68.元老院資料室-2
「手前の棚は確認終わりましたよ。どれも議事録でした」
「その先からここまでは僕が見ましたけど、やはり議事録しかありませんね」
「あと半分といったところでしょうか? 頑張って確認してしまいましょう」
アメリアさんはダイモンさんに頼まれたことで、やる気に満ちている。僕の方は、もう見るだけ無駄じゃないかと思っているのに。
魔王様の言葉通り、ここには過去の英雄の話すら存在しないようだ。
「ほら、頭を抱えて悩む暇があるなら探しましょう。探し終えてから、悩むのです!」
ティエリさんからの辞令には唖然としていたのに、現金なものだ。ダイモンさんも、妙に馴れ馴れしいアメリアさんにうんざりとしていたな。
それでも、言わんとすることは正しいので従う他ない。悩むのは後回しだ。
「旦那様、ここまでは何も無いの」
「夜霧が文字を読めて助かったよ。二人より三人の方が早いからね」
「ヨギリさんは長生きしているだけあって、博識ですね」
「ふふふ、褒めても何も出ぬぞ」
本当に夜霧の知識には脱帽するばかりだ。言葉だけでなく、文字までも理解出来ているなんて、全く以て素晴らしい。
「この世界の文字というのは、この楔形文字だけなんですか?」
「クサビ? そう言われてみると、そんな形をしていますね。それで、えっと、他の大陸では文字も言葉も、確か別になるはずです」
「儂の妹が魔族と仲が良くての。儂はあれに教わったものじゃから、この大陸の言語しか解らぬ」
精霊だと思えば妹と聞いて違和感を覚えるけど、生物として考えると普通なんだよね。
それにしても、妹ね。同じような巨体だったら、どうしよう?
「夜霧の妹と云うからには、同じように真っ黒なのか?」
「んにゃ、あれは白いの。一応、大陸の北端に住んでおるはずじゃの。
あれの人化は完璧じゃから、もしかすると魔族に紛れて暮らしておるやも知れぬ」
「人化の魔法も妹さんに教わったのかな? 仲の良い姉妹なんだな」
「そう、じゃの。ここ百年程、会っておらぬが元気でおるじゃろうて」
人間とは尺度が違うので、参考にならないな。
「さあさあ、無駄話はやめて続きを調べますよ」
「無駄話という訳ではないのですが……」
「何か?」
僕は首を横に振り、再び調べものに取り掛かった。半ば無理矢理付き合わせているアメリアさんのやる気を削ぐのは拙い。
『その話はまた後で聞かせてくれ』
『了解なのじゃ』
アメリアさんに聞こえないように、頭の中で会話をする。
「とりあえず背表紙だけを全て確認しましたが、議事録しかありませんね」
大して広くない部屋といえど、三人で調べるには多すぎる。その為、資料の背表紙を確認するに留めておいた。
中身を全て確認するとしたら、一年以上掛かるかもしれないからね。
「ここには何もないという事実が判明しただけでも、儲けものでしょうか」
「それを進展と捉えることが出来るとは、余裕があるのですね」
余裕、なのかね? 有るか無いかで疑心暗鬼になるよりはマシというだけ話だよね。
「まあ、数日掛かるかと思われましたが、一日で終わってしまいましたね」
「事実を把握した以上は、対応を考えれば良いのです。悩む時間の到来ですね」
「そうですね。今日はもう休んで、明日から悩みますよ」
「はい、もうクタクタですからね。あちらに合流するのですか?」
夜霧以外の精霊たちは霞に預けてある。書物のある場所に、ぞろぞろと精霊を連れて入る訳にはいかなかった。何かあってからでは責任が取れないしね。
霞はと云えば、納涼の為に氷像を作っているはず。
「もう終わっているでしょうから、真っ直ぐ宿に帰りますよ」
