78.魔法金属精製所
失敗した、守衛さんの言う通りに帰っておけば良かった。
ここ凄く暑い、暑いっていうより熱い。しかもここは研究所も兼ねているらしく、魔法の使用や精霊の力の行使を控えるようにとお願いされた。
スノーマンにちょこっと冷やして貰えるだけで、快適に過ごせると思うのだけど。
「私もう駄目。暑くて、汗でドロドロだよ」
「やや暑いですが我慢してくださいね。ここを通り抜ければ、若干涼しくはなりますので」
この暑さの原因は溶鉱炉があるからだと思う。ほんと、暑い。
頑丈そうな建物とその外周にある頑強な壁で保温効果が抜群に過ぎる。眩暈がしてきた。
「その先へとお進みください。職員の詰め所ですが、控室の代わりにしましょうか」
「……確かに少し涼しいですね」
「休憩しよ、休憩」
精霊たちはどこ吹く風といった感じなのだが、僕と霞は満身創痍だ。
「それなら少しお話しでもしましょう。
私はこのアルク魔法金属精製所の所長をしております、デュラン・アルクフォートと申します。一応、魔王都における主要産業のひとつですからね。魔王様にも受けが良いのですよ」
「だから側近として会議に出席されていたのですね」
納得した。これだけ設備が整った工場だ、生産量もそれなりにあるのだろう。
「ええ、父が存命の頃に魔王様の後援に就いて以来のお付き合いですね」
存命の頃、ということはもうお亡くなりになってしまったのだろう。
「アキラ様は当精製所に興味があるようでしたが、何か気になることでも?」
「知り合いに魔法金属を欲している者がおりまして、出来たら少し取引出来ないだろうかと」
最初はただの興味本位で見学したかっただけだ。しかし、丁度良い機会でもあるので交渉してみよう。
「ほほう、それはその装備品と関係がおありなのですか?」
「はい、そうですね。これを作ってくれた技術者さんが魔法金属の仕入れに困っていましてね」
ニールへの供給量が少ないのか、仕入れが滞っているようなことを話していたと思う。うろ覚えなんだけど。
「以前、実演を拝見してから私もその装備品に目を奪われましてね。興味があったのですよ。ですから、そのような品を作れる技術者であれば、是非ご紹介いただきたい」
実際にこれの実力を目の当たりにしている訳だし、興味を持たれるというのは分からない話ではない。それに僕にとっても、デニス爺にとっても好都合でしかない。
「紹介するのは構いませんが彼はニールに在住ですし、どのように紹介するべきかと?」
ティエリさんやクリスさんのように、ダイモンさんを介して手紙で商談を取り付けるというのが妥当なのかな?
「行商人を幾人か見繕う? いや、直轄のキャラバンを構成した方が良いか……」
所長さんはぶつぶつと独り言を呟きながら、検討している模様。
「商品がニールまで届いていないのならば、うちの方で直接送り届けましょう。
その技術者のお名前は何と仰るのでしょう?」
資金力があるとやることも大胆なんだね。直接持って行ってくれるんだ?
「はい、デニスです。皆からはデニス爺と呼ばれていました。
クリスさんやティエリさんが言うには、とても腕の良い魔道具技師らしいです」
「デニス? どこかで聞いたことのあるような……、魔道具技師? デニス・グラニエル! まさか存命だったとは」
デニス・グラニエル。爺さん、そんな格好いい名前だったのかよ。
悪人面で、人を挑発するような笑い方をしている爺には似合わない名前だ。
「ご存知なのですか?」
「はは、これは良い! 実に良いぞ! 彼になら私の最高傑作を託せるというものだ」
聞いてねえ! 所長は自分の世界に行ったまま、帰って来てくれそうにない。
「ああああ、申し訳ない取り乱してしまいました。
えっとそうですね、紹介状のようなものを一筆お願いできますでしょうか?」
「あ、はい」
「ありがとうございます。これで私は直接ニールへと足を運び、交渉出来るというものです」
あれ? 僕が交渉していたはずなんだけど、いつの間にか立場が逆転している。
「この世界の文字、スキルのお陰で読めるんですけど、書くのはちょっと苦手なんですよね」
「そういえば、そういうお話でしたね。余所の世界からやってきたとか」
スキルという、なんともインチキ臭いもののお陰で読み書きは出来てしまう。ただ、この楔文字を自分が書いているというのが、なんとも奇妙なのだ。
「これで大丈夫でしょうか?」
「……ふん、ふむ。はい、問題ありません。ありがとうございます」
「デニス爺も喜ぶと思いますし、よろしくお願いします」
これで僕のデニス爺への義理は果たせたと思う。再会する機会があれば、また何か作ってくれるかもしれない。
「いやはや、良い取引が出来そうです。休憩はそろそろお終いにして、見学を続けますかね?」
「霞はどうしたい?」
僕はもう暑いのは嫌だ、宿に帰って風呂に入りたい。
「折角来たんだから、色々見てみたい」
えーっ、冗談だろ? さっきまでへばっていた癖に何てこと言いやがる。
「それでは、ご案内しますね」
「ほら、お兄ちゃん行くよ」
僕は渋々といった感じで足取り重く動き出した。
「これが従来の魔法金属を越える、新しい魔法金属です。父の代で理論が、私の代で漸く完成の目途が付きました。これをデニス・グラニエルには是非とも使っていただきたい」
戻るのかと思えば更に奥へと進んで、新型の魔法金属を紹介された。見ても何が何だかさっぱり分からないのだけど、所長さんがノリノリなので何も言えない。
霞もちんぷんかんぷんらしく、つまらなそうにしている。もう完全に興味の失せた社会科見学状態である。
「少し力が入り過ぎてしまいましたね。以上になりますが、何か質問はございますか?」
「いえ、特には。大変素晴らしいものを拝見させていただきました」
何が素晴らしいのかも、よく分からないのだけど。こう言っておけば、気分を害することも無いだろう。
「そう言っていただければ何よりです。また機会があれば、見学に訪れてください」
もう来ないと思うよ、だって暑いんだもん。
やっとのことで出入口まで戻って来た。進んだ分だけ戻るのだから、とても大変だったよ。
「ご兄妹が元気で居らっしゃることもお伝えしておきますね。いや~、楽しみだな」
「今日はどうもありがとうございました。デニス爺をよろしくお願いします」
守衛さんたちにも挨拶をして、アルク魔法金属精製所を後にした。
少し臭い工業街の空気だけど、中に比べれば天国みたいなものだ。
「今度こそ帰るからな?」
「うん、お風呂入りたいね。もうドロドロだよ」
霞が余計なことを言うから、こんなに長引いたんだよ。自業自得だ。
「お風呂は僕が先に入るからね」
「レディーファーストだよ?」
どこにレディーとやらが居るのだろう? ああもう、服がベタベタ貼りついて気持ち悪い。
「ジルヴェスト、風を少し吹き付けてくれないか?」
『人間は大変だな、主よ』
ふう、生き返るわ。
「お兄ちゃん、ズルい! 私も」
もう勝手にしてくれ、僕の横にでも並べば良いだろ?
「えーと、この道で合ってるよな?」
「西に向かって行けば着くんじゃない?」
「このまま真っ直ぐですよ、ご主人様」
「ありがとう、ルー。霞は適当なこと言うなよ、迷ったら大変だろ」
また門で手続きがあるのか、面倒くさいし、時間が掛かるんだろうな。




