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93.魔物の女王様-2

 えーと、どうなったんだ?

 それに檻の中、ちらりと見えたあの人影の正体はなんだ?

 檻の周囲には霞の魔力の残滓のようなものが漂い、中を窺い知れない。


「霞、夜霧、平気なのか? どうなってんだ?」

「危険じゃからの、妹御はここで待っておれ。儂が確認して来るでな」

「夜霧ちゃんが見てきてくれるってぇー!」

 夜霧は霞の手を離すと檻の方へと近づいていった。


「ルー、視えているのだろう?」

「はい、ですが……。あれらは、魔獣ではありません」

 ルーには何が視えているのだろうか? 魔獣ではないという言葉は一つの懸念事項ではあったが為に、そんなに重要なことではなかった。

 しかし魔獣でないとなると、『魔物』とは一体何を指す言葉なのだろうか?


『旦那様よ、これはどうしたものかの?』

 ルーの言葉の真意を測るべく思考に囚われていると、夜霧から脳内へと通信が飛んできた。

『何があったと訊くべきではないな。ルーから魔獣ではないものが現れたとは聞いている。

 お前が識別出来るなら、その正体を教えてくれ』

『オーガの幼体らしきものが2体居る。じゃが、儂が知っておるオーガとは少し異なるのじゃ』

 オーガってなんだ?

『危険はないのか?』

『うむ、大人しいものじゃの』

『そうか、なら僕たちも見に行くとしよう』


「ルーはこのまま付いておいで、お前たちはそこで待機な。霞、一緒に見に行こう」

 ルーには夜霧の補佐をしてもらおう。その他の精霊たちは、オーガの幼体なる者たちを刺激しないために、ここで待機してもらう。

「どう、なったの?」

「詳しいことは分からないよ、実際に見てみないとね。ただ、霞は自分のやったことに責任を持つようにね」

「私も拝見したいのだが、良いだろうか?」

 ペトラさんかぁ。ヴァンパイアであるペトラさんを連れて行っても大丈夫なのか? いや、既に夜霧が傍に居ることを考えれば大丈夫だとは思うのだけど。

「申し訳ないですが現れた者達を刺激したくないので、こちらでお待ちください」

 精霊たちと同じように、ここで待機していてもらう方が無難だろうな。

「惜しいが、仕方ないか」

 ペトラさんは悔しそうにはしているが、聞き分けてくれるようである。


 霞と共に檻へと、夜霧へと近づいていく。

「こっちじゃ、ほれそこじゃ」

 夜霧に手招きされ、指し示す方向を見た。

 そこに居たのは、小さな鬼。日本の昔話によく出てくる、赤鬼と青鬼だった。

「鬼だよ、お兄ちゃん」

「オーガって鬼のことなのか」

 それまで座り込んでいた小さな鬼たちは僕と霞が視界に入ったのか、立ち上がり深々と礼をした。

 なんだ?


「夜霧、ルー、この状況を説明できるか?」

「儂には皆目見当がつかぬの」

「……スキルでしたよね? 女王なのではないでしょうか?」

 僕は隣に突っ立っている霞の顔を見た。これが女王様だとでも言うのか?

