90.奇妙な村-3
「最初はやっぱりステーキかな?」
「用意して頂けるものを食べれば良いじゃないか」
何と呼べば良いの判然としない施設を出て、二軒程隣にある食堂へとやってきた。
霞と夜霧は既に戦闘態勢にある。変に刺激を与えるべきではないのだが、我儘は控えさせたいところ。
「すてーきとは何じゃ?」
「ステーキはね、分厚いお肉を焼いたやつだよ」
その二名は食事談義に花を咲かせているが、僕は違うことが気になって仕方がない。
「ペトラさん、先程の魔獣はどう見ても肉食獣でした。本当に食べられるんですか?」
僕たちが今まで出逢ったことの無い魔獣。しかも見た目は狼に似ていた。
僕の知識では基本的に、肉食獣は筋張っていて食用に適さないものだと考えられている。
「何度も実験と試食を重ね、選び抜かれた種だ。心配は無用だよ」
それはそうなのだろうけど、その程度の説明では釈然としない。
「ものは試しと割り切り、口にしてみるのが良いだろうな」
「はあ、わかりました」
口に合わなければ、そこで手を止めれば済む話だ。試食してみるしかないか。
「……薄切りのお肉ばかりだね」
「肉の味というより、他の食材の味しかせぬの」
「僕も肉の旨味が弱い気がする」
テーブルに並ぶ料理の数々を試食した結果、僕たちが出した答えは散々なものであった。
「昨日のワニの方がずっと美味しかったよ」
「アレは旨かったの。じゃがあれは魔獣ではないの」
僕の懸念は恐らく当たりなのだろう。筋張っているから厚切りでは食用に適さず、薄切りにすることで対処しているのだと思われる。熊やワニみたいな例外もあるだろうけど、狼ではね。
関係ないけど、熊を想像したらダイモンさんの顔が浮かんじゃったよ……。
「実験で得られた魔獣の中ではこれが一番なのだぞ」
「魔獣の肉の味は僕たちも知っていますが、この肉は食用には向きませんよ。スノーマン、ワニの肉を一ブロック出して」
『はーい』
「うーんと、解凍はどうしよう? ジルヴェスト、この位の厚みでこのくらいの大きさにカットしてくれ。ペトラさん、鍋を一つお借り出来ますか?」
イメージと言葉でジルヴェストに伝える。
『任せろ』
「鍋か、少し待ってくれ」
本当はフライパンを借りたかったのだが、通じるか分からないので鍋と伝えた。
待つ間にカットした肉に下拵えを施す、リュックから取り出した塩と胡椒でだ。見学の間も荷物は持ちっ放しだったから、好都合である。
調理場から大きめの鍋が届いたので、それを用い下拵えを施したワニ肉を焼く。当然の如く、火はイフリータにお願いした。
「焼きあがりました。これは昨日食べたワニらしき動物の肉です」
こちらでの呼び名が不明な為、ワニらしきと称する他ないのだ。
「そうだね、ワニのお肉余ってたもんね」
「こちらの方が旨いの」
遠慮を知らない二人は、ペトラさんが食す前に既に口に入れている。
「この肉は割とあっさりしていますが、それでも肉の味はしっかりしています。どうぞ、お試しください」
この人たちは本当に魔獣の肉を口にしたことがあるのだろうか? ヒュージブルの肉なんか凄く美味しかった。あれを食べていれば、この狼の魔獣の肉に満足できるとは思えないのだ。
「こんなに分厚い肉なのに、こんなに柔らかいのか……。それに肉汁も」
イケネ、この人考え込む癖があるんだった。介入しなければ、いつまで待たされるか分かったもんじゃないぞ。
「この肉は夜霧曰く、魔獣ではないそうですが美味しいですよね?」
批判するつもりは無いのだが、方向性が間違っているのだと指摘するくらいは許されるだろう。それでも出来るだけ優しい言葉でね。
「……おいしい」
その言葉を吐いた後、ペトラさんは微動だにしなくなった。
「僕は別にいじめっ子な訳ではないんですよ? 言葉が刺々しいとか良く言われるんですけどね」
「お兄ちゃんは自覚がないからね」
「そうじゃの」
おおおい、霞は良いとしてもお前が同意するんじゃない、夜霧。いや、霞もそう思っていたということか?
