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74.旅の支度-5

『あるじ~、いもうと助けってって~、こっち~』

 僕の要望が通りそうな服屋を霞と離れて探していると、スノーマンが突然霞のSOSを発してきた。案内されるままに向かうと、小さな服屋の前で初老の女性に捕まっていた。


「え~と、どういった状況なの?」

「このお婆ちゃんがあれ着ろ、これ着ろと放してくれないの」

「ほっほう、こりゃまた良いマネキンがやってきたもんじゃ。どれ、こっちに来んしゃい」

 マネキンって、要は服を着せてみたいのかな? 待て、僕まで捕まえる気か。

 そう簡単に捕まるわけにはいかないのだが、店頭に飾ってある服を見たら気が変った。

「店主さん? マネキンを引き受けても構いませんが、その前に商談をしませんか?」

「あたしの作品に興味があるとは変わった子供じゃわい」

「変わっては……いるかもしれませんが、その服を僕たちのサイズで作ってもらうことは出来ますか?」

 僕と霞はこの世界の人間では無いのだから、変っていていて当たり前なのだ。

 そして店頭にある服は、ニットのように見えなくもない。待望のセーターを手に入れるチャンスかもしれない。サマーウールのようなスカスカな感じでなければ良いのだけど、どうだろう?


「ここは仕立て屋じゃ、可能に決まっておるじゃろうが!」

 職人魂を傷付けるつもりは微塵も無かったのだけど、怒られてしまった。

「それでですね、ちょっと生地を見せて頂きたいのですが」

「客なのだろう、それならば構わぬよ。早よ中に入るがいい、茶でも出そう」

 霞は何とか解放されたが、今度は女性の瞳は僕にロックオンされているように思える。目線を一切外そうとしないので、そんな感じがする。


「うちに来る客など酔狂な者しか居らぬから、お主らのような者は珍しい。それに容姿も悪くなく、背格好からしてマネキンに丁度良い」

「マネキンなら良いのが居ますよ。オンディーヌおいで」

 先程も僕に付いて来ていたのだが、恐らく店主の目には入っていなかったのだろう。

「こりゃたまげた、随分とまた別嬪さんじゃのう。それに瑞々しく透き通っておる」

 水のように透き通っているの間違いだと思うんだけど、聞き間違いかな? 頑張れ言語理解スキル。

「僕の望むものを期日までに作っていただけるのであれば、ほんの数日ですが彼女をお貸しできますよ?」

「ふむ、聞いてやろうではないか」


「まずはこの生地じゃ、あたしは北の出身でのう。田舎では普通に使っておったものじゃ」

「拝見します」

 なんだろう、動物の毛だろうか? さらっとした手触りだけど、保温性は悪くない。これならば、高空の寒さを少しは凌げるかもしれない。最悪イフリータに温めてもらうとしても、防寒着の有る無しは重要だと思われる。

「良い、生地ですね。これは動物の毛か何かですか?」

「うむ、イエティの毛じゃ。彼らは亜人での独自の集落で暮らして居るのじゃが、北の街では彼らとの貿易によって手に入れておる。それを生地としたものを弟から仕入れておるだけじゃがのう」

 イエティっていうと、雪男? 毛深いのだろうな、こんな毛織物になっているんだし。

 雪男が居るということは、北は雪国なのか? 確か、夜霧の妹さんも雪のように白いとか言ってたっけ?

