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94.魔物の女王様-3

『用が済んだら呼んでくれるようにと、お願いしたはずなのじゃ』

「色々なことが起きて気が動転していたんだよ、考えることもあったしさ」

 実際に考えることが増えたのは事実だ。霞のスキル『魔物の女王様』の実態は未だ掴み切れていないのだから。

 だからといって忘れていたことの言い訳に出来ることもなく、今はオンディーヌのご機嫌取りに取り組んでいる最中。


『しかし、そのカラフルなオーガはどうしたのじゃ?』

「カスミ様が生み出したと考えられます」

 今回はオンディーヌだが、会う人、遭う人、それぞれに説明するとなると面倒だよなぁ。ここはもう責任者に丸投げで良いよね?


 宿代わりの出張所へと到着し、鬼たちには僕の下着が支給された。

 使用済みではなく、洗濯された綺麗なやつだ。綺麗なやつはもう残り少ないというのに、なんたることだろう。

 麻ような繊維でできた多少ごわごわする下着、こちらの世界で買い求めたものなので仕方がないとは思う。

 その下着を着用している鬼たち、サイズはぎりぎりを通り越しパツンパツンになってしまっていた。


「お兄ちゃん、茜くんとマリンちゃんから挨拶があります。静かに聞いてね」

 僕がオンディーヌの機嫌を取っている間、隅で何かしていた霞はそう言った。

「私はカスミ様をお護りする兵士であります。以後、よろしくお願いします」

「私はカスミ様の警護を司る兵であります。殿下、宜しくお願いいたしまう」

 マリン噛んだ! 茜を丁寧にした感じの喋りだったが噛んだよ、この子。

 とまあ笑いを堪えながら思うのは、何だろうねコレ? って感じだわ。

「兵士ねえ? 霞、本当に女王様なんだね」

 霞は精霊も使えて、更に鬼まで使役するというのか?

