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91.奇妙な村-4

 さて、どうしたものか? 出来るなら堂々と正面から出て行きたいのだが、そう上手くいくとも思えない。

 それと当面の目的である帰る為の資料漁りも、この研究所のような場所には期待するだけ無駄だろう。この村には研究者とそれに付随する業種の人しか存在しないようだしね。

 それとなく適当な言い訳を捻り出しつつ、様子を窺うとしますか。


 水は井戸を利用するようにと言われ、食料については例の魔獣の肉を分けて頂いた。本当は水もオンディーヌが居れば問題なく、食料もまだ余裕はあるのだけど、吐いてしまった嘘の為に偽装する必要があった。


「今日はもう日も暮れる、出張所にでも泊まると良いだろう。あそこには行商人も宿泊することがあり、部屋数だけはあるのでな」

「そうですか、ではヘンデルさんの元に戻るということですね」

 宿泊するのがペトラさんの住まう司令塔でなかっただけで十分だ。もしあそこであれば、身動きが取れなかっただろう。


 食堂を出て、両ギルドの出張所へと移動を始めた。すぐそこなんだけどね。

「お兄ちゃん、私ね少しなら手伝っても良いと思うんだけど」

「協力するとなると、主導権は向こう持ちになってしまう。途中で嫌になっても抜けられないかもしれないぞ?」

「それは嫌だね。でもこの研究には興味があるんだよ」

「お前が興味あるのは肉だろ?」

「それも無いとは言わないけどー。私のスキルに魔物の女王様っていうのがあるじゃん。だから、なんというか、気になるの」

「……そうか」

 そう言われてみると、確かに気になる。僕のスキルはもうある程度分かっている、その理由は読んで字の如くであるからなのだけど。

 それに対し、霞のスキル『魔物の女王様』これに関しては今までずっと謎であった。でも、魔物って魔獣と何が違うんだろうか?


「夜霧。霞のスキルに面白い名前のものがあるんだが、お前何か知らないか?

 『魔物の女王様』っていうんだけど」

「なんじゃそれは? 知らぬの、聞いたことも無い」

「折角頑丈そうな檻もあるんだし、試してみたいと思うんだよ。いいでしょ、お兄ちゃん」

 僕も気にはなる、なるんだけど……。

「試すたって、何をどうすれば良いのか分からないだろ?」

「魔物というのが気になるの、魔獣では無いのかえ?」

「なんだろうね? それに女王様だよ! 私、女王様なの」

 こんな肉しか言わない奴のどこが女王様なんだよ?

「もう着いちゃったよ。ヘンデルさんに話して、部屋を借りてから話し直そう」


 お借りした部屋は、二人部屋だとすれば若干広い。だが、精霊たちも全員収まるとなるとかなり狭かった。

 狭さ故に僕にはジルヴェストが重なり、その上ルーが後頭部にくっ付いていてカオスである。

「水や食料の補給は出来たから、出来るだけ早く出て行きたかったんだけどな」

「明日、明日だけ良いでしょ?」

「急ぐ旅でもありませんし、カスミ様の意向を汲んで差し上げてもよろしいではないですか?」

「確かにの。どうせ儂で飛ぶのじゃろ、急ぎであっても問題ないの」

 なんだかなあ、こいつらヤケに霞の肩を持つよな。


「わかったよ。でも、明日だけだからな」

 そうでないと僕の嘘が嘘だとバレてしまう可能性もある。

「旦那様は本当に妹御には優しいのだの」

 お前たちが揃って我儘言ったんだろうが!

「カスミ様も普段陰ながら努力してらっしゃるのですし、こういう日があっても良いと思いますよ」

 ルーにまで窘められるとは思わなかったけどね。

「よっしゃー! 頑張っちゃうもんね」

 気合が入っているのは分かるけど、それをどの方向に持っていくのかな?

