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88.奇妙な村-1

「まあ、これはまた可愛らしい冒険者さんねえ」

 ヘンデルさんは謎の少女を連れ、両ギルドの出張所という名の民家へ戻って来た。

 そして、それは少女の第一声であった。

「いやいや違いますよ。そちらの少女もまた冒険者ですからね。ご兄妹で冒険者をなさっているのです」

 ヘンデルさんに言わせれば、霞も少女に分類されるのだろう。しかし、彼が連れている少女の方が少女然としている。どちらかと言うと、幼女に見えてしまうがね。


「いや、すまぬ。久方ぶりに村民以外に会ったものでね。

 私はこの村の管理をしている、ペトラ・シェルプという者だ」

「彼女はこう見えても歴とした大人なのですよ。私もここへ赴任した当初は、生意気な子供にしか見えませんで大変驚きましたし」

 えーっ! マジで、この少女が村長さんなの?

「シェルプさんは私たちよりもずっとお年を召した、お婆ちゃんなのですよ」

「これハル、私はまだ若いぞ」

 若いというより幼いといった感じだけどね。


「ふむ、間違いなく精霊だね。私も闇の下位精霊以外を見るのは初めてだが、それと判るものなのだな」

 今までに会った人たちとは毛色が違う、魔力も漏れてはいないので魔族では無さそう。僕は何故か、上手く言葉を返せないでいた。

「それとその隣のはリザード? いや違うな、ドラゴニュートなのか?」

「儂のことか? ヴァンパイアよ」

 は? 夜霧は少しだが険のある声で問い返している。マズいかもしれない。


「夜霧ちゃん、無花果なくなっちゃうよ?」

「なんじゃと? 儂の分を残しておくのじゃ!」

 良いぞ、霞。その調子だ!

「私をヴァンパイアと判別したか、何者だ貴様?」

 折角霞が夜霧の機嫌を誤魔化したというのに、この少女は空気読めないのかよ。

「彼女は夜霧、僕の精霊で、古き龍です」

「なんと! エンシェントドラゴンだというのか? しかしこの姿は……」

 ペトラという少女は腕を組み右手を顎の下に置き、静かに考え込んでしまった。

 先程の夜霧の話ではヴァンパイアとか聞こえたんだけど、吸血鬼ってことだよね?


『おい、夜霧。この子がヴァンパイアってどういうことだよ?』

『なにかの? 儂は食べるのに忙しいのじゃ、早よせぬと妹御に食べ尽くされてしまうのでな』

 お前、食べてる場合じゃないんだよ。

『あとでまたシュケーに貰ってあげるから質問に答えろよ』

『約束じゃからの。それで何じゃったかの? ふむ、それはヴァンパイアじゃの』

 いや、だからそうじゃなくて……。

『僕たち、襲われたりしないよね?』

『襲うのであれば、最初からやっておるじゃろ。それに傍に居るのは普通の魔族じゃ、問題なかろうて』

 なんか釈然としないんだよな。

『それとお前のこと、エンシェントドラゴンとか言われてたけど?』

『そう呼ぶ輩も居るだけじゃの。儂は旦那様の精霊と呼ばれる方が良いの』

 本来は漆黒の巨大な龍、畏れから壮大な名で呼ぶ者もいるかもしれないね。


「龍よ、その姿はどういう仕組みなのだ?」

「幼きヴァンパイアよ、儂の名はヨギリじゃ。旦那様の付けてくれた可愛い名じゃの」

「私のことはペトラと呼べば良い。だから、質問に答えては貰えないだろうか?」

「これは人化の魔法じゃの」

「人化……。魔族とも人間とも取れぬ姿だが、なんとかリザードマンには見えなくもないか……」

 再び考え込むペトラ。この人、考え込む癖でもあるのかな?