「肉食獣は食肉としては難しいと思うのです」
例外は無いとは言わないけど、狼は無理だだよね。
「私は間違っていたのだろうか?」
僕は別にこの人の在り方を否定したい訳ではない。
「そうじゃありませんよ。食用にするというのは、また別のことだと思います」
根本的な方向性としては間違ってはいないと、僕は思う。冒険者の血で贖われるようなものではない以上、その理想は気高いものだと理解出来ている。だが、産業として成り立つには必要な物があるのではないだろうか?
「間違ってはいないと僕は思いますよ」
「でも、魔獣の肉の美味しさはこんなものでは無い! そこを妥協するべきではない。ペトラさんは草食動物っぽい魔獣の肉を食べたことはあるですか?」
「恥ずかしながら、魔獣の肉はこの研究成果以外にないのだ」
やはりそうだろうな。この狼に似た肉で満足してしまうのは、おかしいのだ。
「私は種族上滅多に肉を口にすることは無く、評価は部下に任せていた。外部に委託しな得なかったことが今回の失態の原因かもしれぬ。
だが、私は知った。獣の肉の旨味を、これこそが真なる成功の証であると」
いやいやいやいやいや、そんな大袈裟な。そこまでのものを僕は求めていないんだけど。
「お主は精霊使いだ、協力してもらうぞ!」
「あの、えっと、その、ですね……」
「元よりそのつもりで見学させたのだ。覚悟すると良い」
嵌められた! だから大人は信用してはいけないと、父さんに教えられていたではないか!
今までずっと、大人に利用されない為に知恵を振り絞って来たと言うのに。クッソ、ここでこんな失態を犯すとはね。
この世界も前の世界も同じだ。力の弱い物を力の強いものが支配するのだ。
考えろ! 考えろ!
ここは魔王様の力の働く世界だ! 魔王様を盾に取れば、如何様にもなるはずだ!
「僕たちは、魔王様の密命があります。そちらを優先するのは道理ですよね?」
これは嘘だ、嘘でしかない。
「私たちも魔王様の命で動いている以上、それには従うしかないな」
だが、それと知らないペトラさんはこう答えると思っていた。
悪いけど、僕はそれを利用させてもらう。
「だから、僕たちは長く滞在することは出ません。食料と水の補給が出来次第、発たせていただこうと思います」
「魔王様の密命であれば、それも仕方あるまいな。我らも似たようなものだしな」
嘘から得た言葉ではあるが、言質は得た。
ここで僕たちは利用されたくはない。食肉の量産に僕と霞、若しくは精霊を利用したいだろうがそうはいかない。僕はそう甘くはない、つもりだ。
「そう言って頂けるなら、幸いですね」
このまま、切り抜けるんだ。
「なので、食料と水の補充をお願い出来ますでしょうか?」
「了解した。密命を帯びし同志として貴殿らの要求に答えよう」
ペトラさんお目は、先程までとは違い曇った目になっていた。僕の嘘が露見し掛けているのかもしれない。
嘘が嘘と見抜かれる前に、僕はここを去るべきだと考える。
『夜霧、霞に伝えろ! 隙を見て、逃げるぞ』
『なんじゃ? 飯を食ったばかりじゃぞ』
『ここの大人達は僕たちを利用する気だ、お前もな!』
『儂は旦那様以外に利用されるのは嫌じゃの』
『ならば、従え。そして伝えろ! ここは危険だと霞に伝えるんだ』
夜霧を経由し、霞へと伝える。一言、逃げると。
「お兄ちゃん?」
「伝わったな?」
「うん」
伝わったのであれば上々だ。次は僕が隙を作る番だ。