 謎のスキルを試すつもりなのだろうが、その存在自体が謎なのにどうしようというのだろうか? 僕は心配でならないよ。


「魔力の集中した中から魔獣が生まれるでしょ? だからー、私もそれを真似してみようと思うんだよね」

「真似するたって、な。夜霧、どう思う?」

「ううむ、どうであろうの」

「私は良いと思いますよ、ご主人様」

 『魔物の女王様』というスキルの実態は未だ不明なのだ。魔物という括りが何を差すのかも分かっていない。僕は何か嫌な予感がするんだけど、今更止められるとも思えない。

「お風呂は無いみたいだし、オンディーヌちゃんも居ないからね。イメージトレーニングでもしながら私は寝るね」

 はぁ、やる気が漲っているようで何よりだよ、まったく。

「儂も眠るかの」

「あーそうですか、じゃあ僕も寝ようかな」

 これからは霞の意見も十全に取り入れようと考えるのは、早まったかなぁ。日本に居る時、霞はこんな我儘を言う子では無かったはずなんだけどな。



「お兄ちゃん、朝だよ。起きて!」

 霞の声がする。

「目が開いてないよ!」

「もう少し寝かせてくれよ」

――プニッ

 なんだこれ、柔らくて気持ちいい。低反発のクッションみたいだ。

「お兄ちゃん! 夜霧ちゃんに抱き付いちゃダメなの!」

「旦那様は朝も早くから積極的だの」

「ああああ、ちちち違うから、そんなことよりなんでお前が僕の隣に寝てるんだよ」

「ふふ、ベットが二つしか無かったのじゃ」

 そこ笑うところじゃないからね!

「早く離れて、お兄ちゃん」

 柔らかいと感じていたのは夜霧の胸の感触だったらしい。青少年には毒だよ、やめてよね。

「ご主人様、私には一切反応してくださらないのにヨギリにだけ」

 ルーもそういうこと言うのやめようね。君は小さすぎてよく分からないんだよ。

 違う違う、そうじゃなくてだな……。


「お兄ちゃん、イフリータちゃんたちがご飯作ってくれているから食べるよ」

 は? イフリータがご飯? 何の冗談だ。

「こんがり焼けておるの、香ばしくて旨いのじゃ」

「ちょっと焦げているけど、うん。初めてにしては上出来だよ」

 なに、どういうこと? 本気であの子達に料理させたの?

 目の前にはワニ肉と例の魔獣の肉がこんがりと焼かれた状態で置いてある。

「これ、イフリータが自分で焼いたの?」

『うん、あるじの真似した~』

『俺も監督したけどよ』

 ああ、そういうことね。ジルヴェストが監督してくれたお陰で、まともな食事にはなっているらしい。

「ありがとう、お前たち」

 冷蔵庫役のスノーマンがしっかり仕事をしてくれたお陰でもある。皆に礼を言うのは当たり前だな。


「お兄ちゃん約束だからね。今日一日は私に付き合って貰うから」

 朝から肉ばかりと重い食事を終えた僕は霞に手を引かれ、あの奇妙な実験場へと連れて行かれた。


「所長なら既に中に入っているぞ。用があるなら、そちらへ向かうと良いだろう」

 入り口に居た警備の人も昨日顔を合わせている為に、全く警戒していなかった。霞にズルズルと引き摺られる僕は、警備まで素通りだ。

 霞はやる気に満ち溢れている。さてどうやって諫めようか?


「ん? お前たち、発つのでは無かったのか?」

「ああ、はい。妹がですね、研究に興味を持ちましてですね」

「私も試してみたいことがあるの。少しの間、この施設をお借り出来ますか?」

 協力するとは言わなかったな、昨日の僕の脅しが利いてはいるようだ。

「良いぞ、旨い肉の為だ! 今の実験が終わり次第、存分にやるが良い」

 ペトラさんもペトラさんで、自分に都合よく勘違いをしているようである。


 ペトラさんの主導する実験も始まったばかりと見えて、中々終わる兆しが見えない。

 今日の魔力の色は昨日とは違い、薄紫色をしている。檻の中で魔力の集中した場所は、濃い紫色をしていた。

「昨日とは違う魔力を選んだのですか?」

「ほう、わかるのか」

 僕はペトラさんにギラリと睨まれてしまった。

 蛇に睨まれた蛙の気持ちがわかるわ、マジで怖い! 吸血鬼に睨まれた人間だからね。


「貴殿の助言を参考にな。肉食獣を避け、草食獣を生み出す実験へと切り替えたのだ。

 研究者の中にも草食獣に拘る一派が居てな。そいつらを中心に魔力の選別を新たにした」

「はぁ、それで上手くいきそうなんですか?」

「いや、試している最中でな。これからが正念場だよ」

 正念場とは……。これから幾つも実験を繰り返すということだろうか? 否、そうなのだろう。

 それでも批判ではなく、助言として受け取ってくれているようで良かったよ。

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