66.魔王城での実演
「これはまた凄まじいですな。ヨギリさんでしたか、古き龍とは真にこのような姿をしているのですね」
ティエリさんがいち早く正気に戻る、魔王様御一行やダイモンさんはまだ呆気にとられたまま。
「このような巨大な態をしていますが、実体を持つ精霊だという話です」
夜霧が精霊であるということを説明しておかなければ、ドラゴンも呼べると勘違いされては困る。
「旦那様よ、此奴らをどうにかしてくれんかの?」
「ああ、幼少組ね。イフリータ、スノーマン、夜霧が嫌がることをしてはダメだよ」
『『はーい』』
幼少組は、夜霧の背中や頭の上ではしゃぎ回っている、空返事もいいところで止めようとする気配もない。それ故に、鬱陶しく感じるのは分からなくもない。
「夜霧も大目に見てあげてほしいな。この子達は危ないから余り呼び出す機会が少ないんだ」
「むむむ、仕方ないのう」
「ねえ、まだやっちゃ駄目なの?」
「カスミ、あれを見てみろ。あれではお前の活躍を拝むことすら出来ぬぞ」
魔王様御一行は未だに固まったままなのである。
「ア、アキラ、お前、なんてものを呼び出してしまったのだ!」
漸くダイモンさんも現実に戻って来た。
「別に呼んだ訳ではないのですよ。声を掛けたら、勝手にやってきたんです」
「お前が声を掛けるから、興味を持たれたのだろうが」
「そう言われると反論に困りますが、でも別に危険ではないので平気ですよ」
「それは、そうなのだろうが……」
「夜霧。もうその姿は十分だろうから、人化してくれ」
いつまで経っても正気に戻らない魔王様たちに付き合ってはいられない。
「うむ、チビ共、少し離れておれ」
幼少組を引き剥がした夜霧は人化の魔法を行使した。
魔法だと思われる球体状の何かに包まれて、夜霧の体が縮小し始める。
前回とは違い、その大きさは僕と変わらない。黒髪に白い肌、いつ着たのか不明な服を纏っている。
造形がより人間に近付いている、それでも角が天を衝くように伸びているのだが。何か違和感があり夜霧の体の周りをぐるりと廻り確認する。
「あれ? お前、尻尾が無くなってるぞ」
「儂も学習しておる。尻尾があると椅子に座れんからの、だから消したのじゃ。しかし、バランスが難しいの」
今までは尻尾でバランスをとっていたんだな。夜霧は若干フラつきながらも、一応は立っている。
『お婆ちゃん、ぼくにもそれ教えて!』
『教えて、教えて!』
『お主らには無理じゃの、そこの水か土になら出来んこともないじゃろうがの』
ん、オンディーヌとガイアには出来るの?
『俺には出来ないのか?』
『お主は実体が全くないからの』
『ババア、今すぐ教えるのじゃ!』
『吾輩はこのままの方が主殿の守りには適しておる』
ジルヴェストは人化出来ないことに落ち込み、オンディーヌは今すぐにでも実践したいらしい。ガイアは、僕を護ることが優先のようだ。
黙したまま見つめ合う夜霧とオンディーヌ。きっと思念だけでやり取りでもしているのだろう。
『フッフッフ、妾も人化するのじゃ!』
「オンディーヌは元々人間みたいな姿をしているから、変わらないだろ?」
『変るのじゃ、全く違うのじゃ』
そう言い張るオンディーヌは魔法を展開した。
夜霧とは異なり、体の大きさは変化が無い。足が形成され、地面に立っていることぐらいしか違いが分からない。今までは宙に浮いていたので、足は無かったんだよね。
『どうじゃ?』
『うむ、出来たでのではないかの』
「足が生えて、服着ただけ?」
服というか、ビキニの水着をつけているだけ。もう少し考えてほしい。
『何を言うておる、よーく見るのじゃこの肌を!』
近付いて、目を凝らしてみる。
「いつもの綺麗なオンディーヌのままだよね?」
『触れてみよ』
「あ! 冷たくて気持ちのいい肌だ。感触としては人間の肌みたいにはなっているね」
