98.温泉郷ミュニレシア-1
「着いた、着いたよ! お兄ちゃん」
「ああ、そうだね」
目測を誤ったどころの騒ぎではなく、行けども行けども何故か辿り着くことが出来なかった。その目的である温泉地にやっとのことで到着することが出来た。
お陰で僕と霞、それに鬼の二人は満身創痍の態を成している。精霊たちがどこ吹く風であるのは、毎回のことなので気にしないでおこう。
「えっと、あそこかな? なんか並んでるし」
「茜くんとマリンちゃんは私にちゃんと付いて来てね」
「「はい、カスミ様」」
「お前たちは僕に付いて来いよな。スノーマンとイフリータの面倒はジルヴェストに任せるぞ」
『また俺かよ、そこの水にもやらせようぜ』
『妾はババアの介護をするのじゃ』
苦しい言い訳を呈し、幼少組の世話から逃げようとするオンディーヌであった。
「ここで間違いないようだ、兵士の格好をした人が警備に立っている。
霞はちゃんと冒険者証明タグを出しておくんだよ」
「わかってるよ」
兄としてはそれでも言っておきたいのだよ。
順番待ちと思われる列に並び、順番が来るのを今か今かと待ち続けた。
「次の方、前にお進みください」
若いといっても二十代かそこらの年齢だろうけど、その兵士さんが案内してくれる通りに進む。
「こりゃまた大所帯だな」
「すまないが、代表者は申し出てくれ」
審査を担当する兵士さんはわかる。その隣に佇む女性が謎だ、その容姿からすると商人のような感じがする。
「僕たちが代表者です、これを」
僕と霞は共に冒険者証明タグを提示した。
「ほう冒険者か、見たところ若いな。しかも人間ではないか」
タグに種族の表記なんてあったっけ? 兵士さんは僕たちが人間であると言い切ったよね?
「あの僕たちが人間だと、よくわかりますね?」
「ああ、慣れだ、慣れ。こんな仕事をしているとな、見分けがつくようになるのさ。
こっちのお嬢ちゃんも、おぉ兄妹か。同様にランクDの冒険者っと、よし確認終わり」
えっ、精霊たちや鬼たちはいいの?
「後ろの連中は供の者だな。代表者を確認したのだ問題ない、通って良いぞ」
僕の不安そうな顔を見て、補足してくれたようだ。
なんにせよ、門の通過許可は下りたのだ。早速、温泉にでも浸かりに行こう。
「はいはーい、こちらですよー!」
兵士さんの隣に居た女性が僕たちの前に躍り出る。
しっかしテンション高いな、この人。夜霧に借りた眼には、灰色の魔力をこれでもかと撒き散らせている姿が映る。
「ようこそ、魔大陸一の温泉郷ミュニレシアへ」
そういや門の周辺にそんな幟が立っていたね。
魔大陸一の温泉郷と銘打ってはいるけど、実情はどんなものであるのだろうか? 別に僕は格付けの調査員ではないのだけど、気になるよね。
「えーと、こちらのお兄さんとお嬢ちゃんが代表者なのよね?
私はミュニレシア温泉ギルド所属のアーミラよ、よろしくね」
兵士さんの隣に居たとはいえ、馴れ馴れしくされてもどうして良いかわからない。
「それで僕たちに何の御用でしょう?」
「あなたたち宿を探しているのでしょう? 日帰りという訳でもないでしょうし、ね」
「確かに宿は探していますね。この大所帯でも平気な所となると、見付けるのも大変だとは思いますけど」
「私は早く温泉に入りたい!」
ちょ、ちょっと黙っててよ、霞。
「さっきも言った通り、私はこの温泉郷のギルド員なの。ちゃんとお客様の意向に則した宿を紹介できるわ」
ミュニレシア温泉ギルドだっけ? 要するに客引きということか。
僕としても初めての場所で伝手も何もない、でも信用して大丈夫なのだろうか?
「宿を紹介してもらう前に、冒険者ギルドへ案内をお願いしても?」
「お安い御用よ! アーミラお姉さんにお任せあれ」
ノリが非常に軽いお姉さんだ。便利に使わせてもらって申し訳なくもあるが、とりあえずは冒険者ギルドへと連れて行ってもらうとしよう。
「着いたわ、ここよ」
「本当にここなんですか?」
民家、少し趣が違うので宿?
