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96.空の旅-2

「あれか? ううむ、どうじゃろうの」

 ルーの予言した野原は確かにあった。しかし、夜霧は速度こそ落としたものの降りる素振りを見せないでいた。

「夜霧、無理っぽいなら止めておこう。もう少し先まで行ってみるのも良いだろうし」

「すまぬの」

 結局、夜霧は野原へと降下することは無かった。


「ご主人様、それでは山間部を抜けてしまいましょう。その先には平原が広がっておりますよ」

「霞、もう暫く我慢しろ。って、お前、何食ってんだよ!」

「何って、シュケーちゃんの無花果だよ?」

 それは見れば分かる、僕が言いたいのはそういう意味ではない。

 僕だって小腹が空いているにも関わらず、我慢しているというのに。


「シュケー、僕にも少し分けて貰えるかな」

『はーい』

 シュケーは僕を絡め捕っている枝の先に無花果を実らせて渡してくれた。器用なことをするものだと、感心してしまう。

「茜とマリンにも分けてやってもらえるかな?」

『うん』

 従順で物分かりが良く、そして優しい。

 精霊たちの中でシュケーはどのグループにも属さず、我が道を征くという感じの天然キャラに分類すべきだな。

 夜霧やオンディーヌにルーも含めた姦しいグループとは一線を画し、何にでも興味を示す幼少組に含めるのもまた違う気がする。


 鬼たちはシュケーに礼を述べているが、食べ方が分からずに困っている。茜は丸まま口に放り込み、外皮の産毛のようなものが舌に刺さったようで四苦八苦している。鬼って、こんなにもデリケートな生き物だったのか?

「霞、茜とマリンの面倒を看てあげなさい」

「えっ? うん」

 手と口の周りを汚しながら無花果を貪っている霞は、それ以外のことに一切注意を払っていなかった。

『妹御よ。妾が支えているとはいえ、自由にし過ぎなのじゃ』

「ごめんなさい」

 オンディーヌは口調が少しキツイので怒っていると少し怖いかも。

『これで口と手を洗うのじゃ』

 そんなオンディーヌではあるのだが、面倒見もまた良いところが憎めない。

 霞は洗い終え、汚れた水の球をそのまま後方へとポイ捨てした。

「霞、水の塊をそのまま捨てては危ないよ。最低でも細かく散らせることくらいはした方が良い。そうでなければ、オンディーヌに返すべきだよ」

「ごめんなさい、気を付けるね」

 素直に謝る霞をこれ以上責めるつもりは無い。見も知らぬ誰かの頭上に降りかからないことを祈るとしよう。


 霞は鬼たちに無花果の食べ方を伝授し始めた。

『こんな山奥なのじゃ、心配し過ぎなのじゃ』

「相手が例え人でなくても、その行為自体が問題なんだよ」

 安易にポイ捨てなどするべきではない。それもこんな上空から物を落とすことは、危険以外のなにものでもない。

『主様は厳しいのじゃ』

 お前に言われたくないよ、お前だって似たようなことを先に言っていただろうが!


 無花果を二、三個食べたくらいでは小腹も満たされない。返ってお腹が空いてきてしまった。

「儂にも一口貰えぬかの?」

「無理だな。いや、いけるか? シュケー、枝を伸ばして夜霧に無花果を届けることは出来そうかい?」

『んー、やってみる』

『主殿、シュケー殿が必要以上に動くと吾輩が渇いてしまう』

「ああ、すまない。オンディーヌ、頼む」

『ババアの我儘に振り回されておるのじゃ』

「うむ、美味なのじゃ。世話を掛けてすまぬの」

 オンディーヌだって婆くさい口調なのに、よく夜霧をババア呼ばわりするものだ。

 シュケーの試みは成功し、夜霧の口の中に無事に無花果は届けられたようである。だが一個や二個という単位ではないはず、一体何個食べさせたのだろうか?

