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死神のオウカ1

 風が吹き抜け、辺り一面に広がる血の海の臭いを遠くへ運んでいく。

 血の主は、全て一人の男を抹殺するために選ばれた先鋭部隊だった。

 だが、彼らの最新鋭の錬金術を利用した兵器類も、たった一人の男の、たった一本の剣にはまるで歯が立たなかった。

 黒い服に、黒いマント、黒い髪。まるで吸血鬼(ヴァンパイア)を連想させる出で立ちと、それらに不釣り合いな紺碧の目。

 男の名前はオウカ。

 元・騎士団副団長にして、自身の所属していた騎士団を一人で半壊まで追いやり、そして、多くの人間を死へと誘う死神として指名手配され、その首を多くの懸賞稼ぎ(バウンティハンター)に狙われるようになった男。

 その懸賞金額は凄まじく、魔物討伐ギルドであるにも関わらず、人間のオウカを討伐する手配書が必ず一番に来るほどの怪物(ビースト)それがオウカだった。


 オウカは久しぶりの戦いに興奮と、終わった後の空しさを感じていた。

 幼少時代に行われていた、リアフィース最高峰の錬金術であるナノマシンによる、脳に与えられた幸福感と関連付け。

 オウカはその教育もあって、ナノマシンが停止した後も戦うことに喜びと、競技のような競争性を戦いの中に感じるようになっていた。

 即ち、作られた怪物。

 自身の感情ですら、幼少時代から作られたモノだと理解していても、全てが偽りだったと知っていても、彼は戦いに喜びと、戦うことで自分が剣の世界において、頂点を目指している実感だけが彼にとっての全てだった。

 彼の剣は獰猛な狼の牙や、リアフィース帝国の脅威であるオークやゴブリンなどといった魔物たちが持つ牙よりも凶暴で、残虐だった。彼の握る剣は、軸足を中心に回転を取り入れた嵐のような剣技。

 敵対する者には死を、敵対しなくても実力者であればその実力を吸収するために死を与える。

 世間では彼を、その黒い出で立ちから、『死神のオウカ』として、人々は魔王と等しい脅威として震え上がったのだ。


「弱い相手ばかりだと、修行にならん」


 彼は一言吐き捨てるように言うと、彼の長く太い両手剣の血を布で拭う。

 ガッカリして、ため息と混じって独り言までもが漏れてしまう。

 錬金術を使った剣が主流になりつつあるにも関わらず、オウカは、鉄の棒のような剣を愛用している。

 無骨さの裏腹に一流の鍛冶屋が作った、世界最高峰の剣……その影打ちの一本でもあり、オウカの大好きな猫の人形が持ち手に紐で結び付けられていた。

 無骨さと高級感と禍々しさとファンシーさに、幾度となく彼は「似合わない」との評価を貰った剣である。

 人形の無事を確認したオウカは、続いて死んだばかりの男たちを見下す。

 ジューソー草原で横たわる遺体の数々をまさぐり、金目の物はないかポケットや、巾着袋に手を突っ込んでは、戦利品を自分のポケットに入れていく。


「賞金稼ぎのビギナーか。道理でつまらん」


 やはり、ため息と一緒に独り言までもが漏れた。

 つまらない相手に、つまらない一戦。

 せっかく殺しても、金もない。

 めんどくさげにオウカが街にある小さなパブに向かおうと立ち上がった時、冷たい風が草原を吹き抜ける。

 立ち上がったオウカに、風と共に何かが鼓膜を揺さぶる。


(くしゃみか?)


 小さなくしゃみが聞こえた。

 誰かいるのだろう。


「に、にゃー」


 その鳴き声に、紺碧の目を爛々と輝かせた。

 オウカは、かつて恋人であった女性に散々猫や犬などが好きで、城に連れ帰っては怒られるほどの動物好きだった。

 オウカは三歩駆けると、猫の声がした巨岩へと跳躍した。


「ひっ!? 見つかった!?」

「人間か?」


 岩の下を見下ろせば、怯えた表情の少女がオウカを見上げていた。

 オウカと同じ黒いマントだが、最新のファッションなのか、動物の(ファー)が襟につけられており、髪は淡い赤みがかったプラチナブロンドを、三つ編みにして束ねている。

 このリアフィース帝国ではありふれた普通の少女。


「猫じゃないのか」


 自分の大好きな猫がおらず、ガッカリしたオウカは、ため息をついた。

 だが、彼の目には、すぐに少女の腰へと移った。

 そこに携えられた細剣(レイピア)を。


「あの……なんですか?」

「あんたは剣士か?」

「え? 剣技は母から学びましたが」

「なるほど」


 オウカは先ほどの動物愛好家ゆえの愛から、狩猟本能とはまるで無縁の残虐さを増していく。

 即ち、人間を殺す、シリアルキラーとしての本能を全開に。


「なら、話は早い。一戦、交えるぞ」

「はい!? そんな話、してませんけど!?」

「剣士が相手なら容赦はせん。あんたの剣技は俺の血肉となる」

「わ、わたしの剣なんて食べても美味しくないです!」

「問答は無用。俺はオウカ。古代語で、幻想の花を咲かせた物の名を持つ者。あんたが最期に聴く名だ」

「オウカ……? あなたが……」


 もはや、世界中で犯罪者として名の知れ渡っているオウカからすれば、名前の一つくらい知っていても何もおかしくはない。

 だから、話を終わらせて、戦いの時間へと没頭しようと鞘にしまった剣を引き抜こうとするのだが、右手を掴まれた。


「!?」

「思い出しました! あなたがオウカですね! わたしの名前はサクラです! あなたと同じ、古代語で幻想の花を咲かせた物と同じ名です!」

「サクラ……?」

「そうです。わたしの母が名づけてくれました。母曰く、艶やかで、一年で本の一時だけ咲く幻の花なんです! 一週間で花が散り、幻の花々は一週間だけ、山を幻想の色で染め上げるそうです! そうそう、母の名は――」

