本のナイフを握っていた。

 持ち手までもが満月でギラギラと光る鋼のナイフ。


「怪物さんと、そこの生娘さん。殺していいですか? 邪魔されそうだから殺した方がいいですよね? 殺されちゃってくださーい!」

「あの、オウカ? わたしも頭が痛くなってきたんですけど……?」


 確かにメランダの言う通り、この好戦的な性格はオウカとよく似ている。

 奇怪な態度は似ていないと思うが。


「あんたを殺してみたいのは俺も同じだ。だが、今回楽しむのはこのサクラだ」

「なんというか、あらゆる意味で戦いたくないのですが……」


 サクラは渋々剣を構える。

 構えも新しいものに変え、今までの重量のある剣ではなく、軽量の剣に、振りと突きを主体とした技。

 これであれば、オウカやマチルダとは違う戦い方ができる。

 後は、実戦の中で扱いこなせるか見るのみ。

 幸い、基礎も応用も固まっているため、残りの矯正はひたすら素振りを行い、剣技の修正をかけるだけですんでいるとオウカは考えている。


「ひゃっはー! 夏の日差しは、私の証し。ドラゴンが笑えば、大安売りの日。殺しの腕は超一流。ヤル気元気暗記。六月のマリー・ジューンちゃん、いざ戦闘開始ィ!」

「あの……意味が分かりません」


 腕を交差させてナイフを構えているマリー・ジューンを相手に、サクラは困惑した表情で相手を見つめていた。

 剣技はともかく、性格上で相手と噛み合わないようだ。


「相手が口上をあげたのなら、口上で返すのが筋だ」

「えっと、サクラです。古代の花の名前と同じです。以上」

「もっとヤル気を出せ。失礼だろう」


 そうこう言っている間に、暗殺者は人差し指と中指にナイフを挟み、大きく振りかざす。


「そいじゃあ、ちょい腕試しで遊びましょう!」


 マリー・ジューンは笑いながらナイフを寝ている相手に投げた。


「あーもう! やりますよ!」


 サクラは文句を漏らしながら、負けじと細剣を振って、ナイフを弾き飛ばす。

 オウカの教育による賜物か、彼女の剣技は重い両手剣を嵐のように振る剣技から、しなやかで風を指揮するような剣技へと見事に変わっていた。


「おっほぉ! やるねえ。じゃあ次」


 マリー・ジューンは試すような口ぶりで袖を振ると、また新しいナイフを握る。


「大量のナイフを隠し持つ暗殺者か。中々戦える相手じゃないぞ」

「見ているだけじゃなくて、なんとかしてください」


 サクラは相手に後れを取っているわけではなかったが、相手を殺したくない気持ちと、誰も殺させないという迷いの元で戦っているように見えた。

 いや、オウカにはない考え方、誰も殺さない信念というものだろうか。


「はい、次ぃ!」


 マリー・ジューンは興奮したように二本のナイフを投げようとするが、サクラが迫ってきたために、ナイフで剣を受け止めた。

 鍔迫り合いが始まる中、マリー・ジューンは笑っていた。


「ヤル気元気暗記できてきたぁ?」

「意味分かりません! でもあなたを撤退くらいは……!」

「できてるじゃーん! 戦うヤル気と元気、戦う理由の暗記!」


 マリー・ジューンは笑みを浮かべながら、片方のナイフで剣を受け止めながら、もう片方のナイフでサクラを刺そうと振り下ろす。

 サクラはそれを回転で躱して、一閃。

 その一撃をマリー・ジューンはしゃがんで躱すと、近距離にもかかわらず、ナイフを投げ、サクラはえび反りになって躱す。


「やるじゃーん。いい奴ほど死にやすいけど、お前、割と長生きできるかもね!」


 マリー・ジューンは大きく跳躍すると、両腕を振って、全ての指と指の間にナイフを挟む。


「それじゃあ、ちょい本気で殺してみよう!」


 空中にいるにも関わらず、マリー・ジューンは計八本のナイフを指に挟んだ状態で振りかぶる。

 満月と重なる戦う姿は、まさに芸術。

 正面衝突を行ってきたり、わざわざ相手に加減を行いながら戦ったり。

 彼女の戦いに対する姿勢に美学のようなものをオウカは感じていた。


「これを捌けたら一歩成長! そぉれ!」


 八本のナイフがサクラを襲う。

 だが、彼女は剣を構えはするものの、逃げ出しはしなかった。


「どういうつもりか知りませんけど、この程度!」


 サクラは、降り注ぐ八本のナイフを高速の突きで全て弾き飛ばした。

 周辺で火花が散り、ナイフは四方八方へ飛ぶ。

 そのうちの一本はオウカに飛んできたが、それを指で挟んで受け止めた。


「サークーラーちゃん! すんごいねえ、感動しちゃったよ」

「……何がですか?」

