81.空を飛んだ日-2
「これが新作? 面白い味付けだね。お兄ちゃんが作ったのは何味なの?」
「僕が作ったのは塩味だよ。思いつくのがそれしか無かったし」
霞は晩御飯の前だというのに、夜霧たちが買い付けてきたポップメイムを食べている。つまみ食いの為に量が激減しているのだが、それには気付いていないようだ。
「実はの、少し食べてしまったのじゃ」
『ごめんなさいなのじゃ』
「いいよ、いいよ。買ってきてくれただけで十分だよ、ありがとうね」
普段の食い意地の張った霞とは思えない言葉に、僕はとても驚いてしまった。
「お優しいカスミ様に感謝するのですよ」
ルー、お前はなんでそんなに偉そうなの? 僕としては仲良くしてほしいのだけど。
「晩御飯を食べたら少し休んで、それから支度しようか」
「ちゃんとチェックしたんでしょ、もう忘れ物は無いよね?」
「無いはずだよ」
自信はない。一人で確認したので漏れがないとはとても断言できそうにない。
「魔王都のご飯もこれが最後になるんだね」
「特徴的な食べ物があるわけではないから、どこでも一緒じゃないかな」
「お兄ちゃんは本当にそういうの気にしないよね」
そういうのとは、どういうものだ? 呼ばれたから来ただけの魔王都。人の縁というものが多少なりとも得られたのは救いだが、所詮はそれだけでしかないのだ。
違う土地に行けば、また出会いもあることだろう。当然ながら別れも付き纏うのだろうけど。
「セーターはもう着込んでしまおう。ここだと暑苦しいけど、皆の前で着替えるのは嫌だろ?」
「でも、夏にセーター着るみたいなものだよ。嫌がらせだよ!」
食事を終え、支度を開始する。
ブツブツと文句を垂れ流す霞を無視して、荷物を纏める。そこそこ長い間滞在した宿なので、私物等が散らかっているのだ。
大人しくしているようにと厳命された僕は暇なので、既に片付けを済ませている。しかし霞は氷像作り以外、ほぼ遊び惚けていたので散らかったままなのだ。脱ぎっ放しの服など、女の子としてどうかと思うよ。
「宿を出る時に、預けていた洗濯物を受け取るの忘れないようにしないとね」
「昨日出したやつとか、乾いているかな?」
「半乾きでも持っていかないと、下着の替えはそんなに無いんだから」
下着の類はニールでメーシェさんと買い物に出た時以降、買い足していない。もう少し数を増やしても良いけど、嵩張らないとはいえ荷物にはなるんだよな。
その後も二人で部屋の片付けを続けた。精霊たちは皆、我関せずで手伝ってくれたりはしない。
「時間は分からないけど、もう行こうか?」
「洗濯物もらってくるから袋ちょうだい」
リュックの脇ポケットに収められている布袋を手渡した。
「洗って乾いているものと分けるんだよ? 袋は2つ渡しておくから」
「わかってるよ、もう!」
袋を持って部屋を出て行った霞だが、本当に分かっているのか不安だ。
「お前たち、まあお前たちに準備など必要ないだろうが出発するよ」
「儂の出番じゃな?」
「まあ、そうなんだけど、まだだからね。先に冒険者ギルドへ向かうから」
『妾らは問題ないのじゃ』
オンディーヌはすっかり、夜霧とルーを除いた精霊たちのリーダーになっているようだ。認めらているかどうかは知らないけど。
「私は勿論大丈夫ですよ、ご主人様」
ルーは僕の後頭部に張り付いている、彼女はそこを定位置に決めたらしい。触れられている感触は全くないので不思議だ。
「お兄ちゃん、洗濯物全部出来上がってた!」
「じゃあ、僕のリュックに入れてしまおう」
宿のカウンターでチェックアウトの手続きをした。代金は冒険者ギルド持ちなので気楽なものだ。
馬車が用意されているなんてことはないので、てくてくと歩いて冒険者ギルドへと向かう。
「夜霧の背に乗って空を飛ぶことになるのだけど、不都合があったりしないのか?」
「儂は問題ないの。あるとすれば此奴らじゃの」
夜霧が指し示したのは、歩行形態のシュケーとガイア。
「ああ、ガイアもシュケーも地面が無いと駄目なのか」
『主殿、試してみねば分からぬ』
『シュケーもわかんない』
「そりゃそうだろうな、お前たちが自力で飛ぶことなんて無いだろうし」
しかし困ったな、ここに来て問題発生だ。最悪、一度お帰り願うしかないかな?