 妹に敗北感なんて抱いたりはしない。少なくとも今はだけど。

「無鉄砲な妹だから、大変だろうけど宜しく頼むよ」

「「お任せくださいませ」」

 逆に考えれば、だ。霞のお守り買って出てくれた訳だから、僕は多少楽になるはずなのだ。茜やマリンとは上手く付き合っていきたい。

「お兄ちゃん、なんか変なこと考えてる?」

「いや、なにも」

 危ない危ない、察しが良すぎるのもどうかと思うな。


「霞、茜とマリンは実際のところどうなんだ? 召喚したのか、お前が生み出したのか? どっちだ」

「私の魔力を元に生まれたみたいだよ」

 予想通りということになる。

「ならお前は、責任を持ってこの子たちの面倒を看るようにな。精霊たちの面倒は僕が看るから」

「うん、わかってる」

 生み出してしまったものは仕方がない。今更、帰れとも言えないもんね。


「ううむ、何を喋っているか分からぬの」

「はい、さっぱりですね」

「言語理解スキルは凄いからな、必要なら通訳もするさ」

『妾らは主様に従えば良いのじゃ』

 どうやらオンディーヌの機嫌は元に戻ったらしいな。

『吾輩たちを含めると、結構な大所帯でありますな』

『いっぱい、いっぱい』

 笑い事じゃないんだよ、イフリータ。確かにこの大所帯、どうするべきかな。

『俺たちの交代制はどうなるんだ? 主よ』

「交代制は失敗だな。その時々に応じて、帰って貰ったりするかもしれないけど、このまま全員で旅をしよう」

『シュケーも?』

「ああ、シュケーもスノーマンもだよ」

 今回のオンディーヌの件で分かったことは、居ないなら居ないで面倒だということだ。町に入る時も精霊使いとして名が知れ渡っているらしいので、それを利用させてもらおう。


「明日の昼頃、ここを発つとしよう。霞はペトラさんの所で誓約書を作らないといけないからね」

「迷惑をかけるつもりは無いけど、証拠が必要みたいだもんね」

 文書にしてもらえるというのは、こちらにとっても有り難いのだ。

 茜やマリンの存在の証明になるのだから、誘拐してきた訳ではないという証拠になる。

「僕はヘンデルさんに明日発つと話してくるよ」

「私は晩御飯の準備でもしておくよ」

 出張所は素泊まりの宿にしかなっておらず、食事が出てこないのだ。だから自前の食料で賄うしかない。

 幸い、まだワニが残っているので食料には困らない。ただ、鬼が二名増えたことを考慮すると急いで次の町へ向かった方が良さそうではある。


「ああ、あのハルさん。ヘンデルさんは?」

「あの人は執務室ですね、ご案内しますよ」

 廊下で鉢合わせしたヘンデルさんの奥さんに執務室へと案内してもらった。

「ん、どうかしましたか?」

「ええ、明日の昼に発とうと思っていますので挨拶をと」

「もう旅立たれるのですか、どうでしたかこの村は?」

 少し残念そうな表情をしたヘンデルさんは質問をしてきた。

「面白い試みだと思います。そのお陰で妹のスキルが一つ判明しましたから、お礼を述べたいところですよ」

 ずっと謎でしか無かった『魔物の女王様』のあらましが分かったのだ。

「詳しいことは上層部が秘匿してますからね。私には分かりかねますが、良かったですね」

「ヘンデルさんがペトラさんを紹介してくれたお陰ですからね。ありがとうございました」

 礼を言うのであれば、ヘンデルさんにだ。ペトラさんは施設を貸してはくれたけど、僕たちを利用する気満々だったから印象は正直良くない。

「村長は残念がると思いますよ。良い助言が得られたと、嬉しそうに話していましたからね」

 ああ、あれだろう。肉のこと。


 先程ここへ案内してくれたヘンデルさんの奥さんが、扉を開け入って来た。

「お話し中、ごめんなさいね。妹さんがいらして、晩御飯に招待して頂きました。

 急がないと冷めてしまうそうなので、一緒に参りましょう」

 人見知りに近い霞の行動とは思えない、気の利いたことをするものだ。

「喜んでご相伴に預からせて頂きますよ」

「ええ、こちらこそです」

 執務室を後にし、割り当てられている部屋へと向かうその途中。

「旦那様よ、食事は部屋ではないの」

 廊下で待ち伏せていた夜霧に連れられ、建物の外へと誘導された。


「バーベキューだよ! 塩と胡椒しかないんだけどね」

 胡椒もどきももう殆ど残ってないだろ? あれ少ししか買わなかったの、失敗だったな。今度見つけたら塩と同量は買うようにしよう。

「ワニ肉、あとどれ位残っているんだ?」

「スノーマンちゃんの中に、まだ一頭分くらい残ってるよ」

 なら安心だ、次に訪れる町がどこにあるのかもわからないからな。


「さあ、お二人もどうぞ」

 工業街で買った木の皿を手渡し、好きなように食べてもらう。

 霞は精霊たちの協力の元、以前行ったバーベキューを再現していた。

 大人の二人を接待するのであれば、お酒も用意した方が良かったのかもしれないけどね。料理に使うお酒の購入も考えておこうかな。


「あなた、このお肉柔らかくてとても美味しいですね」

「そうだね、ハルさん。うちで扱っている肉とは大違いだ」

 魔王都へと流通させているのは、やはりヘンデルさんであったようだ。


「このような食事を頂戴し、恐悦至極でございます」

「私のような者にこのような食事をお与え下さり、ありがとうございます」

 茜とマリンの二人の鬼たちは、涙を流しながら食事をしている。

「お前たち、こんなのは日常茶飯事だ。何も泣く必要は無い、早く慣れることだよ」

「ありがとうございます、殿下」

「その殿下っていうの辞めてくれないかな?」

 こう、なんていうんだろうか、背中が痒くなる。

「では、なんとお呼びすればよろしいでしょう?」

 そう言われると、それも困る。

「お兄ちゃんはお兄ちゃんだから、お兄様?」

 うわっ! 霞のお兄様に脂汗が止まらない。キモチワルイ

「畏まりました。では今後は、お兄様と」

 殿下よりは多少マシなのかもしれないけど、兄上様も無いわ。

「そんなのはどうでも良いから、お腹いっぱい食べるんだよ」

 僕はその場から逃げ出した。


「旦那様よ、儂らの相手を忘れておるの」

「お前らの相手なんか必要ないだろ? 食ってるだけなんだから」

『酷いのじゃ、最近の主様は妾らに厳しいのじゃ』

「ご主人様は、私にはお優しいですよ」

 ただ只管ひたすらに肉を焼いているイフリータを見習ってほしいよ。

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