「……あいつの言葉を……あいつの言葉を語るなッ!」


 オウカは手を振りほどき、剣を抜いた。

 一週間で花が散り、幻の花々は一週間だけ、山を幻想の色で染め上げる――

 それは、オウカに名前を与えてくれた、彼女の言葉そのままだ。


「あなたの弱点は、世界最強の剣技を持ちながら精神が非常に幼いこと。それも母が」

「黙れッ! それ以上、口を開くと容赦はせん!」


 否定するあまり、頭に血が上る。

 オウカにとって、大事な人が侮辱されているようで、そして、彼女の言う母の正体が、もしオウカにとって大事な人間なら……。

 それを全て聞きたくないと否定して、オウカは暴走を始めるのだ。


『君は怒ると手がつけられんな。――君のそれはただただバカなだけだ。直さんと嫌うぞ?』


 記憶の中の“あいつ”の言葉が暴走するオウカを止める。

 全てを失ったオウカには、もはや“あいつ”の言葉を聞く必要がないのに、彼はなぜだか従ってしまった。


「オウカ。会いたかったです」


 彼女は怯えた表情から打って変わり、明るい笑顔を向けた。


「俺はあんたを知らん」

「わたしはあなたを知っています。母があなたを教えてくれました」

「知らんと言っている! あいつは、俺と同い年だ! あんたのような子供がいるハズがない!」

「でも事実です。本当は認めたくはないだけで、あなたは母と『あいつ』と呼んでいる方を同一人物だと気づいているのでは?」

「ちっ! 斬る気にもならん! どこへなりと消え失せろ!」

「待ってください! わたしはこれから王城へと向かわないといけないのです! そのための護衛をしてくれる傭兵として剣を振るってくれませんか?」


 そのような依頼、オウカは受けるつもりは全くなかった。

 確かに王城に行けば、オウカが希望するように、激しい戦いができるだろう。

 だが、王城には無数の騎士団がいる。

 彼らに合わせる顔がないのだ。

 今さらどの面を下げれば良いというのだ。騎士団にとってオウカは裏切り者なのだ。


「悪いが、あんたの希望にはそえん。あんたが何をトチ狂ったのか知らんが、今後、二度と俺に関わるな」

「全ての真実を知りたいとは思わないのですか?」

「なんの話だ?」

「世界が反転している事実」

「……反転だと?」


 オウカには思い出したくもない三年前の出来事が頭の中でよぎった。

 忌まわしい、悪夢としてオウカを苦しめる記憶が蘇る。


「あんたは、“被験者”か?」

「厳密には違います。ですが、わたしは次の魔王です」

「バカな……!」


 オウカは彼女の全身を見回した。

 どう見てもただの少女だ。


「あんたはまだ人間だろう? あんたも魔物になることを望んでいるのか?」

「いえ、わたしの肉体が魔物になることはありません」

「だが、被験者であればあんたもいずれは……」

「だから、厳密には違うのです」


 一体、何が違うというのだ。

 オウカは全て知っている。

 “被験者”に選ばれた存在の末路を、人間と魔物の世界は反転していることも。

 この帝国は巨大な力によって、何もかもが仕組まれていることも。

 だが、オウカは知らない。

 知っている情報は、全て聞いた話だ。

 誰によって仕組まれているのか知らない。

 彼女が被験者だったとするならば、どうなっていくのかも分からない。

 また、オウカを苦しめようというのか。


「わたしはこれから、王城に行かないとダメなんです! それがわたしの使命!」

「そう言って、あいつは行方不明になった。あいつと俺のように闇に堕ちたくなければ、自由を求めて生きろ」

「心配してくれているのですか?」

「そんなわけ――」


 オウカは言われてから気づいた。

 他人のことを気にして発言したのはいつ以来だろうか。


「まあ、いい。ほんの少しの間だけ行動を共にしてやる。放っておいても、勝手に付いて来そうだしな」

「じゃあ護衛を引き受けてくれたのですか!?」

「ただの気まぐれだ。一緒に行動する間、“あいつ”のことも、魔王のことも、あんたの目的すら話すな」


 オウカは分からなかった。

 なぜか、彼女が気がかりだった。

 いや、本当は分かっているのに、怖くてこれ以上の言葉を聞きたくない、真実など、もう二度と知りたくないのだ。


「……分かりました。わたしの護衛料は、わたしの知っていることをわたしから話さないこと。それでよろしいでしょうか?」

「契約に金を支払わんとはどういうつもりだ?」

「あなたは金なんて興味がないじゃないですか。確か、数年前までは木の実で売買しようとしてたんですよね? ポケットの中に木の実やら葉っぱを溜めて、これで買い物するんだって。お札のつもりだったんですか?」


 昔の話だ。

 オウカはいつまで経っても、子供が好きなものが好きだと何度も笑われた。

 しかし、その話を知るのも、ごくわずかの人間しか知らない話でもある。


「当時は意味もなく集めていただけだ。今は金で動く」

「戦いならあなたはお金なんて支払わなくても好き勝手にやってくれますよね?」

「……もういい。あんたごと敵を貫いても俺は謝らんぞ」

「知ってます。知っていても、あなたにお願いします」


 なんなのだ。この少女は。

 彼女に不気味さしか感じなくなったオウカだったが、約束を破ることもできなかった。

 道徳としてではなく、オウカの本能的な勘では、彼女の側から離れてはいけないと忠告していたからだ。


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