「殺さずの美しさ。尊さ。マリーちゃん大感動!」

「暗殺者に褒められても嬉しくないです」

「そうだよ。この世界は踏み込んじゃいけない。殺されても、悲惨な結末を迎えても文句を言えないから」


 真剣なのか、おどけているのか、全く分からない笑顔で、マリー・ジューンはサクラにではなく、オウカに向かって言った。

 サクラは気味が悪いのか、顔を少し歪める。


「マリー・ジューンちゃんの暗殺は殺し合いをするつもりがあるものだけの限定商品! 怪物さん、お入りなさい!」

「いいだろう。買ってやる」


 オウカはそろそろ限界だった。

 これほどの実力者に、殺しの美学を持つ者。

 それを目の前にして、殺さずにはいられなかった。


「どけ、サクラ。役立たずは下がっていろ」


 殺さずなど、オウカからすれば弱虫の考え方だ。

 だから、オウカは冷たく言い放つ。


「……はい」


 サクラは言い返すことなく、剣を鞘にしまって後ろに下がった。

 オウカの言葉で目を伏せたような気がしたが、これほどの好敵手相手に失礼を働くサクラを許せなかった。


「一番、分かってないのは怪物の方だったね!」

「……どういう意味だ?」

「彼女は私たちとは違う世界で生きている。私たちのセンスと彼女のセンスは、思想も美学も異なるということさ」


 マリー・ジューンは空を見上げる。

 殺しに快楽を感じる狂人だからこそ、憧れる世界。

 それを見つめるように。届かぬ空に手を伸ばしても、掴めぬ場所。

 やはり、オウカとこの女には共通点が多すぎる。


「んじゃ、始めちゃおう! 世界最悪の災厄、元・勇者のオウカクン!」

「ああ。幻想の花の名を持つ者、オウカ。その名を抱いて、ここで散れ」


 オウカは剣を引き抜き、大きく跳躍すると、マリー・ジューンは、大量のナイフを扇状に持ち、オウカ目掛けて投げつける。


「やっと本気で戦うか!」


 オウカは剣で自身を貫こうとするナイフを弾き飛ばしながら、マリー・ジューン目掛けて剣を振り下ろすが、マリー・ジューンもまた大きく跳躍しながら、再びナイフを投げてきた。


「さっきのは小手小手調べ。今回のは獣同士の大乱闘!」


 オウカは投げられたナイフを躱すため、回転しながら跳躍した。

 何本ものナイフの雨の中、隙間をくぐるように、針の穴を通るかのような動きで、身体にはかすり傷一つない。


「というわけでマリーちゃんの牙、見せちゃうよん! ガオー!」

「あんたの牙は強烈だな。牙がなくなるまでは、な」

「ところがどっこいなくならないんだなあ、これが」


 マリー・ジューンが両腕を振ると、またもやナイフが扇状に広がる。


「牙はまだまだあるよん。お前の血と肉をしっかりと味わう強烈な歯がねえ!」

「そうか! 俺もあんたの血と肉を味わいたい!」


 オウカがマリー・ジューンに向かって走ると、またもや敵は逃げながらナイフを投げてくる。


「あんたの戦い方はそれか。なるほど、面白い!」

「そうよーん。自分の身が安全な場所から一人、一人と殺していくよーん」


 正々堂々さと、卑怯を入り交えたスタイル。

 正面衝突を行いながらも、暗殺者として正しい戦い方は崩さない。

 面倒になったオウカは、剣を両手で持って、一気に振り下ろした。

 飛んできたナイフは次々と速度を失い、バラバラと崩れるように落ちていく。


「なっ!? 衝撃波ってやつー!?」


 マリー・ジューンは吹き飛ばされ、投げ出されたように宙に舞う。


「終わりだ」


 宙に投げ出されたマリー・ジューンに対して、低く、心臓を射抜くほどの声を浴びせる。

 そして、何度目かの跳躍をすると、オウカは宙にいるマリー・ジューンに急接近する。


「させないってーの!」


 オウカの剣を相手にマリー・ジューンはナイフを両手に握りしめ、空中に投げ出されているにも関わらず、ナイフ二本でオウカの剣を受け止める。

 両手剣とナイフによる鍔迫り合いが起きるが、サクラとは違い、その程度ではオウカの猛攻は止まらない。

 オウカは、空中にいながらもナイフを弾き飛ばした刹那――

 オウカによる袈裟斬りはすでに、終わっていた。


「中々歯ごたえのある血と肉だったな」


 ぐしゃりとマリー・ジューンは地面に落ちた。

 紅い雨が降る。

 敵との一体感。

 久しぶりの強敵との戦いにオウカは震えた。

 これほどの相手と時間を共有できたこと、相手を打ち倒せたことに。

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