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77.シュケーと人形

 家具屋のおじさんは霞を工房の隅のテーブルへと誘うと、何かを一方的に捲し立てている。おじさんの熱い語りを拝聴するのは霞に任せよう、どうも暑苦しくて敵わない。


「シュケー、その人形が良いのか?」

『うん、可愛いもん』

 少し背の低い人体模型にしか見えないのだけど、霞もシュケーも気に入ったらしい。僕なんか、夜中に見たら飛び上がって驚きそうな気がする。はっきり言って、気持ち悪い。

「シュケーはここで大人しくしていてね、まだ持って来ちゃ駄目だからね」

『どこいくの?』

「外の連中を見てくるだけだから、人形で遊んでおいてね」

『うん』

 シュケーを置いて行くのは少しだけ心配なのだが、外の精霊たちを放置したままというのも気掛かりなのだ。

 決して、おじさんの相手を霞に押し付けた後ろめたさから逃げるわけではない。


「何やってんだ? お前ら」

『遅いのじゃ、妾を放って何をしておるのじゃ』

「先程からこのような感じでの、荒れておる」

『主よ、こいつをなんとかしてくれ。ちび共でさえ大人しくしているのに、うるさくて堪らねえぜ』

 意外にもオンディーヌだけに落ち着きがなく、幼少組は大人しくしている。

「オンディーヌ、静かにしなさい。もう少ししたら用事は済むから」

『本当じゃな?』

「夜霧とルー、済まないが面倒を頼む」

 いつもならオンディーヌにも頼むのに、なんで今日に限って落ち着きがないのだろう。

「お任せください、ご主人様。しっかりと抑えておきますわ」

 なんかルーが言うと、力でねじ伏せるように聞こえるんだけど。

 まあいい、どちらにしろそう時間はかからないだろう。


 工房へ戻ると話は既に終わっていたようで、シュケーは人形を抱きかかえて満面の笑みをたたえていた。

「おっ兄ちゃん、この木の嬢ちゃんもよく見ると別嬪さんだよな」

「いや、まあ、確かにそうかもしれませんけど」

 家具屋のおじさんは物凄く上機嫌になっている。

「俺の人形も気に入ってくれたみたいだしよ、嬢ちゃんと木の嬢ちゃんにそれぞれ一体ずつプレゼントするぜ。好きなのを持って行ってくれ」

 一体何の話をしたら、こんなに機嫌よくなるんだろう? 訊いてみたいが少し怖い。

「おじさん、ありがとう! 良かったね、シュケーちゃん」

『あるじ~、ありがと、伝えて』

「この子もありがとうって言ってますよ」

「ははは、なーに、お安い御用さ」

 叔父さんの機嫌が良すぎて気持ち悪い。本当に何の話をしたんだ、霞。

 それに人体模型二つもいらない、霞とシュケーで共有すれば良いのに。


「あ、あとお皿を購入したいのですが」

 この街にはお皿を買いに来たんだ、人形を貰いに来たわけではない。

「これな、どのくらい必要なんだ?」

「そうですね、洗って使いまわす予定なので20枚もあれば十分ですかね」

「洗うのか、ちっと待ってろ。……少し値は張るが表面処理したこれなら、使い回せるだろう。20枚だと、そうだな100シルバーでどうだ?」

「適正な価格帯がわからないので、それでお願いします。霞、お金お願い」

 数えるのが面倒くさいので、霞にお願いしよう。本当に500円玉みたいなのがあればな。

「んじゃ、これな。100回くらいなら洗っても大丈夫だ」

 表面に何か塗ってある、漆みたいなものか? 無垢のものは洗うと水吸っちゃうのか、盲点だったわ。


 おじさんは店先まで見送りに出てくれた。僕たちは待たせていた精霊たちと合流する。

「ほ~、こりゃ凄いな。商会の皆に自慢してやろ」

 おじさんは精霊たちが勢揃いしているのを見て、驚いているようだ。

「それじゃどうもお世話になりました」

「なに、良いってことよ。また何かあったら寄ってくれ」

「ええ、そうさせてもらいます。それでは失礼しますね」

 ここは社交辞令というやつで対応しておこう。


「おじさん、良い人だったね」

 そう言いながら人形を引き摺る、霞。引き摺るなよ、ちゃんと持てよ!

