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82.空を飛んだ日-3

「そろそろ刻限です、訓練場に移動しましょう」

 冒険者ギルドのロビーに据え付けてある柱時計は2の刻を告げようとしていた。

 この時計、文字盤が9までしかないから見方が分からない。教えてもらうの、すっかり忘れてたよ。


 訓練場に着いたのだが、何故か人がたくさん待ち受けていた。

「これ、どういう状況なんです?」

「ヨギリさんや君たちの姿を一目でも見たいという者が殺到してね。観覧を許可したのだよ」

 深夜にこっそり出て行くはずではなかったのか?

「これでも抽選で選抜したのですよ? 魔王様も観覧を希望されたのですが、お断りしましたしね」

「まあ、叔父様は抽選に漏れたので仕方がないさ」

 アメリアさんとティエリさんの言葉に、僕は首を傾げる。騒動を起こさない為に深夜を選んだというのに、これでは台無しではないか!


「ほら、皆も期待している。準備したらどうだ」

 クリスさんに急かされる。もう何を言ったところで手遅れだし、ギャラリーの目は気にしないことにしよう。


「夜霧」

「うむ」

 ギャラリーは遠目にこちらの様子を伺っているので、訓練場の中央は大きく空いていた。夜霧はそこへと移動すると、人化の魔法を解除する。

 人型の夜霧は魔法の文字なのか、膜のようなものに包み込まれる。それは次第に大きくなっていく。

 見る間に大きく、いや巨大になる魔法の膜のような何か。その膜がパンッと音を立てて弾けると、本来の夜霧が姿を現した。


「――おおおおお」

 漆黒の巨大な龍の姿を観たギャラリーは、その姿に呆気に取られているかのようだ。

 ギャラリーのどよめきを余所に、夜霧はこちらへと首を伸ばしてくる。


「旦那様よ、儂の首を伝い背まで登るが良いの」

「そうさせてもらうよ。寝そべることは出来ないのか?」

 何しろ夜霧は超巨大、ちょっと屈んだくらいで登れるようなものではない。

「こうかの? これ以上は無理じゃ、起き上がるのが大変じゃからの」

 前足を地面に着き背をギリギリまで低くしてくれている。腕立て伏せのような格好だが、これだけ低くなれば十分だろう。


「ありがとう、夜霧。よし! 霞、お前たち、夜霧の背に乗り込むぞ」

「ふふ、楽しみだね。夜霧ちゃん、お邪魔するよ」

『妾も元に戻ったのじゃ』

 オンディーヌもいつの間にか元の姿へと戻っている。夜霧に目が行っていて気付かなかったよ。

 霞は宙を飛べる精霊たちと共に夜霧の背中へとよじ登っていく。


「ガイア、シュケー、大丈夫そうか?」

『吾輩は問題ないが、この子は無理かもしれぬ』

『シュケーも一緒が良いのに……』

 シュケーだけ帰ってもらうというのは確かに少し可哀そうだ。何か手段は無いか?


「シュケーは地面が無いと駄目なんだよな?」

『……うん』

 シュケーは一人だけ除け者にされると考えているのか、意気消沈具合が酷い。

「なら、こうしてみよう。シュケー、ガイアに寄生したらいけるんじゃないか?」

『きせい?』

「えっと、ガイアに根を降ろしたら大丈夫なんじゃないか? ガイアも頼めるかい?」

『吾輩は構わぬぞ』

 要するにガイアを地面に見立て、そこに根を張ってもらうという応急処置。

「ガイアの背中に乗ってもらうか? 表面を少しだけ柔らかくしてやってくれ」

『おじちゃん、だいじょうぶ?』

 シュケーはガイアの背中へと4つの脚を埋め込んでいき、無事固定された。

『後でオンディーヌ殿に水を頂戴しよう』

 ガイアは満更ではない様子で、シュケーを背負ったまま夜霧の首を登って行った。


 僕以外の全員が、ああ、ルーも残っていたか。僕とルー以外の全員は夜霧の背中へと辿り着いていた。

 背中と言っても殆ど首の根元だな。翼の根元はよく動くので危ないらしく、首の根元へと誘導されたようだ。

「それでは僕も行きますね。お世話になりました」

「何を改まっておる、おかしな奴だ。さっさと行ってこい」

 クリスさんは僕の言葉を真っ直ぐに受け取ってはくれなかったようだ。お礼を述べたつもりなのに。

 

 後ろに控えていたダイモンさんは僕を少し離れた所へと連れ出す。

「まったく、お前は。オレには知らせてくれても良いだろうが」

「ごめんなさい、内密にしてもらう約束でお話ししました」

 アメリアさんだ。僕としても苦渋の選択だったんだけど、ティエリさんに近しくなってしまったダイモンさんには内緒にしていたんだ。

「まあまあ、その辺にしておきましょう。私たちに内緒にするのは仕方のないことですよ。アメリア君も相当迷ったようですしね」

 勘が鋭いティエリさんには、僕の考えは読まれていたか?


「お前たちなら平気だろうが、気を付けて行けよ」

「旅の安全を祈っています。クリスには適当に言っておきますので、気にする必要はありませんからね」

「カスミさんにもよろしくお伝えください。私も皆さんの旅の安全を願っています」

「ありがとうございます」

 出来ることなら正直に全て伝えて旅立ちたかったな。

「ほら早くしないとクリスに勘付かれてしまいます。また、いつかお会いできる日を楽しみにしています」

 マズい、涙が溢れそうだ。頬を伝っているのは汗だろう。

 深く頭を下げると、涙が地面へと落ちるのが見えた。


 左腕で涙を拭い、夜霧の背中を目指す。後頭部に張り付いていたルーは離れ、僕の前を先導するように進んでいる。

「私には今、ご主人様のお顔が見えません。綺麗に拭いてくださいね」

「ありがとう、ルー。もう平気さ」

 小さな精霊は僕の涙に気を遣ってくれたようだ。


「お兄ちゃん、遅いよ!」

「最後に挨拶をしていたんだよ。魔王都とはこれで一旦お別れだ、最後に夜空から眺められるなんて素敵なことだね」

「真っ暗で何も見えないだろうけどね」

 お前そこは肯定して、兄を立てるところだぞ!

「もう良いのかの?」

「変な姿勢で待たせてしまったね。それじゃ出発しよう」

 夜霧には少々辛い姿勢だったはずだ、よく我慢してくれた。


 夜霧は身を起こす、落とさないように気を付けてくれているようだが、その振動はかなり怖い。

「しっかり捕まっておるのじゃ、征くぞ」

 その言葉を合図に翼を勢いよく羽ばたかせ、夜霧は大空へと飛び立った。


「うわー、こわいこわいこわいこわい!」

「お兄ちゃん、うるさい!」

 だって怖いってルーが照らしているとはいえ、ほぼ真っ暗なのにも関わらず一気に上昇したんだぞ。

『何かあれば俺達が守る、心配するな主』

『そうなのじゃ』

『そーだよー』

 精霊たちが口々に安心しろと言ってくる。信用はしてるけど、それとこれとは違うんだってば。


「夜霧ちゃんの首くらいしか見えないね」

「……そうだな」

 飛行が安定してきて、他に目をやることが出来るようになった。

 確かに何も見えない。横を見ても暗い空だし、下は夜霧の巨体が邪魔で見える訳もない。

「随分と寂しい魔王都との別れになってしまったね」

「何言ってんのお兄ちゃん。飛行機でもないのに私たち空を飛んでるんだよ! 凄いことなんだからね」

 霞はとことん前向きだった、僕も少し見習おうかな。

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