でもなあ、水の透明度はそのままなんだよ。要するに、人の形をした薄い膜に入った水でしかない。声に出すと、流石に怒られそうだから言わないけどさ。
だから、等身大の水枕として使う分には最適かもしれない。寝苦しい夜のお供に。
「オンディーヌちゃんが水着つけてる!」
「今まで素っ裸だったから、違和感が半端ないよね」
「お兄ちゃんのえっち」
「なんでそうなるの?」
オンディーヌは芸術的な造形だから、そういう風に思ったことはないのだけど。
『妹御よ、妾も人化したのじゃ』
「本当だ、足が生えてる?」
やっぱり兄妹だな、僕と同じところにしか気が付かない。
「これはまたお美しい。アキラさんは幸せですな」
何をどう見たらそういう話になるのだろう? ティエリさんの言葉が理解できない。
「どこからこんな美女が湧いてきた?」
魔王様、復活の第一声はとても残念なものだった。
オンディーヌはずっと僕の側に付いていたのに、今更なにを? それに見違えるほどの変化は特にないはず。足が生えて、水着着ただけだよね。
「叔父上、漸く戻られたかと思えば……」
クリスさんまで何か残念なものを観るような眼をしている。
「兄妹の兄が凄まじいという噂は本当でしたな、魔王様」
「数多くの精霊だけでなく、あれほど巨大な龍を従えているんだど思いも寄らなかった。興奮がまだ醒めぬわ」
一応、精霊の召喚もその眼には映っていたということだろうか?
「叔父様、アキラさんだけで驚いていては身が持ちませんよ。これからカスミさんの実演が待っていますからね」
「ダイモンに聞いた話では、兄は破壊的。妹は芸術的という話です。
私もカスミの実演を観るのは初めてなので胸が躍ります」
僕、散々な謂われ方してないか? 破壊的? どうして……。
「やっちゃっていいの?」
「いいぞ、カスミ。やってくれ」
「よーし、それじゃスノーマンちゃん。大きな、大きな氷の塊をお願い」
霞はデニス爺の皿に大量の魔力を注ぐ、これでもかと光り輝くお皿。
『は~い』
顕現しているスノーマンは霞から魔力を貰い、それはもう大きな氷の塊を作り出した。その大きさは、龍の姿の夜霧に匹敵するほどである。
「ジルヴェストちゃん、相談通りにお願いね」
『任せよ』
いつ相談したのかと訊ねたいが、ジルヴェストは霞の要望に応える気満々だった。
ジルヴェストは氷を包み込むように竜巻を発生させると、その竜巻で氷を切り刻み始める。大小の氷の欠片が舞い散っていて、それもまた美しい光景だ。
竜巻が止む。そこに現れたのは翼を広げ、天へと咆哮する夜霧の姿を模した氷の彫像。
モデルが夜霧なのは、なんとなく分かった。しかし、咆哮している姿をよく思いついたものだ。霞が芸術的であると評価した人は偉いね。
「完成!」
無い胸を張り、仁王立ちする霞。
「おおおお!」
「素晴らしい!」
そこら中に、感嘆の唸り声が響いている。
これは確かに素晴らしい。その造形がまた見事としか言いようがない。
「ニールの冒険者ギルド支部長からの手紙には、こう記されていました。
『兄妹に銅像の製作を依頼し、とても見事な銅像を製作してもらった。領主も同様に銅像を製作した』と。
今まで半信半疑でしたが、これならば私も依頼したい。否、せねばならない!」
胸の前で拳を握り、熱く語り始めたクリスさん。
面倒なので彫像作りの依頼は受けたくないんだけど、どうしよう?
「待て、クリス。銅像を作るのであれば、私が先だろう。
中庭に立派な魔王像を建ててもらおうではないか? どうだ、マグニス」
「中庭ではなく、市中に建てられては如何ですかな?」
「待ってください、叔父様。クリスの像を先に冒険者ギルドに建てるべきです」
「この話を持って来たのは当方なのですから、こちらが先に決まっています」
偉い人達の相談は続いている。僕たちが引き受けると思っているようだ。