他のものたちは普段から宙に浮いているから、恐らく何の問題もないはずだ。
「オンディーヌとルーは人化したままで平気なのか? 駄目なら解除しとけよ」
『ババアと一緒の時で構わぬのじゃろう?』
「闇を照らし出すお役目がありますので、私は今魔法を解きます」
若干薄暗いけど、街灯らしきものは一応ある。それでもルーが照らしてくれた方が安心かもね。
どこが人化なのか理解不能なルーのそれは解除され、今はその体から眩い光を放っている。直視すると目に悪そうなので、そっと視界から外したのは内緒。
「やっと来ましたね、待ってましたよ」
冒険者ギルド本部のロビーで僕たちを迎えてくれたのは、謁見以来ご無沙汰なティエリさん。
「冒険者ギルドの営業はもう終わっていますからね。まあ、そこにお掛けになってください」
「お前たち、久方ぶりだな。なんか妙なのが増えている、のか?」
僕を方を指し示しているダイモンさん、妙なものといえば……。
「これはルーですよ。上位精霊だか、高位精霊だか、なんだかよく分からないのですが変異しました」
「ご主人様、酷いです」
「事実じゃからの」
夜霧から一通り説明は受けたのだが、理解が及ばない。彼女らはよく分からないけど、精霊ではあるのだ。それだけ分かれば十分だ。
「なんともまた凄いことになっていますね」
「退屈しないな、お前は」
呆れた表情をしている二人だが、そのような顔をされても僕はどうしたら?
「なんだ、やっと来たのか?」
「まだ十分時間はあるのですから、そのような言い方はよくありません、マスター」
クリスさんとアメリアさんも姿を現した。
「出発するのはもう少し後になりますね、今はまだ酒場などが営業している時間帯ですからね」
「そうだ、なるべく市民の目には触れさせないようにと城からの通達がある」
それでも許可してくれただけ有難い、魔王様には感謝しておこう。
「それにしても随分と厚着だな」
「上空の気温は低いでしょうからね。それに夜は少し冷えるので丁度良いですよ」
外を歩く際にはセーターを着ていても暑苦しく感じることはなかった。
「アキラさんがまた問題を起こしたとクリスに愚痴られたのですが、何をしたのです?」
「別に何もして……、しました」
誤魔化そうとしたら、クリスさんに睨まれてしまった。
「アキラさんは商店街の活性化に一役買ったのですよ。そのお陰で冒険者ギルドも潤うのです」
物は言いようだな。アメリアさんは自分の手柄にもなるからと、嬉しそうに説明してくれた。ダイモンさんへのアピールも兼ねていると考えられる。
「ほう、それはまた面白いことをやっていますね。私も今の忙しさが過ぎれば、お手伝いしますよ」
ほらこれだ、ティエリさんは儲け話と聞けば絶対に放っておかない。だから誤魔化そうとしたのに……。
「ところで、用事が済むにはどの程度掛かるのだ? その商店街関連のこともあって、早めに帰ってきてもらいたいのだが」
やはり帰って来いと言われてしまうのか。クリスさんの問いにどう応えようか迷っていると、アメリアさんが僕を見て小さく首を振る。甘えさせて貰いますね。
「どのくらい掛かるのかは、正直わかりません」
「そうか、まあなんでもいい。出来るだけ早く戻ってくれ」
僕はクリスさんのその返答を態と聞き流した。