 この大陸、季節はめぐっていないらしい。ということは、延々と冬という可能性がある。嫌な所だ、僕は寒いのが大嫌いだから出来れば行きたくない。


「ということは、この生地は寒さに強いということですよね?」

「寒さだけでなく、水にも強い。丈夫な生地となっておる」

 風雨に関しては精霊たちで何とでもなりそうだけど、あるに越したことは無い。

「水に強いというのは、水を通さないという意味ですか?」

「内側から外へは通すが、その逆は起こらないということじゃ。じゃから、蒸れたりはせぬよ」

 おお、なんと好都合な生地だろうか。これは採用だな。

「それならば、少し厚手のものを僕と妹の分で二着お願いしたい。ただ日数が無いので、三日乃至(ないし)は四日でお願いできますか?」

 無理を言っているのは分かっているのだが、これに関してはもうどうしようもない。何日かズラすということも考えなくはないが、出来るなら予定は変更したくない。

「あたしゃ暇でのう、二日もあれば立派に仕上がるわい」

「なら、二日後に引き取りに来ます。その折に彼女を置いて行きますよ。出発が五日後の深夜なので、それまでの期間となりますけどね」

「なあに、丸一日程度手伝ってもらえれば満足じゃて。一人置いて行くのはあんまりじゃから、お主たちも手伝って欲しいの」

 なんと図々しい婆さんだ。今のところ予定はないから良いのだけど、何かあれば霞に丸投げしてしまおう。


「それで料金はどのくらいですかね?」

「まず、採寸をしてからじゃな」

 まあ、そうだよな。どの程度生地を使うのか、手間はどの程度掛かるのかと見積もってもらわないとね。

 霞を呼び、僕と一緒に採寸してもらった。オーダーメイドの服なんて初めてだから新鮮だけど、緊張するな。

「そうじゃの、二着で2ゴールドっといったところかのう」

 このしっかりとしたイエティの毛織物だ。そう安くはないだろう。

「2ゴールドですね。では先に支払っておきますよ」

 霞のポーチから金貨を2枚取り出し支払いを済ませた。一応、僕のポケットにも何枚か入っているんだけど。

「お主ら、金貨を簡単に払うのう。貴族か?」

「貴族ではありませんよ。ただの冒険者です」

 なんだこの流れ、どこかで……。

「ふむ、よく分からぬ者達を引き連れておるし、冒険者ならばしっくりくるのう」

 ああ、良かった。パン屋と同じ轍を踏むことは無いようだ。


 服屋の婆さんには二日後にまた来ると告げて店を出た。次の予定は、工業街だ。

 ここからだと南東か? とりあえず、東の方に進んでみよう。

 この辺りは本当に服屋しかないな。高そうな店が軒を連ねていたりするが、用件は済んだのでもうどうでもいい。

 そのまましばらく進んでいくと壁にぶち当たった。どうやらこの辺りには門は無いらしい。

「ジルヴェスト、門わかるか? なら、どこに向かうのが一番近いか教えてくれ」

『あっちだな、そう歩かずに辿り着ける』

 ジュルヴェストが指し示したのは南の方向、やはり教えられた通りに進むのが一番だったらしい。


「お兄ちゃん、あれじゃないの?」

「人がいっぱい居るなあ」

 門を通る手続きで時間を食いそうだ。

「先に昼食にしよう。待ちながら食べれそうな、あの辺りの露天で買おうか」

 門の周辺には結構な数の露天が出ていた。手続き待ちの人を客とみなしているのだろう。誰でも考えつく話である。

「お兄ちゃん、私あのお肉が良い」

「夜霧の分も必要なんだから、三人で分け合えば良いさ。何も独り占めする必要は無い」

「流石は旦那様じゃ、儂のことも忘れておらぬ」

「お前たちはここで待機しているように、僕と霞で買ってくるからね。

 霞は買い過ぎないようにね、食べ切れないと捨てるしかないからさ」

「食べられそうな量を買ってくるよ」

 スノーマンの体に突っ込むという手は保留しておこう。


「どうした、ルー付いてくるのか?」

『ん、う』

 うんと返事をしたのか、それとも否定したのか? まあ、肯定なら付いてくるだろう。ルーは小さな光の球なので別に邪魔になることもないから良いか。

「おじさん、それ二人前頂戴」

「おっと今日最後のお客さんだ。半端だからおまけしてやるよ」

 鳥の手羽先のような何かを焼いている露天。霞は間違いなく肉を買ってくるだろうから、肉だらけになりそうだけど美味しそうなので買ってみる。

「はいよ、これで一人前だ。悪いな、二人前は残っていなくて。50シルバーでいいぜ」

「こんなにあるのに50シルバーですか?」

「なーに、食うとこが少ないからな。気にすんなって」

 鞄の中の袋から銀貨を取り出し支払う。銀貨は数を数えるのが面倒くさいんだよね、使う枚数が多いから尚更だ。

「丁度だな、ありがとうよ!」

「こちらこそです。ルー、戻るぞ。ルー?」

 手羽先っぽい露店を後にしたのだが、ルーが固まって動かない。中二は浮いているのだけどね。


「ルー、何が気になるの?」

 ルーは真ん丸の光の球なので、正面がどちらかすら判別できない。ルーの周囲をぐるっと観察して、何か気になる物が無いか確認する。

『ん』

「イフリータ、ルーが何言いたいか分かるか?」

 珍しくも大人しく待機している幼少組からイフリータを呼び寄せる。呼べば来ると先日学んだからね。

『あれだよー』

 イフリータが指差すのは、近くにあった花の屋台。軽食や総菜の露天ばかりの中、ぽつんとひとつだけ存在していた。

「どれ、ちょっと覗いて行くか」

『ん、う』

『ボクもいく~』

 ルーは花が気になっている? そんな感性豊かなようには感じないのだけど、意外だな。

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