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97.空の旅-3

「旦那様よ、あれではないかの?」

「どれどれ。おぉ、結構デカい街だな」

「どこ? あれなの? 湯気かな? 霞んでよく見えないよ」

 くだんの温泉地が漸く見渡せる場所までやって来れた。

 ルーの誘導により、ほぼ間違いなく温泉地であると思われる。


「どうするかの、近くまで行ってしまうのかの?」

 うーん、どうするかな? 歩くの嫌だな。

「お兄ちゃん、どうするか早く決めないと着いちゃうよ」

「そうだな、もう少し進んでから降りよう。近寄りすぎなければ大丈夫」

 今は昼間だし、夜霧の漆黒の姿は目立つよな。でも、ここから歩くとなれば、丸一日は歩かねばならないだろう。

「それじゃあの林の辺りに降りようよ。木陰に降りちゃえば、きっと目立たないよ」

「霞にしては良いアイデアだ。それでいこう、夜霧頼むぞ」

「了解じゃ」


「私だってたまには役に立つんだよ!」

 無い胸を張っている霞は放置するとして、街に入る為の段取りでも考えておこう。


「街に入るにあたっては、どうしようか? 僕たちは結構な大所帯だからね」

「ご主人様とカスミ様で別れ、審査を受ければよろしいのではありませんか?」

 僕は精霊たちを、霞は鬼たちを引率して検問に応じるということかな。

「どうだろうな、それだと霞が心配なんだよな」

「では、ヨギリを除いて私共は一旦帰った方がよろしいでしょうか?」

 街の人のことに重きを置けば、その方法が一番無難ではある。だが、それでは余りにも寂しいではないか。

「いや、そのは必要ない。どうせすぐに呼び戻すし、二度手間だよ」

「ですが、それではご主人様が苦労されてしまいますよ」

「そのくらいの苦労なら別に構わないさ。一緒に行動するとして考えようか」

 警備が厳重であると考えられる魔王都でも、精霊たちは特に問題はなく通過出来たではないか。

 なにかあれば、冒険者ギルドの人にお願いしよう。これだけ大きな街なら冒険者ギルドの支部くらいあるだろうからね。


「お兄ちゃん。茜くんとマリンちゃんは、どういう扱いにしたら良いと思う?」

 この世界でも珍しいであろう、赤オーガと青オーガ。正確には昔話の鬼だと思われる、二人。

 一番の問題はこの鬼たちの扱いだよな。

「えーと、霞のなんだろうな? 何が良いかな?」

 良い言葉が見つからない。

「私共はカスミ様の兵士です」

「それは今はいい。そうじゃなくてだな、如何にして検問を通るかなんだよ」

 正直に私兵だと伝えてしまう方が良いのか? そういう境遇で暮らしたことがないから分からない。クリスさんやティエリさんならあり得る話だとは思う。

「話し込んでいる最中に悪いがの、降りるのじゃ」

「ああ、わかった。頼む」

 目標としていた林に到着した。街から観て林の陰になるように夜霧は降下して行く。


 無事に地上へと降り立つことが出来た。林の陰を利用したつもりだが、実際は夜霧の方が大きいので余り意味は無かった。気休めにはなったけどね。

 僕は食料の入ったリュックを背負った後、移動を始めた。

「夜霧、どう思う? 茜とマリンの扱いなんだけど、素直に私兵だと伝えてもいいものなのかどうか?」

「儂に訊ねれても困るの。街を守護しておるのは恐らく魔族じゃろうの、奴らの考えは儂には解らぬよ。妹であれば何とかなるかもしれぬがの」

「じゃあ、質問を変える。オーガの亜人みたいだけど、街に入ることは可能なのか?」

「儂には解らぬ。儂がこのような生活をしておるのは、旦那様に出会ってからじゃからの」

 駄目だな、埒が明かない。僕たちの中には、この世界で人として暮らしていた者が存在しないのだから。


「うーん、あっ! 従者だ、従者ということにしよう。私兵よりは柔らかい感じがするだろ?」

 ただの冒険者でしかない僕たちには、私兵も従者も同様に不似合いだとは思うけどさ。

「従者ってなに?」

「リエルザ様の屋敷に言った時、執事さんやメイドさんたちが居たじゃないか」

「あー、あ~、そういう人たちのことね」

 顎に手をやり理解したような仕草をしてはいるが、この仕草はよく分かっていない時のものだ。霞が理解していなくても特に問題は無さそうだから良いか。


 街に入る為の相談は一応の解決策が講じられた。

「思ったより遠いみたいだな」

「今日中には着かぬの」

「今日も野宿するの?」

 蜃気楼ではないのだけど、目測を誤ったようではある。

「たぶん、到着より日が暮れる方が早いだろうね」

「むー、今日着くと思ったのに」

 残念だけど、我慢してもらうしかないね。

「野宿とはいえ、ガイアのドームがあるだけマシだろ」

「うん」

「それでも明日中には到着はするだろうから、それまで楽しみにしておくんだね」

 昨日も僕はこんな言葉を吐いた記憶がある。本当に明日、到着するのだろうか?


 今夜は霞の我儘に付き合うことなく、ワニ肉でスープを作りパンと共に食した。

「同じ肉ばかりだと飽きてくるの」

「あのワイバーンだっけ? 一匹くらい持ってくれば良かったね」

 霞は墜落したワイバーンをまだ諦められないのか?

「そう都合よく魔獣なんて現れないだろうし、ペトラさんの所で貰った肉でも食べたらどうだ?」

「それじゃ!」

「あのお肉、おいしくないんだもん」

「そうではないのじゃ! 魔力を集めれば、魔獣が現れるのではないかの?」

 夜霧は碌でもないことを言い出した。

「仮にそうだったとしても、ここには檻も無いし、街も近いから駄目だ。

 それに何が出てくるかも分からないんだぞ」

「良い考えじゃと思ったのじゃがの」

 それをある程度安定して行えるとすれば、霞くらいなものだ。それも食い扶持が増えるという、マイナス面でだが。

 

『妾らがやれば出来るとは思うのじゃ』

「街に着けば美味しい料理もあるだろうから、変な考えは捨ててくれ」

 オンディーヌまで夜霧に触発され、妙なことを言い出す始末。

 勝手にやらないように釘を刺しておく必要がありそうだ。

「お前たちが魔獣を発生させることは禁じる、これは命令だぞ。

 破ったものは二度と召喚しないからな、よく覚えておくように」

「わかったの」

『妾も承知したのじゃ』

「まったくあなたたちは、ご主人様を怒らせるとは何事ですか!」

 ルーが僕に代わり説教を始めてしまう。小さく縮こまる夜霧とオンディーヌの姿を見ていると、こいつらの上下関係がよく分からない。


「お兄ちゃん、私は良いんだよね?」

「霞に関しては駄目とは言わないけど、増やし過ぎると大変だぞ?」

「なんで?」

「お前の食べるご飯が減る一方だからな」

 これだけ言ってもまだ理解が追い付いていないようだ。

「茜とマリンは仕方ないとしても、これから更に増やすつもりなら食料の確保が大変になるぞ」

「あ! そういうことかぁ」

 やっと理解したらしい。

 増やすかどうかは霞の裁量に任せるしかないのだけど、今は鬼の二人だけで我慢していて欲しい。どこかに拠点でもあれば、その限りでは無いのだけどね。

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