 しかし思い当たることといえば、それしか存在しないのだ。

「冗談みたいな話だが、恐らくそれだろうな。

 霞、彼らに何か服、若しくはその代わりになる物を与えてあげなさい」

 小さな鬼たちは素っ裸で寒そうなのだ。

「そこで座って待っていて、すぐに用意するから」

 霞は掛け出して行った。昨晩泊まった出張所へと荷物を取りに戻ったのだろう。

「ジルヴェスト、霞の警護についてくれ」

『心得た』

 ジルヴェストの姿がスッ消えた、霞の側へと移動したのだ。


 しばらくして戻った霞の手に握られていたのは……。

「それ僕のパンツじゃないか!」

「鬼っていったら虎縞模様のパンツだけど、これで我慢してね」

 霞は、数少ない僕のパンツを鬼たちに差し出した。鬼たちは不思議そうにパンツを見つめているだけ。

 霞は鬼たちへ、パンツの履き方を身振り手振りで教えている。

 僕のパンツの匂いを嗅いだり頭に被ったりしていた鬼たちは、無事にパンツを履いてくれた。

「まてまてまてまて、パン一とか可哀そうだろう!」

「じゃあ、お兄ちゃんの上の下着もあげる」

「なんで僕のだけなの? 霞のでもそう変わらないじゃないか、こっちで買ったやつなんだし」

「お兄ちゃんは男の子なんだから、多少汚くても平気じゃん。私は女の子だから駄目なの」

 霞の理屈が理解できない。僕は綺麗好きなんだけどな。

 もういい、わかった。次の町で買い足すから、なんでもいいよ。


「どうするかの? このままという訳にはいくまい」

 パン一の鬼たちは再び立ち上がると、霞の方を向き直立不動となっている。

「まずは檻から出さないといけないな。ペトラさ~ん、もうこちらへ来ても平気です」

 僕は大きく手を振って、ペトラさんを呼んだ。この鬼たちを外に出すには、ペトラさんに頼るしかない。

「なっ、オーガではないか? 何故こんなものが……」

 やばい、また思考の海に浸ってしまう。

「ペトラさん! 彼らは霞の、妹のスキルにより生まれた者達だと思われます。

 特殊なスキル故にその性質が判然としておりません。今回妹の提案でペトラさんの研究を真似てみたところ、このような結果を導くことになりました」

 簡潔に言うと、よく分からないスキルを使ったらこうなったというだけのこと。

 だがこの鬼たちはここで生まれたのか、それともどこからか召喚されたのか、分からないままである。


「そのスキルとは何だ? いや、そうではなく、どうしたいのだ?」

 スキルの説明は面倒だな、なんせ何も分からないのだから。

「この子たちをこの檻から出してあげたいの」

 僕が言葉を紡ぐ前に、霞が自主的に提案してきた。

「オーガは山奥に住まう亜人だから別に構わないが、後で面倒が起こると困るので誓約書を用意させてもらうぞ。私たちは責任の一切を負うつもりはないからな」

「わかりました」

 霞はそれこそ一切の迷いなく即答した。


 小さな鬼たちは頑強な檻の中から解放された。

 霞の後ろへ赤青横並びになり、背筋を真っ直ぐに伸ばし歩いて行く。

「まるで子供の兵隊ごっこだな」

「しかしの、此奴らはどのような存在なのじゃろうの?」

「それは僕も思った」

「カスミ様が生み出したのではないのですか?」

 霞も何が起こるか不明なまま、魔力を檻へと放っただけに過ぎない。僕が精霊を召喚する時のように、語り掛けた訳ではないように思える。


「霞は、彼らを呼んだのか?」

「ううん、ペトラさんたちの真似をして魔力を込めただけだよ」

 語り掛けたというなら召喚である可能性が高いが、今回は違うようである。それならば、霞の魔力によって生み出されたと考えた方が良さそうだ。

「夜霧が言ってた、普通のオーガと違うというのはどういうことだ?」

「儂の知っているオーガはこんな肌の色をしておらぬの。大体が緑じゃ、濃淡の差はあるがの」

「そういうことか。霞の中にある鬼のイメージが具現化したと考えるのが妥当かもしれないな」

 だから、赤鬼と青鬼なのだろうか?


「名前を考えたんだ。赤い方は男の子だから茜くんで、青い方は女の子だからマリンちゃん。

 覚えてね、君が茜で、あなたがマリンだよ」

 さっきから黙って何をしているのかと思えば、名前を考えていたらしい。

「茜とマリンね。どこから持って来たのか不明だけど、良いんじゃないかな。

 それよりマリン、女の子なら尚更にパンツ一丁はないよ!」

 僕は素っ裸なのは見たけど、男女の差まで見分けてはいなかった。両方、男の子だと勝手に思い込んでいたのだ。

「私のだとサイズが合わないから、お兄ちゃんのあげるよ」

「幼体とはいえ、オーガじゃからの。妹後の服は合わんじゃろうの」

 僕のだって下着に関しては、大きさはそう変わらないんだぞ? パンツだって実際ギリギリじゃないか。


「この村は全体が研究所みたいな感じで商店街が見当たらないし、次の町で買い揃えるまではお兄ちゃんの下着で我慢してね」

 我慢してねって、僕も少ない下着で我慢するんだからね!

「なあ、この鬼たちさ。言葉は無いのか? 言語理解スキルが仕事してくれないんだが?」

 それにしては霞の言葉は通じているように見える。パンツを履かせるには苦労していたようだが、あれは檻の中と外で距離があったからだろう。

「鬼たちじゃないの、茜くんとマリンちゃんなの! オンディーヌちゃんたちも名前があるでしょ!」

「あっ! オンディーヌ、忘れてた」

「傍に居らねば平気じゃろうの」

『気配がするから、どうだろうな?』

 ジルヴェスト、判っているなら早く言ってよ!

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