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85.霞と精霊たち

「あれの声が聞こえなくなってしもうたの」

「あ、ああ、すまない。やはり、考え事と同時というのは難しいな。それになんだか疲れたよ」

 なんだか体が怠い、どうしたのだろうか?

「ふむ、かなりの量の魔力を消耗したようじゃの。儂らの時間などに気を遣う必要は無かったのじゃよ」

 そんなことを口走ってはいる夜霧だが、先程まで楽しそうに会話していたではないか。僕を気遣ってくれるのは有り難いけど、もう少し正直になろうよ。


「お兄ちゃん、終わった?」

「うん、終わったよ。成果は何もなかったけどね」

 夜霧を除いた精霊たちと霞には、ドームの中で大人しくしていてもらっていたのだ。僕の集中を乱されると、話が進まないからね。

「それで僕ちょっと疲れちゃったから、休ませてもらうよ」

「お兄ちゃん、どこか悪いの?」

「なに、旦那様は魔力を消費し過ぎただけじゃの。少し休憩すれば元に戻るじゃろうの」

「良かった。干し肉のことは許してあげるから、ゆっくり休んで」

 お前、まだ根に持っていたのかよ。

 それでも霞のお許しも出たことだし、僕は少し眠らせてもらおうかね。



『主様がここまで魔力を消耗するなど、初めてのことじゃ。ババア、何があったのじゃ?』

『其方たちの維持にはそれほど消耗を見せぬ旦那様じゃが、召喚という行為に関しては別のようじゃの』

「お兄ちゃんはあまり苦労を他人にみせようとしないからさ。気を付けてあげてよ、夜霧ちゃんたちが」

「お主こそ妹御であろう? 其方が気を付けるべき事柄じゃぞ」

「ごめん。私も気を付けるから、みんなもよろしくね」

『そういうことなら俺達も任されようじゃねえか、なあ?』

『吾輩も気を付けよう』

「ヨギリとオンディーヌ、あなた達は特に気を付けなさい。ご主人様へ一番迷惑を掛けているのは、あなた達なのですから」

『妾やババアよりも、ちび共じゃろうに』

『おばちゃん、なーにー呼んだ?』

『呼んでなぞおらぬのじゃ』

「騒がしくしたら、お兄ちゃん起きちゃうから静かに!」



「ん、あああ、なんか寝た気がしないな。体、あちこち痛いし」

 寝袋では十分に休めた気がしない、柔らかくて温かい布団で眠りたいな。

 コキコキと首と肩を回しながら起き上がったのだが、ドームの中には誰も居なかった。普段、くっ付いて離れようとしないルーの姿までが見えない。

 一体どこへ?

 外に居るのかもとドームから出てみたが、どういう訳か全く見当たらない。

「さて、どうしたものか?」

 独り言ちてみるが返事なんかあるわけもない。

 少し、考えてみるとしよう。

 まず、霞が僕を放置していなくなるということは考えられない。論外である。

 それに精霊たち、主である僕を放置して居なくなるなんて以ての外だ。だからそれも考えるだけ無駄。

 以上を踏まえると、揃って何かをしているのではないか? と考えられる。

 まあ、考えたところで埒は明かないのだけど。


「くっくっく、どうじゃ儂の狩りの腕は?」

「夜霧ちゃん、人化したままなのに凄いね!」

『俺だって負けてねえぜ? ちゃんと血抜きってやつもやったしな』

『妾もしっかり捕まえておったのじゃ、貴様だけの手柄にするでないわ』

「喧嘩しないの。皆それぞれの活躍で大量のお肉をゲット出来ました。これならお兄ちゃんだって、きっと喜んでくれるよ!」

「そうです、カスミ様の仰る通りです。ご主人様が目覚めるまでに……」

「どうしたかの、ルーよ?」

「ご主人様が起き出していらっしゃいます! しかもこちらを見て……」


 どこに行ったのかと思えば、団体で帰って来やがった。ガイアが背負い、シュケーが枝で抱えているのは魔獣か?

「お前たち、居なくなるなら書置きくらいしておけよ。心配しただろうが!」

 至らない兄や主人を置いてどこかに行ってしまったのかと、本気で心配して心細かったなんてことは内緒だけどさ。


「ごめんね、お兄ちゃん。すぐに終わらせて戻るつもりだったんだよ」

「申し訳ございません、ご主人様。私が付いていながら」

「そんな些細なこと気にするでないの。土産じゃ、受け取るが良いの」

 ガイアとシュケーが前に進み出て差し出すのは、動物なのか魔獣なのかどちらとも知れない獲物。

「お兄ちゃん、お肉だよ! お・に・く。ジルヴェストちゃんがちゃんと血抜きしてくれているから、臭くないと思うよ」

 以前エルフの集落を後にして遭遇したヒュージブルを相手に、首の血管を切って血液を抜いたアレか?