 それはガイアの渇きで証明されている気がした。水分だけでなく、顕現時に含まれていた養分もまた持っていかれているように見受けれる。



「どうするかの? 日が暮れそうじゃ」

 夜霧は長時間休まず飛び続けている。乗ってているだけの僕たちにも疲労は蓄積されていた。

「ルー、山越えまではあとどのくらいだ?」

 僕の左肩に乗っているルーに訊ねる。

「目の前に見えるその山を越えれば、平原に辿り着けますよ」

「だ、そうだ。頼めるかな、夜霧」

「うむ、儂は構わないのじゃがの。旦那様たちも疲れておると思うての。

 少し急ぐのじゃ、しっかり摑まっておれ」

 夜霧は飛ぶことを苦としてはいないらしい。僕たちのことを心配してくれていたのだ。

「霞、茜、マリン、速度を上げるから振り落とされるなよ」

「わかった、大丈夫だよ」

 僕と茜はずっとシュケーが枝を絡めていてくれるので安全そうではある。霞もオンディーヌが世話役に付いているので、問題はマリンだ。

「マリン、問題がったらすぐに僕か霞に訴えるんだぞ」

「はい、ありがとうございます」

『なーに、吹き飛んでも俺が受け止めるさ』

 ジルヴェストさん、カッコイイ!

 周囲を覆い風の抵抗を制御しているジルヴェストは、正に最後の砦であった。そのジルヴェストで受け止められなければ、そこで終わりだ。


「何とか越えたな」

 日が暮れてから少し時間が経った頃、漸く山間部を抜け出た。

「このまま徐々に降りて行くかの。ルー、ジルヴェストよ、降りられそうな場所へ誘導して欲しいのじゃ」

「私は一方向に特化した索敵に過ぎません。ここはジルヴェストに任せるとしましょう」

『いいぜ、任せな』

 ルーは物凄く遠くまで見通せる望遠鏡みたいな感じなのかな。

『問題ない。どこにでも降りられそうだ』

「ではこのまま降りるかの。安心して滑り落ちるでないぞ」

 そうだな、油断大敵だよな。


 もう陽は完全に沈んでいる為、辺りは真っ暗闇である。

「夜霧ちゃん、ご苦労様」

 夜霧は着地し終えると、すぐさま人化してしまった。

「乗ってただけなのに僕は疲れちゃったよ。さてっと、ガイア頼むぞ」

『シュケー殿を切り離すまで、少し待ってもらいたい』

「大丈夫だよ、そのくらいは待てるから。ルー、照らして」

「はい、ご主人様」

 シュケーがガイアの体から離れると、ガイアは仮宿となるドーム造りへと移行した。


「お兄様の精霊様たちは素晴らしく有能でいらっしゃいますね」

 マリンが堅苦しい言葉で精霊たちを褒めてくれた。残念なのは精霊たちには彼女らの言葉が通じないことだ。

 通訳したところでそんなことは当然だと、跳ね退けられそうだから敢えて伝えたりはしない。横着なのではなく、絶対にそう答えると理解しているからだ。

「君たちの有能さはこれから見せてもらえるのだろう? 期待しているよ」

「勿論でございます」

 本当はあまり期待していない、なんたって生みの親が霞だからね。こういうのは期待し過ぎてはいけないのだ。


「お兄ちゃん、私はお肉を焼くからポップコーン作ってね」

「パンの方がお腹が膨れるだろ?」

「茜くんとマリンちゃんに食べさせてあげたいの。パンも食べるんだから」

「どっちかにしろよ。食料の減りがただでさえ早いんだからさ」

 食糧難という訳ではないが、あるに越したことは無い。

「大丈夫だよ、もう少しで着くんでしょ?」

 遅くとも明日中には到着するとは思う。

「しょうがないな、今回だけだぞ」

 今回限りということでなら、それも可能かな。なるべくなら食料は無駄にしたくは無いのだ。

 森での遭難時は食料が大量にあったから、あれだけ安心して動けたのだ。その食料が底をつくという事態は出来るだけ避けたい。いつ、何が起こるか分からないのだから。

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