75.ルーの変異
「こんにちは、この屋台の店主さんですか?」
花を生けた瓶や鉢植えが所狭しと置かれ散る屋台、屋台というよりもリヤカーと呼んだ方がしっくりくる。その屋台の番をしてる少年が店主だろうか?
「……はい。花をお求めですか?」
精霊という摩訶不思議な何かを2体連れているので、奇妙に思われるのは仕方ない。
「この子がこの屋台に興味を示したのでね、少し拝見させてください」
僕が右手で示すのは、ルー。両手で包み込めそうな、たたの光の玉である。
「ゆっくり見て行ってください。出来れば……」
僕も見るだけでなく購入する気は一応ある。但し、ルーが何を選ぶのかは不明だ。
「ルー、どれが気になるんだい?」
『ん』
聞き逃してしまいそうな程に弱々しい返事、それと共に僕の頭の中に白い花のイメージが送り込まれた。ルーの興味があるのは白い花、そのイメージは彼岸花に似た形をしている。
「僕は花を良く知らないだ。それにこの世界の植生はさっぱりだよ」
『う』
ルーは僕の頭の周りを一周した後に、沢山の花が生けられている花瓶の方へと向かっていった。
数ある花瓶の中から一つを選んだのか、その上で点滅しているルー。
「これ、だね? ルーのイメージ通りじゃないか」
『ん、う』
まんま彼岸花だ。祖父の家に咲いていた彼岸花にそっくり。
「すみません、これを一本ください」
「これですね。では、20カッパーでどうでしょう?」
どうでしょうって値切れるのか? 価値はよく分からないが、妥当な値段ではなかろうか。
「え~と、……20枚。はい、20カッパー」
数えるの面倒くさい、使いやすい単位の硬貨はないものか。
「丁度ですね、お買い上げありがとうございます」
少年はお金を受け取ると、可愛らしいハンカチのような布切れで花の根元を包み渡してくれた。
「ほら、ルー」
『ん、!』
ルーに買ったばかりの花を差し出し見てもらおうと思ったのだが、返事をしたルーは突然凄まじい光を放つ。余りの眩しさに僕は左手で目を庇った。
「あれ? 花が無くなった?」
右手にしっかりと持っていたはずの花はいつの間にか無くなり、布切れだけが手中に残っていた。
『あるじ~、ピカッってした~』
「あ、ああ、何が起こったんだ? ルーは、ルーはどうした?」
『そこ~』
「夜霧! オンディーヌでも良い、来てくれ!」
「なんじゃ、飯か?」
『どうしたのじゃ?』
「どうしたもこうしたもない。あれはどういうことだ?」
あれとはルーのことだ。今の今までずっと光の球でしかなかったはずのルー。
体の大きさは然程変わらないのだが、その姿が変化した。まるで西洋の妖精のような姿になり、頭の上には花が咲いている。先程まで僕の手の中にあったはずの白い彼岸花が、だ。
「変異しておるの」
『これでやっと一人前じゃ』
「は? 待て、どういうことだ?」
何がなんだか、さっぱり訳が分からない。
「この光のはの、小さな精霊のままだったのじゃよ。儂も含め、旦那様に名を貰うた者は既に変異しておる。その力が増したりしての」
『妾もじゃ。主様が呼んでくださったお陰で、このような姿になれたのじゃ』
整理しよう。ルー以外の精霊は全員、僕が呼んで名付けた段階で変異を果たしてから現れた、と? 夜霧の場合は僕の目の前で変異したということになるらしいけど。
オンディーヌ達も元は小さな精霊だったと、夜霧が現れた時に訊いたような気がする。
「つまり、ルーだけが変異していなかったと」
「うむ、そうじゃの」
「でも、なんで花なんだ?」
あの花を取り込んだ形での変異、意味が分からない。
『主様だけでは足りなかったのやもしれぬ』
「此奴らは少し儂らと趣が異なるからの、切欠が必要だったのじゃろうよ」
「ちょっと待て、夜霧やオンディーヌとも違うとはどういうことだ?」
僕の中では夜霧だけが特殊な精霊なのだと考えていたんだ。
『あるじ~、あれは爺とおなじだよ』
『主様は時の精霊を知っておったはずじゃ』
