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83.空を飛んだ日-4

「こうゆっくりと飛んでおると眠くなるの」

「寝ちゃ駄目だよ!」

 だからといって高速で飛行されても困ってしまう。


「僕には下は見えないから夜霧が判断してほしいのだけど、魔王都から離れた平原にでも降りてもらえるかな」

「なんじゃ見えんのかの? 儂の眼を貸しておるというのに情けないのう」

「僕がお前に借りたのは、魔力の色を見ることが出来る眼だろ?」

「そうじゃったかの。それで都を離れ原っぱに降りろとな、了解したのじゃ」

 日本の夜のようにあちこちに電気の光が灯っていることはない。お陰で夜霧の背中以外は真っ暗闇だ。


 太陽は日本でお世話になったお日様によく似ているのが、月は全く異なるものであった。クレーターが兎の形に見えたりはしない。それどころか、日本から観た月よりもやや小さくて赤い。しかも、なんと2つも存在する。

 小さいからか2つもある月の双方が、今日に限って姿を見せてくれていない。その月でも出ていれば、少しは明るくなるかもしれないのに。


「では降りるのじゃ」

『婆さん、もっと先だ』

「なんじゃと?」

『そこは沼地だ、主には過ごしにくい』

「ぬぬぬ、仕方ないの」

 てっきり降りるのかと思い身構えたのだが、ジルヴェストが何かに気付き着地地点は変更された。広域の感知に関しては、ジルヴェストに一日の長があるのだろう。


 冒険者ギルドの訓練場を出てからまだそんなに時間は経っていないのに、沼地だって? そんな地形の話は聞いたことがない、一体どこまで飛んで来たのだろう?

「そういや、今どこを飛んでいるんだ? 魔王都から観て、どっち側だ?」

「もうかなり都からは離れておるよ。都からなら凡そ西になるじゃろうの」

 夜霧の妹さんは北に居るって話だったから、北に向かっているのだと考えていた。

 だが、実際に蓋を開けてみれば西に向かって飛んでいる、何かしらの意味があるのだろうか?

「なんで西に向かっているんだ?」

「風がの、東から吹いておる。流されるのが最も楽じゃからの」

「お前の妹さんは北に居るんだろ?」

「儂本来の速度で飛べるのであれば可能じゃが、この速度では無理じゃ。旦那様たちを落としかねん」

「そうか、わるかったな、無理を言って」

 技術的に無理だというのなら仕方ないね。とりあえずは、妹さんと話をすることを目的としよう。


「このまま、徐々に降りて行くのじゃ」

『今度は問題なさそうだ、主よ』

「ありがとう、夜霧もジルヴェストも。霞、しっかり摑まっているんだぞ」

『妾が抱き留めておるのじゃ、安心せよ』

「オンディーヌちゃん、ありがとうね」

 ズルいぞ! 僕は頭の上にルーを乗せてはいるが、自力で身を固定しているというのに。

 ガイアにはシュケーを委ねている以上期待は出来ないし、幼少組はそもそもが期待出来そうにない。ジルヴェストは広域感知と僕たちに吹き付ける風の抑止に努めてもらっているから、これ以上我儘を言うのはどうだろうか。

 そうなるとやはり僕は、自力で身を固定するしかなかった。


 夜霧は巨体とは思えない身軽さを発揮して、地上へ降り立つ。おかげさまで僕たちに掛かる負担は殆どない。

「着いたのじゃ」

「夜霧、ご苦労様。ルー、少し強めに辺りを照らしてくれ。出来ればもっと上からね」

「はい、ご主人様」

「降りるんだよね?」

「地面に降りて、夜営の準備をするぞ」

 ルーが少し上空に行き、辺りを照らしだす。その灯りのお陰でスムーズに夜霧から降りることが出来た。


「おっ、シュケーもガイアから離れたか。ガイア忙しいところ悪いが、ドームの構築を頼む」

『任されよ、主殿』

 テントの代わりはガイアにお願いすることを以前から決めてある。だから、テントは買わなかったのだ。

 ガイアは地面から板状の土を徐々に伸ばし、全員が入れる大きさのドーム状の仮宿を作り出してくれた。

「立派なものだ、ありがとう、ガイア」

『当然です』

「お兄ちゃん、お腹減った」

 晩御飯を食べてからかなり経つからな、仕方ない。

「霞は夜食の準備だ、イフリータ手伝いを頼む。夜霧はどうする、そのままの姿で居るか?」

「すぐにまた発つのではなかろう?」

 夜霧は不思議な光景の魔法で人化を遂げた。


「お兄ちゃん、干し肉が無いよ! 買ってないの?」

「お肉はまたどこかで調達出来ると思って買ってないわ」

「んもう、お肉無くてどうすんのよ!」

 霞は怒髪天を衝くほどのご様子。肉くらいでそんなに怒らなくても良いだろうに。

 またどかで魔獣と遭遇するかもしれないし、必要ないと思ったんだよ。


「お兄ちゃん。ポップコーン作って! 私、作り方しらない」

 非常にご機嫌が良くない霞にお願いされてしまう。ここでこれを断るという愚を犯すのは、さすがにマズい気がする。

「ああ、わかったよ」

 リュックの底から小鍋を取り出し、油を大目に入れてからメイムを投入した。

「イフリータ、お願い」

 蓋をした小鍋をイフリータに炙ってもらう。油が温まるまで少し待つと、ポンッポンッと弾け始めた。少し多めのメイムが弾け、小鍋はもういっぱいだ。

「お待たせしました。どうぞご自由に味付けして、お召し上がりください」

「これで許したわけではないんだからね!」

 干し肉くらい大目に見ろよ。この肉中毒め!


「塩しかないじゃん!」

「これは黒胡椒みたいな感じのやつ。少しなら使って良いよ」

 結構高かったので少ししか買っていない、全部使われると困ってしまう。それは魔獣のお肉の為に購入したのだから、それこそ本末転倒だ。

「本当だ、黒胡椒の香りがする。これは良いものです」

「儂にも少し頂けるかの?」

『妾にもじゃ』

「オンディーヌ、お前まで食べる喜びを知ってしまったのか?」

『うむ、食事は良いものじゃ』

 マズいな。夜霧は一応カウントしてあるけど、オンディーヌまで数に入れていない。食料が圧倒的に足らなくなりそうな、そんな予感を通り過ぎて悪寒がしてきた。


『主殿、食事というものはそんなに魅力的なのですかな?』

「ガイアも興味があるのか、人化を習って試してみたら良い」

 興味があるのであれば、無下にするのは可哀そうだ。お金なら冒険者ギルドに貯金がたんまりとある、なんとでもなるだろう。

 出来るだけ早い内に、食料を追加で購入した方が良いだろうな。果たして、近くに町はあるのだろうか? 無ければ、魔王都の北区か西区に行こう。入ったことの無い外周区なら、バレることもないはずだ。


『主よ、駄目なものは駄目というべきではないのか?』

「ジルヴェスト。例えお前が興味を示したとしても、僕は応援してあげたいと考えてしまうだろうな」

『主は甘いのだな』

 甘いのだろうか? 金銭的にも厳しく、本格的に切羽詰まってきたら別だけど。余裕があるなら、対応してあげても良いと思うんだよね、僕は。

『その甘さもまた主だからこそ、なのだろう』

 ジルヴェストは訳の分からないことを言ってるが、放っておこう。

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