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87.アイザック村へ

「あれだな。夜霧、降りよう」

 僕が遠目に視認できたのは町というより村だった。

 今日は精霊交代制の初日、ジルヴェストとルーに幼少組のAチームが僕たちの警護にあたる。

 オンディーヌとシュケーにガイアは、一旦帰ってもらうことになった。どこに帰っているのか、未だに知らないのだがね。


 夜霧に降下してもらい、発見した村までは徒歩で移動する。

 事情を知らない人が、こんな真っ黒で巨大な龍を見たら驚くに決まっているからね。魔王都での騒動の教訓というやつさ。

 如何に僕が能天気でも、そこら辺は学習しているんだよ?


「こんな辺鄙な村に旅人とは珍しい。どこから来なすった?」

 村の入り口らしき簡素な門には軽装の鎧の纏い、槍を手にした兵士っぽい人が立っていた。魔力が駄々洩れで薄い水色をしているので、恐らくは魔族だろう。

「こんにちは、僕たちは魔王都から来ました。

 僕とこの子は冒険者で、こっちの彼らは僕の精霊になります」

 霞と共に冒険者登録タグを提示し、村への立ち入りの許可を求める。


「少し待っていただけるかな? 冒険者ギルド出張所の職員を連れてくる。俺ではこいつの照会が出来んのでな」

「わかりました、出来るだけ早めにお願いしますよ」

 警備のおじさんは一人しか居ないというのに、持ち場を離れて人を呼びに行くらしい。どうも冒険者登録タグが原因みたいだ。


「誰も居ないし、もう入っちゃおうよ」

「駄目だよ。小さな集落だ、噂なん一瞬で広まってしまう。悪いことはしない方が良い」

 警備のおじさんはそうでは無かったが、こう辺鄙な所だと排他的な扱いを受けかねない。少しでも悪目立ちしないように、気を付けておかないと。

 霞の言動には、細心の注意を払って起きた方が良さそうだな。


「はぁはぁはぁ、要望通り急いで戻って来たぞ」

わたくし、冒険者ギルド・商業ギルド共通出張所のヘンデルと申します。早速ですが、タグを拝見しますね」

 冒険者ギルドと商業ギルドって、こういう風に連携しているんだね。何をどう連携しているのかは不明だけど、人手不足を補っているのは理解出来た。

「ランクDの冒険者ですか、ハモンさんの話では精霊を連れているとか? ああ、その後ろの方たちがそうですかね。

 もしや会報に載っていた精霊使い様? 今はまだ魔王都に滞在されているはずですが……」

 会報とやらで、僕たちの存在が他の地域にまで知れ渡っている。何てことしてくれてんだ、クリスさん達は。

「魔王都での役目が終わったので、抜け出してきたんですよ」

「抜け出してきたとはまた人聞きの良くないことですが、まあ良いでしょう。

 それでこのアイザック村へは何のご用で?」

 アイザック村というのか、覚えておこう。


「諸事情がありましてね。この大陸の集落を全て廻ろうと考えていまして、最初に訪れたのがこの村なんですよ」

 会報とやらに僕たちの情報がどこまで記してあるのか分からない。それがはっきりとしない内は、詳しく話すのは避けるべきだろう。

「何やら事情がありそうです。公に出来ない内容なら致し方ありませんね。

 ハモンさん、彼らのタグは本物ですよ。通してあげてください」

 魔道具を用いた訳でもないのに、見ただけで本物と判断した職員のヘンデルさん。なにかコツでもあるのか、それとも単に彼がやり手なのか?

「ヘンデルの兄ちゃんが保証してくれるってんなら、俺は構わねえ。

 ようこそ、アイザック村へ」

 警備のおじさんは、にこやかに僕たちを迎え入れてくれた。


「私が案内しましょう。小さな村なので案内自体必要ないかもしれませんがね。

 まずは出張所の方へお越し願えますか?」

「はい、わかりました」

 僕たちはヘンデルさんに誘われる形で、両ギルドの出張所へと向かった。


 辿り着いたのは、周囲に溶け込んだ感じの普通の民家。出張所とはよく言ったものだ。

「いやはや、噂の精霊使い様ですからね。後程、村長にもお目通り願えますかね。

 それでですね、諸事情というものを伺うことは可能でしょうか? 何分小さな村ですので、トラブルは出来る限り避けたいのですよね」

 ヘンデルさんの言い分は分からなくはない。だが、初対面で信用できるかも分からない相手に話しても良いものだろうか? 僕の中にはその葛藤が渦巻いている。

「難しいですね。冒険者ギルド本部に問い合わせることが出来るなら、そちらで聞いてもらえますか?」

 ニールでギネスさんがスキルの問い合わせをした時に使った通信機のようなものがあるはずだ。それを用いれば、魔王都の冒険者ギルド本部へ繋ぐくらいは出来るだろう。

 そして、それは保険だ。クリスさんやティエリさんは十分に信用に値する。あの人たちならば、僕が秘密にしたいことをおいそれと話しはしないだろう。

 まあ別に秘密にする必要すらないのだけど。異世界から来たということがどういった騒動を巻き起こすのか、僕には理解が及ばない。


「本部の特命ということですか? それならば仕方ありませんね。一介の平職員である私では、問い合わせても門前払いでしょう」

 あれ? 勝手に納得してしまっているけど、本当はそうじゃないんだよ。ごめんなさい。

「お茶をどうぞ」

「彼女は私の奥さんです。職員は私一人ですが、お手伝いといったところですかね」

「あ、ありがとうございます」

 僕と霞の前にお茶の入ったカップが置かれた。夜霧が恨めしそうに見ているが、ここは我慢してもらおう。


「少しこのままでお待ちください。村長を呼んできます」

「あの、僕たちが出向いた方が良いのでは?」

「気になさらないでください。村長は若いので、平気です」

 ヘンデルさんは奥さんを残し、走って出て行ってしまった。


「夜霧、ほらこれで我慢しろ」

「菓子だの」

「このクッキー、美味しいよ」

 茶請けに出された手作り感抜群のクッキーを夜霧へと手渡した。

「あら、お茶が足りませんでしたね。今用意します」

「すみません」

 夜霧は一応精霊で護衛だから後ろに控えさせていたんだ。でも、折角だから甘えさせて貰おうかな。


『これ、お礼』

 シュケーが大量の無花果を僕へと渡してくる。お礼?

『ばばちゃんのお礼』

「儂の茶の礼じゃの、気が利くのじゃ」

「ああ、そういう意味か。あのこれ、この子から贈り物です」

 大量の無花果を右から左へと、ただ単に渡しただけ。

「これは何でしょうか?」

 あ! 無花果を知らないんだね、ダイモンさんも知らなかったしね。

「これはこうして、中の赤い部分を食べるんです。この量なら、お二人で食べ切れるでしょう」

「シュケーよ、儂も食ろうて良いかの?」

『うん、これ』

 夜霧、シュケーの無花果食べさせたこと無かったんだっけ? シュケーは新たに無花果を取り出し、夜霧に渡している。

「なんと甘露なのじゃ。何故秘密にしておったのじゃ?」

「秘密にはしてないよ。タイミングが合わなかっただけさ」

「ニールから魔王都へ移動する時はたくさん食べたんだよ? お兄ちゃんはその時、秘密にしてたけどね」

 なんで必要のないことを覚えてるの。


「本当に甘くて美味しいですね」

「お口に合って良かったです」

 夜霧とヘンデルさんの奥さんが褒めるものだから、シュケーはまたぞろ大量の無花果を手渡してきた。最初ので20個はあったのに、50個くらい山になってるぞ。

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