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89.奇妙な村-2

「ふむ、父上より伝え聞いた通り、エンシェントドラゴンとは山のような巨体であったな」

「勝手に言っておれ、ちびヴァンパイア」

 いつもはドラゴンと一緒くたにされることを嫌悪する夜霧なのだが、今回はそうでもない。

 エンシェントドラゴンとは古い龍という意味で同義なのだろうか? 言語理解スキルが曖昧でよく分からないや。

「私の名はペトラ、何度言えば分かるのだ!」

「お主など、ちびヴァンパイアで十分であろう」

「夜霧、その辺にしておきなさい。その方はこの村の長なのですから、敬意を払おうか」

「ふん、仕方ないの」

 ペトラを弄り倒す夜霧を諫める。お互いに楽しそうではあるので、一応程度にだけど。


「それではペトラ様、きちんと村の案内をお願いしますね。私は今日の取引分を処理しますのでね」

「わかっている、さっさと行け。それでは私がこの村を案内してやろう、遅れず付いて来るように」

 ヘンデルさんは何やら仕事があるようで、出張所へ戻るようである。

 ペトラさんに案内される僕たちだが、迷うことも特にないだろう。なんたって村と呼ぶのも烏滸がましい程の規模の集落でしかないのだから。


「まずはここ、簡単に言えば私の住まいだ。この村の司令塔になる」

 うーん、両ギルドの出張所と大して変わらない民家なんだけど、これが司令塔ですか……。

「なんだ、その顔は? まあ、建物はこんな感じだが中は凄いのだぞ」

 ペトラさんに連れられ司令塔の中へと入ったが、どこがどう凄いのかさっぱり分からない。普通の民家でしかないだろ。

 残念な人を見るように、誰も口を開こうとはしない。あの霞でさえも。


「司令塔はこんなものだ。次はあそこだ、あれはこの村の最重要施設となっている。

 魔王様から直々に仰せつかったプロジェクトを担う、大切な施設なのだぞ」

 魔王様? こんな魔王都からも離れた場所で何をさせているのだろうか。


「所長、見学ですか?」

「うむ、素晴らしき客人たちだ。視察を行っても問題ないと私は判断する」

 施設の入り口には、警備員らしき人物が配置されていた。

 村の入り口には一人しか配置されていなかったのに対し、こちらには三人も配置されている。何か間違っている気がするが、黙っておこう。

 そして警備の人はペトラさんを所長と呼んだ。僕の胸の内に違和感が少しずつ湧き始めた。


 警備をすんなりと通り抜けた僕たちは建物の中へと案内された。大きさは学校の体育館程だろうか、そう大きくもないが小さくもない。

「さて問題だ、我らはここで何をしているか、当ててみよ」

「当てるも何もヒントも何もないので無理ですよ」

「魔力が高まりがあるの。意図的に集めておるのかの? 旦那様はその眼でしかと視るのじゃ」

 夜霧の助言を貰い、貸し与えられている眼で辺りを窺う。

 外ではこうでは無かったのに、建物の中に魔力が漂っている。薄い黄色掛かった魔力が、である。

 そしてその魔力が集中して濃い場所が存在する。建物の中心部分か。

「あそこか!」

「そうじゃの。ルー、お主はどう観るのじゃ?」

「答えをバラしてしまうことになりますが、よろしいのですか? ヨギリ」

「それはいかんの、旦那様の驚きが薄れてしまうのじゃ」

 お前ら、答え分かってんのかよ!

「ふむ、やはり高位精霊だな、分かってしまうか」

 ペトラさんまで勝手に納得している。一体この先に何があるというのだろう?


「しかしの、面白いことを考えたものじゃの。これはお主の発想かの?」

「そうだ、これが私の研究成果だ」

「旦那様の妹御が喜びそうな研究だの」

 霞が喜ぶ研究、なんだそれ? ヴァンパイアの所長の研究、魔力の高まりと集中、一体何のことだろう?

「あなた自身も喜ばしいのではないのですか? ヨギリ」

「それもそうじゃの」

 ルーの言葉が更に訳を分からなくさせる。夜霧も嬉しいとは、どういう意味だ?


「百聞は一見に如かず、とくと見るが良い。この扉の先だ、行くぞ」

 幼女にしか見えないペトラさんが、小さな胸をこれでもかと張っている姿は実に微笑ましいものだ。だが、何をそこまで誇らしくしているのだろうか? 僕はそこに興味を惹かれてしまっている。

 重厚な扉が僕たちの前を遮っている。ペトラさんが自信満々に開こうとノブを引いているが、うんともすんとも……。見ているこっちは和むんだけどさ。

 仕方なしに僕と霞で扉を開いた。それは引くのではなく、押して開ける内開きの扉だった。

「……私は普段この扉を利用しないからな、忘れていたのだ」

 必死に言い訳をするペトラさんは可愛い。もう本当に幼女だな。


――ギィィィヤァァァァァ

 和んでいた僕の耳をつんざく悲鳴に似た何かの叫び。

 扉の開けたその先には、魔獣が居た。

 違う、そうではない。そこに魔獣が発生しているのだ。


 魔力の集中する場所は頑丈そうな金属の檻で囲われている。故に、僕たちに襲い掛かってくるということはないだろう。

 それにしても、その叫び声には驚きを隠すことは出来ない。

「十二分に驚いてくれたようで、何よりだ。これが私の研究成果である」

 両手を広げ大袈裟に語り始めた、ペトラさん。


「魔力の種類を選別し、発生する魔獣の種を固定したのだ」

 夜霧や僕のように色で見分けるのと、同じようなものだろうか?

「まだ実験段階ではあるが、この魔獣の肉は魔王都でも既に流通している」

 以前行ったことのあるレストランでは、冒険者が森で確保すると聞いていた。

 しかし危険を最小限に抑え、養殖するとでも言うのか? これが養殖に当たるのならだけど。

「魔獣の肉は旨い。これを安定供給できるとなれば、産業として成り立つのだ!」

 ペトラさんの演説は終わりを告げた。要するに魔獣の養殖産業を花開かせようという試みなのだろう。

 でもあれだよね。魔力の選別を誤ったり意図的に操作したら、危険な魔獣も生まれるじゃないのかな? そういうのはどうするんだろう、安全管理の部分をさ。

 誇らしく語っていたペトラさんは気分が良さげで、今訊ねるという行為は出来そうになかった。


「お肉!」

「うむ、肉じゃの」

 そしてそれは伝播する。霞と夜霧に瞬く間に。

 僕だって、魔獣の肉が旨いことは承知しているよ。承知してはいるが、安全管理の部分が気になってしょうがない。

「お兄ちゃん! これは素晴らしい研究だよ」

 興奮が最高潮に達している、霞。それに準じる形で夜霧も食欲を漲らせている模様。

 今僕が何を言っても、こいつらは聞く耳を持たないだろうな。部外者である僕は語りの最後の方、まだ研究段階という部分に希望を持つしかないのかもしれない。


「所長、今回の実験も成功です。しかし魔力の安定供給に難があります。そこをもう少し掘り下げて行きませんと」

「そうか、詳しいことはレポートをあげてくれ。今は客人の相手をしたい」

 研究者らしき人達はペトラさんともう少し話したそうにしていたが、当のペトラさんは僕たちを優先するそうだ。


「精肉したものはこの村で一般的に食用としている。それを振舞おう」

「やったー! お肉、お肉、おにくー」

「魔獣の肉は旨いからの、楽しみじゃよ」

 こいつらが食い気に走ってしまうのを止められそうにない。僕も味見はするんだけどね。

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