70.旅の支度-1
「お兄ちゃん、買い物をしっかりね」
「ああ、任せといて」
霞は日課となっている氷像作りの為、ギルドの馬車で広場へと向うようだ。
その間に、僕は旅の支度を進める。
「何はなくとも、食いものからだ」
「旨いものを頼むぞ」
「どうかな? 保存食だから、ある程度我慢が必要かも」
例えば、とても硬いパンとか。
「この先に食料品店が並んでいるから、適当に見て廻るぞ」
精霊たちを連れて練り歩く。
もう商店街の人たちも慣れたもので、市民と同じように扱ってくれる。
以前は精霊が珍しいのか、一部の人たちが遠巻きに警戒していた。怪しさは抜群なので、僕がその立場なら同じようにしたはずだ。
「おっ、兄ちゃん。これ食べていきな! 今朝採れたての野菜だよ」
「朝ごはん食べたばかりなので遠慮しますよ。あ、これは?」
青菜を差し出し食べろと無理を言う、おじさん。そのすぐ横には乾燥して小さくなったトウモロコシのようなものが置いてある。一見すると、大きな芋虫みたいと間違えそうな色をしている。
「これか? これはメイムだ。こらから粉にしようと思っていたところだ」
ポップコーンには出来ないのかな? あれは確か、専用の種類じゃないと不可能だったか。
「ちょっと試してみたいから、一本売ってください」
「一本ぐらい気にするな、ほらよ」
「ああ、ありがとうございます。あとこの付近で、鍋を扱っているお店はどこでしょう?」
「鍋かあ、工業街の方に行かないとないな。何かやるんだろ? 他に必要な物はあるか?」
「鍋とその蓋、あとは食用の油を少しお願いできますかね。ただ、僕もよくは知らないので実験に過ぎませんよ?」
おじさんは気前良く色々と貸してくれるらしい。上手くいく確率は限りなく低いんだけど、失敗出来ない雰囲気が……。
種類の特定できない小さなトウモロコシの実を軸から毟る。なるべく傷をつけないようにと。
おじさんが持って来てくれた鍋に毟ったものを入れて、油を浸る程度に入れて蓋をした。
「イフリータ……は霞と一緒だったか!」
「なんじゃ、呼べば良かろう」
「すでに顕現しているのに、呼んだら来るの?」
「儂は来たであろう」
なんと間抜けなのか、僕は。
『イフリータ、ちょっとこっちに来てくれる? あと炎は派手に出さないようにお願い』
『呼んだー?』
「呼んだけど、いつ来たの?」
『いま~』
商店街だから派手な登場は危ないかと思えば、いつの間にか僕の傍らに控えていた。すでに顕現しているから、火柱とか出ないのかな?
「イフリータ、この位の火を出してくれるかい? そうそう、そのくらい」
イフリータが片手を差し出す、掌を丁度良い火加減のコンロ代わりにさせてもらう。
仕込みの済んでいる鍋を乗せて、適当に揺すってみる。家で何度か作った、アルミ箔の鍋のポップコーンの真似をしてみた。
「旦那様よ、何をしておるのじゃ?」
「そうだぞ、兄ちゃん。何が出来るんだ?」
「このメイムだっけ? 特定の種類ならこれで出来るはずなんだけど」
――ポンッ
蓋にコーンの弾ける感じがする。あ、メイムだったか。
――ポポンッポンッポンッ
ああ、良かった。偶然だろうけど、何とかという種類と同じ働きをしたようだ。
次々に弾けるメイム、蓋に抑えていられない程に盛り上がってきた。
「イフリータ、もういいよ。おじさん、塩か砂糖どっちでも良いから少しお願い」
「塩なら、そこにあらぁ」
蓋を取ると鍋から溢れ出さんばかりのメイム、店先の台を借りることにしよう。
鍋の上から、塩を適当に振り掛けて出来上がりっと。
「どれ、ひとつ味見。……うん、ポップコーンだ。
出来ましたので、どうぞ召し上がってください」
召し上がっても何も、おじさんのメイムなんだけど……。
「おわっ、なんだこりゃ。ははは、こりゃ面白い」
「食った気にならんの」
「子供のおやつにも、お酒のおつまみにもなるんだよ」
僕はバター味が好きなんだけど、この世界にバターがあるのか知らない。
「兄ちゃん、これ、うちの店で扱っても良いか?」
「試しにやってみただけなんで、上手くいったのはそのメイムのお陰ですからね。
扱うのは構わないんですけど、そのメイムを売って貰えますか? 旅の保存食にしたいので」
「おう、これで良いなら幾らでも用意するぜ」
保存食の問題が一つ片付いた。パンも一応買うんだけど、やはり保存が利くのは硬そうだしね。