 でもその前にコレ、爬虫類っぽいんだけど? 否、なんて生き物なんだろう?

「獲物で肉にするのは分かるんだけど、これ何?」

「ワニ?」

 霞がボソッと呟く。本当にワニなのか?

 ワニは確かに食用にもなるとか聞いたことはあるけど、食べたことは無いなあ。

「この中で物知りそうなのは、夜霧とルーか? 一体なんて生物だ、これは?」

 正体の分からない物をそうそう口にしたいとは思わないよね? 誰だってさ。


「妹御の話ではワニというらしいの。その先の川に大量に生息しておる」

「カスミ様曰く、ワニというらしいです。魔獣ではなく、普通の生物のようです」

 夜霧とルーの話を纏めると、だ。霞が先導したということになる。

「霞、このワニだけど、どういう生態だった? 分かる範囲で構わないから教えて」

 まさかだけど、リグさんの親戚ではないだろうな?


「最初鹿みたいのを追い掛けていたら、これが川に引き込んでぐるぐるぐるって回転して食べちゃったの。

 それで諦めようとしたんだけど、テレビでワニの肉を食べるってのを観てたからイケるかなって思って」

 霞の説明は僕の意図を理解していないのか、的を得たものではなかった。それでも聞いた感じでは、このワニは普通のワニらしい。


「最後に一つだけ質問するけど、リザードマンじゃないよね?」

「何を心配しておるのかと思えば、の。これは亜人種でもなければ、獣人種でもないのじゃ」

「いくら私だって、リグさんたちを食べようとは思わないよ!」

「それなら良いんだ、それならな」

 これで一安心だ。例え食べなかったとしても、もう殺してしまっているから、言い逃れすら出来ないんだけどね。

 

「それにしても、こんなに大きなの二匹もどうするんだ?」

「スノーマンちゃんにお願いするよ」

 保存方法を聞いたんじゃないんだ。

「僕は自慢じゃないが、魚も捌いたこと無いぞ」

「お兄ちゃん、それは本当に自慢じゃない。ジルヴェストちゃんにお願いしよう?」

 ジルヴェストに皮を剥いたり、肉を部位ごとに分けたりすることが出来るとは到底思えないのだが。


「ジルヴェストちゃん、輪切りにしちゃって!」

『ふむ、輪切りか。任せろ』

 ジルヴェストは短い草の生えた地面に置いたワニを綺麗に輪切りにしていく。それはもう何の抵抗もないという感じで、皮も骨もすっぱりと切れている。頭の部分も上顎・下顎が別々になり、脳みそがちょっと見えてしまっている。

「お兄ちゃんはこれ、皮を剥いて」

「僕がやるの?」

「誰かがやらないと食べられないでしょ!」

 それなら、お前がやれよ!

「儂が代わりやってやるの、旦那様はまだ休んでおるのじゃ」

『このようなものは妾に任せるのじゃ』

 やってくれると言うのなら任せるに限る。手出しせずに見守らせてもらおう。

 水を射出して金属を切断する動画を観たことはあるけど、実際に目の当たりにすると怖いね。ある意味、ジルヴェストみたいだわ。

 オンディーヌは水の刃で皮に切れ込みを入れ、夜霧がそれに手を掛け剥がしていく。こいつら、いつの間にこんな連携できるまで仲良くなったのやら?


「イフリータちゃんはここに火をお願い。スノーマンちゃんは今日食べない分を保存して。ガイアちゃんは鉄板作れるかな?」

 僕が夜霧とオンディーヌの皮剥きに注視している間、霞はてきぱきと精霊たちに指示を出しいた。霞もいつの間にか精霊たちを使いこなせるようになっている。


『地中の鉄分が少ない、土と混ぜたがこれで良いだろうか?』

「良いんじゃないか?」

『主殿がそう仰るのなら安心である』

 鉄板は無理だったけど、陶板にはなったんだしねえ。



「ほら、お兄ちゃんワニづくしだよ」

「ただ焼いただけじゃねえか!」

「嫌なら食べなくて良いのじゃよ? 儂らが食べるでな」

「ごめんなさい、いただきます」

 焼いて塩と胡椒を振っただけの極シンプルな料理だ。でもこれ結構おいしい、鶏肉みたいであっさりしている。

 パンに挟んで食べるには少し味気ないけど、この肉を主食にするなら問題ないな。

「あの姿からは想像できぬ旨さじゃの」

『うむ、これは中々なのじゃ』

「照り焼きのたれがあれば良かったね」

 照り焼きか、確かに。でも、醤油やみりんが無いから諦めるしかないよ。

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