「あれ? シュケー人形は?」

『入れた』

「入れた?」

『うん、ここ』

 シュケーの胴体が収まっていると思われる木の幹、そこを軽く開くようにすると中に人形あった。

 樹木であるシュケーが木で出来た人形を仕舞い込んでいる、なんとシュールな光景だろう。それでも引き摺り廻している霞よりは幾分マシかもしれない。


「それで霞は何の話をしたんだ?」

「あー、うん、今、氷像作ってるじゃない? それのことだった」

 何とも歯切れの悪い回答。なにかあったのかな?

「おじさん上機嫌だったけど、なんで霞はそんな感じなの?」

「んーとね、おじさん自分だけずっと喋ってて、聞いてて疲れちゃったの。私、あまり喋ってない」

 ああ、おじさんが熱弁奮っていただけで満足しちゃったってことなのかな?

 まあ、いっか。目的のお皿も手に入ったし、お土産には人体模型まで貰ったことだしね。それで良しとしよう。


「よーし、帰るぞ」

「えー、もう帰るの? まだ何かあるかもしれないし、適当にブラつこうよ」

「霞、お前、人形引き摺りながら言う台詞じゃないぞ」

「だってこの人形、重いんだよ」

 だってもヘチマもない、お前が欲しくて譲って貰ったものだろうに。

「ガイア、悪いがこれ持ってやってくれないか?」

『了解だ、主殿』

『ん、シュケーが入れてあげる』

「そうか、じゃあシュケー頼むよ。ガイア、すまない」

「シュケーちゃん、ありがとう」

『ん、お人形二つ』

 シュケー自分の物にしてしまいそうな雰囲気だけど、別にいいよね。


「で、どこ行くの?」

「あっちの方、行ってみようよ」

 あっちって、何があるのか分からないのに暢気なものだ。

「お前たち、何かわかるか?」

「何とは何じゃ?」

「ご主人様、そのような質問は分かりかねます」

『主殿、前方に熱が発生しておりますぞ』

 普段寡黙なガイアが反応した、熱といえばイフリータなのだが何故ガイア?

「熱ねえ、イフリータは何かわかる?」

『何か、溶かしてるよ~』

「熱で溶かすといえば、金属だよね。行ってみようよ、お兄ちゃん」

 工業街だから金属加工を施している施設があってもおかしくはない。

「行くだけ、行ってみようか」

 僕は帰りたかったんだけど、霞は言い出したら聞かないからね。


『その先ですぞ』

「あの大きな建物じゃの、物凄い熱気じゃ」

 建物の外周は分厚く高い壁に覆われていて、門のような入り口の手前には看板がある。

「えーとなになに、アルク魔法金属精製所だってさ」

 魔法金属? どこかで聞いたような気するんだけど、思い出せない。


「なんだお前たちは? ここは関係者以外の立ち入りを禁止している、従業員の家族か何かか?」

 門番というか守衛さんだな。

「いえ、通り掛って興味を惹かれたので寄ってみただけです」

「そうか、それなら速やかに退去願おう」

「見学は出来ないんですか?」

 ここぞとばかりに城の臨時入門許可証を提示してみる。

「これは? ……少し待っていろ、おい所長か副所長にお伺いを立てて来い」

 城の入門許可証でしかないのに、どこでも効力を発揮するんだねコレ。


 待つこと十数分、白い服を着た中年風の男性が現れた。

「これはこれは、アキラ様ではありませんか。本日はどのようなご用向きで?」

「あ! ああ、すみません。ただ寄っただけなのですが、折角ですので見学でもしたいな~と」

 僕のことを知っているということで改めて男性を観察すると、魔王様の側近をしていた男性の一人だった。当時は最後まで名乗ることが無かった男性なので、詳しくは分からないのだけど。

「見学ですか? 見て楽しいことなどありませんが、そうですね。……まあ、良いでしょう」

「良いんですか?」

「ええ、その盾ですか? それには魔法金属がふんだんに使用されているみたいですからね」

 ああ、わかった。魔法金属、デニス爺が足りないと嘆いていたやつだ。話を付けてあげたら喜ぶだろうな、デニス爺。

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