「ハルさん、美味しそうな香りがするのですがそれは?」

「これはお客様に頂いたイチジクという果物ですよ。とっても甘くて美味しいのですよ」

「村長はちょっとアレですから、私も頂かせてもらいましょうかね」

 ちょっとアレなんだ……。


「ヘンデルさん、この村言っては何ですけど凄く小さいのにギルドって必要なんですか?」

 僕はヘンデルさんにぎりぎり聞こえる声で訊いてみた。

「それはこの村がそれだけ特殊なのですよ。魔王都からも他の集落からも離れたこの村、どこか奇妙だと思いませんか?」

 奇妙と言われても、村に入ってすぐここに来た僕たちには判断する要素が見当たらない。

「村長が現実に帰ってきたら、村の案内もしてくれるでしょう。その時にその眼でしっかりと見極めてください」

 思わせ振りなヘンデルさんの言葉。一体なのが特殊なのだろうか? ヴァンパイアが村長の時点で既に特殊ではあるのだろうけど。


「エンシェントドラゴンとは山のように大きな体躯を持つと、父上に聞いていたものだ。その人化の魔法とやらを解いて、その姿を見せてはもらえぬだろうか?」

 ちょっ、現実へと帰還したかと思えば、いきなり何を言い出すんだ。

「夜霧はかなりの巨体なので、村の方が驚かれます。パニックに陥らないとも限りません」

 僕は実際のところ知らないのだが、魔王都はそうだったらしい。クリスさんにこれでもかと愚痴られたので反省はしているのだ。

「問題ない。この村の者なら心配いらない、驚くことはあってもパニックなどなりはしない」

 どういうことだろう? これもヘンデルさんの言った特殊性なのかな。


「夜霧」

「うむ、茶と菓子の礼。ということにしようかの」

 サービス精神が旺盛でらっしゃる。

「村の外に出ましょう。村を潰してしまわないように」

 ここで人化を解いたら、この村は瓦解してしまう。そんな小さな村だ。

「わくわくするよ。ありがとう、ヨギリ」

「はあ、村長が無理を言って申し訳ないです。あとでしっかりと村の案内をさせますので」

 ペトラは子供のようにはしゃいている。ヘンデルさんは反対に疲れ切ってしまっているけど。


 村に入って来たばかりだというのに、またぞろ村の外に出てきてしまった。

「夜霧、あの木の辺りまで行ってくれ。その方がお前の姿を視認し易い」

「了解なのじゃ」

 かなり遠い場所まで夜霧には移動してもらった。余り近くだと見上げても、よく見えないんだよね。

「夜霧ちゃん、走るの速いね。もう着いちゃうよ」

「ヨギリはあれも龍ですからね。身体能力は魔族や人間の比ではありませんよ」

 今まで大人しくしていたルーを含む精霊たちは伸び伸びと過ごしている。

 まあ、ルーは僕の後頭部に貼り付いているいるんだけどね。


「いよいよだな?」

「はい、そうですね」

 本当に只の子供じゃないのか?

 夜霧が人化の魔法を解いた。魔法の膜に覆われた体が徐々に巨大化していく。ある程度の大きさで弾け散る膜の破片は太陽の加減か、七色に輝いて見えた。

 そして姿を現した漆黒の巨大な龍。

「あれだけ離れているというのに、こんなにも大きく見えるということは……」

「大きいですね、確かに山のようだ」

 またも考えに浸るペトラ、もう放っておこう。

『夜霧、ゆっくりこっちに歩いておいで』

『良いのか?』

『うん、ゆっくりだよ』

 山が胎動するかのように、ゆっくりと近づいてくる。飛ぶと一瞬で通り過ぎてしまいそうだから、歩かせてみた。


 僕の前に首を伸ばしてきた夜霧の鼻先を撫でる。

「もう良いですかね? 夜霧」

「うむ」

 今度は逆に人化の魔法を行使した。不思議な魔法の膜に覆われた夜霧は、その膜と共に次第に縮んでいく。僕とそう変わらない大きさへと変化し終えると、膜が弾けた。

「夜霧、少し小さくなり過ぎたんじゃないか?」

「旦那様と同じくらいにしてみたの」

 以前より若干全てが小振りになっている。以前は口元に凶悪な牙が垣間見えたのだが、それも無くなっている。角も天を衝くほどには長くない、短くもないけど。

 いずれ、一見して人間と見間違える程の姿になるのではないだろうか。人化の度に精度が上がっているからね。

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