「あそこに小さいけど、看板もあるでしょ」
アーミラさんの指さす方向を見れば確かに看板には冒険者ギルド ミュニレシア支部と書かれている。
「案内ありがとうございました。少し職員の方と話をしてくる予定ですので、待ってもらうことになりますよ?」
「お兄ちゃん、早く温泉に入ろうよ!」
だから、霞は黙っていなさい。今は交渉の最中なのだから。
霞に目線を送り、少し黙っててもらうことにした。
「大丈夫! 中で待たせてもらうわ」
意地でも付いてくるつもりか。
僕たちは冒険者ギルド支部へと入る。ロビーを通り抜け、空いていた4番カウンターの前へと向かった。
「あのタグはこれで、お金を50ゴールド引き出したいのですが」
「あー、はいはい。ちょっと待ってね」
受付のお姉さんは僕のタグを照会するのかと思えば、そのまま奥へ引っ込んでしまった。
「お待たせして、申し訳ない。この子はまだ研修中でね、この魔道具の扱いはまだ教えていないんだ。代わりに私が担当するね」
タグを持って行ったお姉さんと共にやってきたのは、僕の父と同じくらいの年齢に見える男性だった。
「そうだったんですか、なら仕方ないですね。それと一つお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「どうしたんだい?」
「街に入った時から温泉ギルドの職員を名乗る女性に付き纏われているのですが、あれは信用しても大丈夫なのでしょうか?」
アーミラさんをあれと呼ぶのも失礼かと思うけど、訊いておく必要はあるだろう。
「あー、あれか、私もどうかと思うんだよね。胡散臭いんだよね?」
「まあ、そうなんですよ」
「ミュニレシア温泉ギルド自体は問題ない。やり方はどうかと思うけど、信用して平気だよ」
あのテンションのやたら高いアーミラさんが怪しい人でなくて良かった。いや、十分怪しいけどさ。
「私も一つ質問して良いかな?」
「はい、なんでしょう」
何を訊かれるのだろうか?
「君の後ろに控えている方たちはもしかして精霊かい?」
ああ、この流れか。
「そうですけど、それが何か?」
「少し待っててもらいたい」
待てと言った男性は、先程のお姉さんのように奥へと走り去ってしまった。
「これ、ここに載っている記事のご兄妹だよね?」
興奮した様子の男性、雑誌のようなものを僕へと差し出しながら訴えてくるその姿は少し怖い。
「支部長! お客様がドン引きです」
隣のカウンターで仕事をしていた若い男性が、苦言を呈すが興奮した男性には届いていない。しかもこの男性がここの支部長らしい。
また研修中というお姉さんの顔も引き攣っている。
これか、これがヘンデルさんの言っていた会報とやらか。一体、どこの誰がこの記事を書いたのだろうか?
「拝見させてもらってもよろしいですか?」
「ああ、構わないよ!」
支部長の興奮はまだ醒めていなかった。
拝見させてもらった会報の僕たちに関する記事を読む。
文末に書かれていた名は、クリスティアナ・フォローニ。
クリスさんじゃないか! 見事にやられた……。
「私はね、ギルドマスターの書く特集記事が好きでね。毎回、真っ先に読むんだよ」
支部長、あなたの趣向は訊いていない。
「いつか、この街を訪れてくれないかと丁度考えていたところなのだよ」
語りに入ってしまった支部長。
隣のカウンターのお兄さんは首を横に振り、研修中というお姉さんは顔を引き攣らせたままだ。
「だからね、私はとても感動しているのだよ!」
「おじさん、お金を早く頂戴ね。私は温泉に入りたいの!」
空気を読まない霞、今はよくやったと褒めてやりたい。
「あ、あ、あああ、すまない。ちょっと力が入りすぎてしまった、かな?
お金だね、確か50ゴールドだったかな」
漸く我に返ったらしい支部長は、手続きをしてくれる気になったようだ。
ATMの魔道具を用いている姿を見つめながら待ち続ける。
「はい、50ゴールド。確認して」
10枚ずつ重ねれた金貨を5組っと。
「確認しました。ありがとうございました」
「あー、待って待ってどこに泊まる予定なんだね?」
「まだ決めてません。温泉ギルドの方はそこに居ますけど」
先程僕はそう話したはずなのだが、上の空であったのだろうか。
「はいはーい、私ですよー」
「……アーミラ、君か。このご兄妹は冒険者ギルドの宝なのだ、丁重におもてなししてもらいたいな」
「アーミラにお任せよ」
誰に対してもこのノリなんだね、この人。