一日一体作成する約束なので、そう時間が掛かるものでもないはずだ。今日一日に限れば、僕たちの方が時間を掛けたと思われる。
宿へは冒険者ギルドの馬車で送ってもらった。アメリアさんは馬車に乗ったまま、冒険者ギルドへと戻るのだそうだ。
報告やら何やらと色々あるのだと、馬車の中で愚痴っていた。
「お兄ちゃん、おかえり」
部屋に入ると霞が迎えてくれた。案の定、氷像作成の方が先に終わっていたのだ。
「ただいま、霞とお前たち」
精霊たちは、大集合したまま一体も帰っていない。帰らせようと何度か試みたのだが、中途半端に残るものがいるので他が納得してくれなかったのだ。本当に仕方なくではあるが、全員を召喚したまま残留させることにした。
そのお陰で部屋の中がいつもより騒がしい。イフリータやスノーマンには、温度変化を緩やかにするようにと言い付けてあるので、それ程危険ではない。と思いたい。
シュケーも移動モードで四つ脚に変化している。この娘は半分どころか殆ど実体を持っているのと変わらないので、人化出来るのではないだろうか? ただそれほど器用ではないので、教えて出来るかは不明である。今度夜霧に頼んでみよう。
ルーは存在感が余りないので、問題は無い。その他はいつも通りなので、こちらも特に問題は無いと。
「どうだったの?」
「ん、ああ、残念だけど何もなかったよ」
「そう」
帰ることに前向きになっていた霞も残念に思うのだろう。
「まあ、なんだ。普段通りに生活をしながら、考えて行こうか?」
「うん、そうだね」
昨日の会議に於いて、僕が他の世界から来たと知って驚いていた魔王様たち。
恐らく彼らにしても、解決策は持っていないだろう。そうなると、頼れるのは……。
一番情報を有しているのは、夜霧だろう。彼女が与えてくれたヒントはこの眼だ、魔力の色を見ることの出来る眼。
果たして、僕たちと同様に紛れ込んだ異世界人が居るものだろうか?
それと、城で話の途中だった妹のこと。夜霧の知識にかなりの影響を与えていると思われる妹さん、出来ることなら一度会って話をしてみたい。
「夜霧、妹さんに会うことは可能なのか?」
「どうじゃろうの、どこに居るかも分からぬからの。儂を呼んだ時のように、旦那様が語り掛けたらどうじゃろうかの」
「夜霧ちゃん、妹がいるの? じゃあ、お姉ちゃんだね」
先日、夜霧を呼んだことで大騒ぎになっている。再び今度は、妹さんを呼ぶとなれば……。
ティエリさん達に相談した方が良いよな。勝手にやったら、今度こそ何を言われるか分かったものじゃない。
「呼ぶにしても、大人達と相談してからの方が無難だな」
「いきなりだと、皆びっくりしちゃうからね。お兄ちゃん、悪者にされちゃうよ」
頭の痛い問題だよ。僕一人を悪者にして、話を収めようとするのだから。
「あれは儂の妹ながら、変わり者じゃからの」
「夜霧のように、名前を付けてあげたら喜ぶかな?」
「儂としては複雑じゃが、喜びはするじゃろうの」
何が複雑なのか、よく分からないのだけど。
『主様、またババアが増えるのかの?』
「オンディーヌ、夜霧は長生きかもしれないけど、ババア呼ばわりはどうかと思うよ」
「良いのじゃ、正直長く生きておるからの。呼びたいように呼ばせてやるのじゃ」
『了承が得られたのじゃ、ババアじゃ、ババア』
本人が良いと言っている手前、駄目とは言えなくなってしまった。オンディーヌだって、僕と比較すればババアなのに……。
「それで、容姿はどんな感じなんだ?」
「儂の体の半分ほどで、雪のように純白じゃの」
夜霧は漆黒なのに、妹は純白なのかよ。性格的に正反対という訳でもなさそうだし、変わり者というのがどの程度なのか。
明日にでもティエリさんか、クリスさんに相談してみよう。