その後は、おじさんにポップメイムの作り方を伝授し、食料にする分を分けて貰った。
おじさんは無料でと押し付けてきたけど、こういうのは対価をしっかりと払った方が良いはずだ。今後も良い付き合いが出来たら、嬉しいからね。魔王都に戻って来るかは、わからないけど。
「あのクリスとか云う娘に、大人しくしておれと言われなんだか?」
「別に何か壊したわけでもないし、騒ぎも起こしてないだろ」
「アレを見てもそう言える旦那様は流石じゃの」
八百屋を後にして歩き出している僕は、夜霧の言葉に疑問を持ち振り返る。
店頭で青い魔力を垂れ流しているおじさんがポップメイムを作っている、その横には長蛇の列が……。
「いや、だってさ、無駄な物を買う訳にはいかなかったからさ」
「何を言い訳しておる」
『主様が悪い訳ではないのじゃ』
『ポンポン楽しいね!』
なんとかフォローしようと頑張ってくれているのは、オンディーヌだけか。
「精霊使いの兄ちゃん、うちにも何かアイデアをくれよ!」
「うちのも何かに使えないかねぇ?」
まずい、非常にまずい。商店街の食料品街は大騒ぎとなってしまっている。
通りを歩いているだけで、うちにも何かという声がひっきりなしに掛けられる。これでは、買い物どころではない。
何度か買い物をしたことのある果物屋のおばちゃんに強引に捕獲されてしまった。
「なあ、お兄ちゃん。うちにも何か頼むよ、一応それなりに付き合いもあるだろう?」
それなりにしか付き合いは無いのだけど。
「お願いだよ、果物はすぐに悪くなってしまうから、何かないかねぇ?」
何で僕が商店街のテコ入れをしないといけないのだろうか? もう今更だな。
「ちょっと待ってくださいね。
ガイア、こんな感じのを作れるかい? 出来たら、イフリータ焼いてもらえるか」
家にあった絞り器、手で持って絞るやつを即席で精霊たちに作ってもらう。
ガイアには粘土で成形してもらうようにイメージを渡した。それをイフリータに焼いてもらえば完成するはすである。
「えーと、これとこれとこれ。半分に切ってもらって良いですか?」
「これとこれとこれだね。はいよ!」
水色の魔力を垂れ流すおばちゃんは包丁を片手に果物を真っ二つにしていく。
この商店街、本当に魔族しか見ないな。
現実逃避している間もなく、果物が差し出されてしまう。
「コップ、出来たら透明なグラスを幾つかお願いします。あとストローは、……あるのかな?」
おばちゃんがグラスを取りに行っている間に、欠片で少し味見をした。日本の物に姿形が似ていても、味が全然別物だったりするので侮れないのだ。
「これで良いかい?」
「はい、十分です。それではこれで果物を絞ります。こうして持って、捻りながら押し込みます」
グレープフルーツみたいなものはそのままだった。オレンジのようなものは以前食べた何だっけ? あれだ青いやつ。最後のひとつは紫色のオレンジなんだけど、味が桃だった。
それぞれ一個分でグラス一杯分に少し足りない程度を絞ることが出来た。
すっかり僕の手は、べとべとだけどね。
「生絞りですよ。一個で一杯分だから手間も入れると、結構いいお値段で売れるんじゃないですかね」
「普段食べ慣れているけど、こうするとまた感じが変るもんだね。こうして絞ってしまえば、部分的に悪くなっていても誤魔化せるね」
「悪い所は切って捨てた方が良いですけどね」
「そ、そうだね。でも、助かったよ。流石は精霊使いだ」
どこが精霊使いで褒められたのだろう? 絞り器を作ったからだろうか。
「これは、お別れの挨拶代わりに差し上げますね」
ガイアとイフリータの合わせ技で僕はいつでも作れるし、もうべとべとだからあげちゃおう。洗うのが面倒だとか、そういうことではない。
「お兄ちゃん、どこか行っちゃうのかい?」
「ええ、魔王都の用事も済みましたし、別の所へ行こうかと思ってます」
「なんだ残念だね、でもまた来ることもあるんだろ?」
「断言はできませんが、無いとも限りませんね」
「なんだい、もうノリが悪いねえ」
おばちゃんは僕の背中を掌でパンッと叩いた、地味に痛い。
こういう時に精霊たちは空気を読んでいるのか、一切助けてくれないんだよね。なんでだろ?
買い物はトウモロコシを買っただけで何も進んでいない。朝、霞に念を押されたのに、これでは良い訳も出来そうにない。