「ほう、さすが旦那様じゃの。時と光と闇は同列じゃの、小さきものでも元から高位なのじゃよ」
「確かに時の精霊は知ってるけど、拒絶されたぞ。なんでルーは来てくれたんだ?」
そうだ、リエルザ様の所で実践する時に試して断られたんだ。
「それは本人に訊ねるほかないじゃろうの、ほれ変異が終わるのじゃ」
夜霧たちに説明してもらっている最中もルーは変異し続けていた、その変異がやっと終わる。
変異を終えたルーは、一目散に僕の方へと向かい飛んできた。
「うわ! こら、顔に貼りついたら何も見えないよ」
「ごめんなさい、ご主人様」
ルーが、あのルーが流暢に喋っている。しかも夜霧と同じく、人の言葉だ。
「ルー、なんだよね?」
「はい、ご主人様」
小さな妖精? 光の妖精? しかも女の子の姿をして、上下共にビキニのような何かを纏っている。それなのに光っている。どう表現するべきか非常に難しい姿だ。
「あのさ、ルーはなんで僕の所に来てくれたのかな?」
「ご主人様に呼ばれたからです。どうしても必要だという思いが伝わりました」
どうだろうか? 松明を常時持つのが面倒くさかっただけなのだが、ルーにはそのように伝わったらしい。今更それは違うのだと、とても口に出来ない。
「ルーのお陰で色々助かってるよ、ありがとう」
「大したことではありません」
相手を傷付けない為の欺瞞、その成分は100%優しさなのだ。
「その花は、何故必要だったの?」
「この花を選んだのは、ご主人様の記憶によく似た花があったからです。この花から太陽の力を少し分けて貰い、変異に至りました」
なんだ? 今何か聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「ルーは、僕の記憶を覗いたりしたの?」
「私は光の精霊、遍くを照らし見透かすもの。ほんの少しだけ覗かせていただきました。テヘッ」
ぐっ、可愛い。可愛いからといって、やって良いことと悪いことがあるのだが……。呼び出した真意も記憶を覗けば一発でバレそうだからキツく言えない。
「今度から記憶を覗き見る時は一言お願いね」
「心得ております、ご主人様」
「お兄ちゃん、花屋さんで何やってるの! ご飯にするよ」
「ああ、すまない」
待てど暮らせど戻らない兄を探してやってきたのだろう、霞はもうお冠だ。
「ルー、お前は眩しいから肩の辺りをウロチョロするよりも、頭の上にでも居てくれないか? 乗っても良いからさ」
「わかりました」
僕の右肩辺りに浮いているルーだが、実際に眩しいのだ。何より目が疲れる。
「あれ、ルーちゃん? なんか違わない?」
全然違うだろ、妹よ。ルーは光の球でしかなかったのが、小さいながらも人型になって人語まで解してるんだぞ。
「お世話になっております、妹様」
「これはどうもご丁寧にって、お兄ちゃん! どうなってるの?」
「そう慌てるな、食べながら話そう。長くなるから」
実際に現場に立ち会い、本人から事情も聞いているから説明は出来る。が、同じことを繰り返すのは面倒でしかない。霞には食べ物を与えて誤魔化し、有耶無耶にしてしまおう。
「ルーよ、変異が無事済んで良かったのう」
「はい、ヨギリ」
ルーはババア呼ばわりしないようだ。だが、なんだろうか? 呼び捨てなのに違和感がある。
『ほんに良かったのじゃ、これで主様も安泰じゃて』
「人化というものを私にも教えてくださいませんか?」
『お主は小さいながらも人の形をしておるではないか、それに教わるのであればババアに訊くのじゃ』
「ヨギリ、お願いします」
「構わぬが、其奴の言う通りだと思うがの」
傍から盗み聞きしている僕が言うのも何だが、力関係が如実に言葉に出ている感がある。夜霧とルーが同列、一つ落ちてオンディーヌ? ルーは言葉遣いこそ丁寧だが、少し高圧的な感じが否めない。
もうしばらく様子を見て判断するとしよう。もし精霊たちの仲が上手くいかない場合は、僕が対処しなければならないのだから。




